町での朝食
宿で一夜を明かしたハルトはカーテンの隙間から射しこんだ朝陽で目を覚ました。学校の寮室以外で夜を越すのは実に久々であった。
ハルトは寝ぼけ眼を擦り、鏡を見ると案の定寝癖が付いていた。いつも通りにブラシを取り出して寝癖を直す。
「……ッ!」
耳と尻尾のブラッシングもようやく声を我慢できるようになってきた。しかし依然として尻尾をブラシでなぞったときのゾワゾワした感覚には慣れない。それに手こずってどうしても時間がかかりがちであった。
朝一の身だしなみを整えたハルトは寝間着姿のまま窓を開けて外の様子を見た。そこには昨日の景色とは打って変わって人々の賑わう声が聞こえた。子供たちの声も聞こえてくる。
「よし!」
町の様子を見たハルトはやる気が漲った。昨夜考えた金策も上手くいきそうな気がする。そうとなれば早速依頼探しだ。
『グゥ……』
その前にハルトの腹が音を立てた。思い返せば昨夜から何も食べていなかった。
金策の前に腹ごしらえを、そう考えたハルトは外着に着替えて宿を出た。
外に出たハルトは改めて見る外の景色に目を輝かせた。他所の街並みを見るのは学校に入学して以来初めてだった。新鮮な体験に気分が高揚し、それに呼応するように尻尾が左右に揺れる。
それに加えてこちらを誘うようにどこからかいい匂いが漂ってきた。何かパンと肉が一緒に焼けている匂いだ。ハルトはそれに釣られるようにふらりと足を運んだ。
匂いに誘われてハルトが訪れたのは小さな喫茶店だった。ここから美味しそうな匂いが漂ってくる。ハルトは食欲と好奇心のままに喫茶店の扉を開けた。
「いらっしゃいませ」
ハルトが店内に入ると、おしとやかな雰囲気の女性がこちらに挨拶をした。自分以外にも客はまばらにいるが女性以外にスタッフがいるような様子はない。どうやら彼女が一人で切り盛りしている店のようであった。
「こちらの席へどうぞ」
ハルトは女性に案内されるままに席へ移動し、尻尾を内側に引き込んで椅子に座った。
「ご注文はお決まりですか?」
「この店のおすすめを頼む」
女性に注文を尋ねられたハルトは『おすすめ』を頼んだ。店主が自信をもっておすすめできる一品であればよほど変なものは出ないだろうとハルトは踏んでいた。注文を受け、女性は厨房へと消えていく。
注文した品を待っている最中、ハルトは客たちの声が気になった。聴覚がこれまで以上に良くなった分、ちょっとした声でもすぐに拾ってしまう。話の内容からして自分のことを噂していることは明白であった。
ハルトは釘をさすように噂をしている客席に眼光を飛ばした。目が合った客が罰の悪そうに視線を逸らして噂話をやめた。
いくら自分の容姿が物珍しいからといっても自分の近くでヒソヒソと喋るのはやめてほしいと思うばかりであった。
待つこと数分、こちらに近づいてくる香りにハルトは思わず振り向いた。間違いない、さっき外から嗅ぎつけたのはこの匂いだった。
「はいお待たせしましたー。当店おすすめの『ベーコンエッグトースト』と『赤野菜のスープ』でーす」
女性が運んできた料理にハルトは目を輝かせた。洒落た器に乗せられたトーストとカップに注がれたスープは食欲をそそり立たせる香りを放つ。当たりの店を選べてよかったとハルトは気分が盛り上がった。
「ごゆっくりどうぞー」
「いただきます」
こうしてハルトは普段より少し遅めの朝食にありついた。
トーストを両手に取り、一気にかぶりつく。
「……~ッ!」
トーストは非常に美味であった。サクサクとしたトーストとカリカリのベーコン、そしてふわふわと溶けるような舌ざわりのエッグの食感が一度に味わえる楽しさがあった。トーストから仄かに滲むバターの風味やベーコンの塩味も程よく効いている。いくらでも食べたくなるような一品であった。
スープもこれまでの学食にはなかった味わいであった。辛味を含んだ赤色の野菜が舌をピリピリと痺れさせる。それでいて後味がすっと引いて口の中に辛味が残らない。独特で刺激的な風味が身体にわずかに残った朝の寝起きの気だるさを綺麗に吹き飛ばした。
嬉々として耳と尻尾をばたつかせながらハルトは朝食に舌鼓を打つ。そんな様子を店主の女性はニコニコしながら陰でこっそりと眺めるのであった。
「ふぅ……食った食った」
朝食を食べ終えたハルトは食器から手を置いた。身体が小さくなった影響か、以前なら物足りなさを感じていたであろう量の食事でも十分な満足感を得ることができた。
「ごちそうさま!」
ハルトは代金を支払うとご機嫌な様子で店を出た。この店になら毎日通ってもいいと思うレベルであった。幸先のいいスタートに思わず心が躍る。
朝食を済ませたらここから先は日没までお金稼ぎの時間である。初めての金策にハルトは気合が入る。
「機械が壊れて困ってる人はいないかー?いたら俺が直してやるぜー」
ハルトは荒っぽい口調の売り文句と共に『機械の修理、承ります』と書かれた自作の看板を肩に担ぎながら町の通りを練り歩くのであった。