修理工ハルトと街の子供たち
「機械が壊れて困ってる人はいないかー?いたら俺が直してやるぜー」
ハルトは荒っぽい口調の売り文句と共に『機械の修理、承ります』と書かれた自作の看板を肩に担ぎながら町の通りを練り歩く。
町の人々はハルトの姿に注目を集めるものの、以来の声をかけようとする者はいなかった。それもそのはず、ハルトにはまだ依頼に踏み込ませるだけの信用がなかった。町の人々からすればハルトは狐の耳と尻尾を除けば外見は年端もいかない少女であり、彼女に機械を修理できる技能があるように見えなかったのも一因である。
ハルトは根気よく売り込みを続けるものの、結局昼過ぎまで声はかからなかった。
歩き疲れたハルトは通りから少し外れた広場で休憩をすることにした。そこは子供たちのたまり場になっていて、たくさんの子供たちが思い思いに遊んでいた。
「まあ、初日なんてこんなもんだよな……」
ハルトはベンチに腰を下ろすと耳をべったりと下げて項垂れた。今までが上手くいきすぎていただけだと自分に言い聞かせ、休憩を終えたらまた日が暮れるまで売り込みを続けることにした。
子供たちが遊ぶ姿を眺めている中、ハルトの目に一人の少年の姿が目に入った。その幼い少年は人形のような玩具を両手に抱えて一人泣きべそをかいていた。
いったいどうしたのだろうか。ハルトは看板をその場に置いて少年に声をかけに行った。
「どうしたんだ?」
「玩具が壊れちゃったの。さっき落としちゃったときから動かなくなって……」
どうやら少年は玩具を壊してしまったようだった。ハルトが見ると確かに人形の腕が破損して完全に分離している。内部を覗き見るに魔力で動くからくり人形のようだ。腕が取れてしまったことで中の魔力が漏れ出て動かなくなってしまったのだろう。
ハルトは初仕事としてこれを直してやろうと考えた。
「貸してみな。お姉ちゃんが直してやるよ」
「本当?直せる?」
「大丈夫。任せときな」
純粋な期待を寄せる少年にハルトはない胸を張って答えた。
ぬいぐるみなどの類の補綴は無理だが機械仕掛けのものであればなんとかすることができた。ハルトは少年から人形を預かると鞄の中から工具を取り出してすぐに修理に取り掛かった。
「これ、そんなに大事なものなのか?」
「去年の誕生日にお父さんがプレゼントしてくれたの。話しかけると返事をしてくれるんだよ」
修理をしながらハルトは少年と会話をして場をつないでいると、人形は少年にとって大事なものであることがわかった。そう聞くと俄然ハルトは腕が鳴った。
「すげえなこれ。記憶装置が仕込まれてやがる」
ハルトは人形の内部機構を見て驚いた。その人形には記憶装置というものが仕込まれていたのだ。記憶装置はつい最近完成したばかりの魔法で作動する機械。つまり最新技術が組み込まれた玩具だったのだ。
「記憶装置って何?」
「これを使って言葉を覚えるんだ。この人形はお前の名前を間違えずに覚えててくれてるだろ?」
「確かにちゃんと覚えてくれてる!お姉ちゃん物知りなんだね!」
少年はハルトの機械への知識の深さに関心を示した。逆にハルトはこんな高性能な人形を手に入れた少年の父親がどんな人物なのかが気になって仕方がなかった。……が、あえて詮索はしないことにしておいた。
「よし、これで元通りだ」
破損した部品を組み合わせ、外れた腕を元通りにつなぎ合わせることに成功した。
ハルトが人形に漏れ出た魔力の代わりに新たに自分の魔力を注ぎ込むと、人形はゆっくりとその目を開き、動作を再開した。
「すごい!人形が生き返った!」
「話しかけてみな」
ハルトは少年に人形の動作確認を促した。ハルトにとってはしっかり以前のように動くのを確かめるまでが修理であった。
「僕の名前覚えてる?」
「もちろんです。ダン」
人形は簡単な身振り手振りを交えながら少年とやり取りを交わす。どうやら修理は完全に上手く行ったようだ。
「人形が本当に生き返った!お姉ちゃんありがとう!」
「もう高いところから落としたりするなよ」
「狐のお姉ちゃん、ありがとー!」
ダン少年は人形を大事に抱きかかえるとハルトにお礼を告げてどこかへ行ってしまった。
気が付けば修理費を取ることを忘れていた。とはいっても子供がまともにあんな人形の修理費を出せるはずがない。ハルトは今回の仕事は次につなげるためのアピールだと思うことにした。
「……なんだお前ら」
気づけばハルトは広場の子供たちに囲まれていた。人形の修理をしている内に興味を引き付けていたらしい。人形の修理に集中するあまりにハルトは今までそれに気づいていなかった。
「動物の耳と尻尾が付いてる!」
「俺知ってる。それ狐っていう動物のやつらしいぜ」
「それって本物なの?」
子供たちは矢継ぎ早にハルトに話しかけてくる。しかしいきなり身体に触られたりしない分先日よりはいくらかやりやすかった。
「ちゃんと本物だぞ。ほら」
ハルトは子供たちに背を向けると尻尾を左右に振ってただの飾りではないことを実演してみせた。手足を使って引っ張るまでもなく、まるで生き物のように動く彼女の尻尾に子供たちの視線はくぎ付けになった。
「すっげー!」
「尻尾に触ってみてもいい?」
「俺も触ってみたい!」
子供たちの好奇心にハルトはギクりとさせられた。やはり避けては通れぬ道であった。なんとしても触られずに済む方法を模索せねば。
ハルトはある名案を思い付いた。
「いいぞ。ただし条件がある」
「条件って?」
「なになにー?」
「追いかけっこで俺を最初に捕まえた奴だけが俺の尻尾に触れるってのはどうだ」
ハルトは自分の尻尾を掴んで子供たちに見せつけながら追いかけっこを提案した。単純な身体能力、とりわけ脚力は普通の子供よりも彼女の方が圧倒的に上である。それに触れられるのを最初に自分を捕まえたもののみに限定すれば子供たちが我先にと動くので結束されることもない。
「よーし行くぞ」
ハルトは子供たちから散歩ほどの距離を置いて追いかけっこを仕切り始めた。子供たちは足を一歩踏み込み、気合十分だ。
「よーい……はじめ!」
開始の宣言と同時にハルトは突風のように飛び出して一瞬で子供たちを置き去りにした。そんな挙動に子供たちが追いつけるはずがなく、距離はどんどん開いていく。
大人げないことをしたかもしれないがこれも狙い通りだ。
「げっ。まだ追いかけてきやがる」
しかし子供たちは諦めが悪かった。ハルトの尻尾を触りたいがためにいくらでも追いかけてきたのだ。しかも数が多く、誰もが他を出し抜くためにいろんな角度から攻めてくる。完璧だと思っていたプランは子供たちの執着心と集団的な個人プレーの前に打ち砕かれた。
「待てー!」
「触らせろー!」
結局、その日は子供たちに追い回されて一日を過ごす羽目になったのであった。