シーラとの商談
憩いの家で語らった翌日、ハルトたちはマーキス邸を訪れた。彼女たちの手引きを受けたリリアンも一緒である。
ハルトがシーラに魔法石の仕入れをしてもらうための交渉をする傍ら、リリアンをマーキス家と引き合わせるつもりであった。
「んじゃ俺はちょっとシーラさんと話をしたいから、ループスはリリアンさんと一緒にレナちゃんのところへ」
ハルトはループスにそう言い残すとそれぞれで別行動を行うことにした。シーラとの交渉が終わり次第、レナのところへと合流するつもりであった。今回のリリアンを巡る一連の行動はすべてレナのためのものである。母親であるリリアンと対面したレナの反応を見るのはハルトも楽しみであった。
「じゃあ、商談をしようか」
「ああ。シーラさん、アンタが魔法石を取り扱える宝石商っていうのは本当か?」
「うん、本当だよ。プル・ソルシエールの鉱山のお偉いさんと繋がりがあってね」
他所の宝石商から聞いた話に偽りはなかった。
「なら話は早い。アンタから魔法石を買いたいんだ」
「ふむ……生憎だけど今は売れるものが手元にないから仕入れるまで少し待ってもらうことになるけどいいかな?」
「構わない。待つよ」
シーラは軽く断りを入れた上でハルトに確認を取った。魔法石が入手手段を選べるような代物でないことを理解しているハルトは二つ返事でそれを受け入れた。
「待つって、具体的にはどれぐらい?」
「早くて二週間ぐらいかな」
魔法石の購入にはハルトの想像よりも長い時間を待つ必要があった。大型銃のフレーム素材に魔法石を残すのみとなっていたハルトにはそれが気が遠くなるほど長く感じられた。しかし唯一の入手経路であるシーラがそう言う以上はそれに従うしかなく、待つことを受け入れた以上は撤回などできなかった。
「お代はどれぐらいになりそうだ?」
「そうだね……どれぐらいのものを買うのかにもよるけど、僕の手のひらぐらいの大きさのもの一個で五万マナは見積もってもらいたいかな」
予想を超える高額にハルトは度肝を抜かれた。希少性が高い故に高価であることは承知の上ではあったがその価格は先のクエスト報酬がほとんど吹き飛ぶほどであった。
「マジか……あ、でもいいか」
ハルトは一瞬躊躇しかけたものの、以前の暴走ゴーレム撃破の報酬がまだ届いていないことを思い出した。それさえあればむしろ余裕をもって購入ができる見込みがあった。
「じゃあ交渉内容を取りまとめよう」
シーラは紙とペンを取り出すとすらすらとペンを走らせた。購入のための契約を取りまとめた内容をそこに記載すると、ハルトにそれを確認させた。
「これでいいかな?」
「ふむ……大丈夫だ」
ハルトは契約書を熟読した。購入量は十万マナ相当、代金は品物が届いてからの支払い、仕入れたら冒険者ギルドを通じてハルトへと通達。
その趣旨を理解したハルトは契約書に自らの名を署名し、二人の間に契約が成立した。
「商談はこれで成立だね」
「魔法石が届くまでは気長にクラフテアでクエストでもこなしながら待つことにするさ」
「そうしてくれると助かる。できるだけ早く仕入れられるようにはするよ」
シーラはハルトのサインが入った契約書を回収するとレナの声がする方へと耳を傾けた。
「この場を借りて君たちにはお礼をしないといけないね」
「え?」
「リリアンのことだよ。君たちがここに連れてきてくれたんだろう?」
「ああ、そうだな」
シーラは仕事をする状態から切り替わり、一個人としてハルトに礼を述べた。突如失踪した妻と再び顔を合わせることは彼の数年にわたる悲願であった。
「君たちには感謝してもしきれない。どうお礼すればいいのか……」
「礼をするようなことじゃないって、俺たちが勝手に首突っ込んでやったことだからさ」
深々と頭を下げるシーラに対してハルトは謙遜する素振りを見せた。口では飄々と振舞うものの、内心では少なからずマーキス家に情を入れ込んでいた部分もあった。
「娘さん……レナちゃんのところに行ってきます」
「うん。レナも君のことを待っているみたいだから、そっちもよろしく頼むよ」
ハルトがレナのところへと向かうと、シーラは彼女の後姿を静かに見送った。彼もまたレナが母親との再会を望んでいることを知る一人であり、自分が妻と再会するよりも娘が母と再会する方が先だという考えを持っていたのである。自分がリリアンと言葉のやり取りをするのはその後のつもりであった。
シーラはレナを目の届く場所から見守るべく、ハルトの後を静かに追うのであった。