試されている
翌日、ウォルフェアに向かうハルトとループスは道中で誰かにつけられていることを察知した。姿は見えないが足音がハルトにははっきりと聞こえ、ループスも匂いがわかった。偶然同じ道を歩いているとは思えず、明らかに自分たちを尾行している動きであった。偶然なら姿を隠す必要がないのもますます怪しさを増している。
目的が何であれ、ハルトたちにとっては不審者であった。ハルトは小型銃に弾を込めると足音のする方へ牽制の射撃を仕掛けた。放たれた弾丸は爆速で虚空を通り抜け、弾道の後を追うように細い紫電が走る。
ハルトの銃の威力を見て臆したのか、隠れていた男が姿を現した。想像以上に早く気付かれたとでも言いたいのか、男は早々に両手を挙げて降伏の意を示した。
「いつからつけてきてたんだ?」
「ちょっと前からさ」
男は顔も見知らぬ存在であった。ハルトとループスは不信感を募らせる。
「なぜ俺たちをつけていた」
ハルトからの問いに男は固く口を閉ざした。どうやらそこは黙秘すべき事象のようである。
「どうせクリム・マグナレイドに俺たちを追うように命じられてきたんだろう。つくづく物好きな人だ」
ループスは呆れたようにため息をついた。わざわざ自分たちの行方を探って手紙を送ってくるクリムのことである、この男も尾行に差し向けられたのだろうと推測していた。
「俺を殺すか?」
男は片膝をついて対応をハルトたちに委ねた。きっとクリムへの忠義に尽くすつもりなのである。無論ハルトたちにはこの男の命を取るつもりなどなかった。
「どうもしない。帰れ」
ループスは怒り気味に男に命じた。家を追い出しておいてその後も人伝で干渉を続けてくる父親に対して彼女も苛立ちを隠せなくなっていた。
「もしお前がクリム・マグナレイドから遣わされているなら伝えておいてくれ『案外楽しくやってる』ってな」
ループスは男に伝言した。そもそもクリムがループスを少女の姿に変えたのは屈辱を与えるためである。それを意に介していないことを張本人に伝えることで抵抗の意を示すせめてもの意趣返しであった。
男はそれを聞き届けると踵を返してどこかへと去っていった。
「追わなくていいのか?」
「追ってもどうにもならんだろう」
ループスはあっさりと追手を見放した。尾行がバレた以上、追手側も得られるものはない。深追いは不利益を被るだけであった。
結局男が何のために自分たちを尾行していたのかはわからなかったが、自分たちを試していたことは確かであった。
「父上め……」
ループスは故郷の父に苛立ちを募らせながらウォルフェアを目指して歩く。ハルトはそんなループスからピリピリとした空気を感じ取りながら隣に居続けるのであった。




