年下の女の子に雨が降るからと言われて傘を貸してもらったけど 帰り道の夜空は晴れ渡っていたというお話
コンパの幹事を率先して引き受けるようにしている。
いや、勘違いしないでもらいたい。引き受けることでの「何かいいこと」というものは、多分、殆どの人にはない。
僕だから意味があるのだ。
と書くと、ははあ、さては一緒に幹事を組む女の子が目的だろうって思うんだろうね。
それが事実ではないことは…… はい、もう一人の幹事勝本さんをご覧ください。
彼女は結構人気者だ。ほら、今、僕と同じ3年生3人に囲まれて飲んでるでしょ。
「伊代ちゃん、伊代ちゃん」言われて楽しそうだね。
いや、それが悪いということではなくてね。コンパを盛り上げるということでは立派に役目を果たしていると思う。
ただまあ、彼女が今回の幹事を引き受ける時、僕に言ったのは、
「鳴瀬先輩、いつも、コンパの幹事やってますよね。あたし、まだ、やったことがないし、やってみたいんですけど」だった。
僕はそれに対して、
「やるのは自由だけど、そんなにいいことないよ。雑用係だし」
と言ったのだけれど、
「またまたあ、そんだけ何回もやるってことは、何かいいことあるんでしょ」
と言って、自ら幹事に就任した。
蓋を開けてみれば……
当たり前だけど、いいことなんかない。会場の予約担当者はみんなご年配の方ばかりで、美人やイケメンは皆無です。
出欠の回答をもったいつけて、なかなかよこさない奴もいるし、教授が気にかけてくれる訳でもないし、いいことなんかない。
彼女もすぐに実情を理解し、仕事を放棄した。もう二度と幹事を引き受けないでしょうね。
後は僕がやったんだけど、もともと一人でやるつもりだったから、ダメージはゼロです。
◇◇◇
じゃあ、何でそんなにコンパの幹事をやるかと聞かれれば、僕の需要を満たしてくれるからなのである。
酒は嫌いじゃない。食べることも好きだ。人と話すのも慣れている人となら、普通にこなす。
だが、駄目なことがある。人からの僕と言う人間への期待を過度にプレッシャーに感じてしまう性格なのだ。
コンパとはある意味、「狩りの場」なのだそうだ。男女が彼氏彼女候補を見繕いにやってくるという……
ここで僕は異性に興味がないとか、同性が好きだとかはないです。期待された方がいらっしゃったらごめんなさい。
やはり女の子が好きです。だけど、「俺は〇〇狙いで行くからな」と堂々と宣言するほどのヴァイタリティーもない。
コンパ開始! と共に男女交互に座っているから、まずは隣の人と話す。ううっ、この人、どんな面白い話をしてくれるのだろうというプレッシャーがきつい。
更に申し上げますと、最近、流行りのイケメン俳優、ミュージシャン、殆ど分かりません。ファッションとかも分からないんです。
このままではいかんと評判の恋愛ドラマとかも見てみたんですが、すみません、僕にはついて行けませんでした。
かくて周囲の女の子たちはどこぞに去り、「あいつ寂しい奴」という視線が…… まあ、自分で思う程ではないとも思うけど、気にはなる。
そんな僕に「幹事」というのは格好のポジションだったのだ。あ、今、ビールが足りないから注文中ですとか、今、計算中なので、手が離せません、「寂しい奴」ではないのですという理由が立つという……
あ、やっぱ、「寂しい奴」かな? 自分?
◇◇◇
コンパは無事終わり、会計も済んだ。
「いつもありがとうございますねえ」
居酒屋のおじさんは僕に愛想よくしてくれるが、これは別にいいことでもないよね。
勝本さんは僕が会計を済ましている間に、他の3年生と二次会に行ってしまったのだが、僕の仕事はまだ残っている。
酔っ払った1、2年生を送って行く仕事だ。
昔のように急性アルコール中毒とかはなくなったけれど、それでも酔いつぶされる奴は出る。
僕は特に泥酔が酷い1人の2年生男子を肩で支え、他は変な方向に歩いていかないよう見守りながら歩く。
5人いた1、2年生も1人、2人と送ることが出来、4人目の泥酔者は畳の上に直に寝かせて、枕元に洗面器とビニール袋と水を入れたコップを置いて来た。
すまんが後は自助努力で頼む。
◇◇◇
さて、後1人、誰だっけ。ああ、1年生の下条さんか、ここからそう遠くないな。
「さあて、後1人か。これで今回のコンパも無事も終わるな」
「あ、あの……」
下条さんは少しはにかんでいるようだ。
「幹事…… お疲れ様です。あ、あの、送っていただき、ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げる彼女。へ?
いやいや、そんなことろくに言われたことがなかったので、僕はビックリした。まだ、すれていないのかな?
「さあ、行きましょうっ!」
彼女はピンとのばした両腕を大きく振り、大きな歩幅で歩き出した。ちょっと待ってよ。やはり、少し酔っているらしい。
彼女のアパートはすぐ近くだった。
「お疲れ様。じゃあ、また来週ね」
ドアの前で別れを告げる僕に、彼女は真っ直ぐに目を見据えてきた。おおっ?
「ちょっと待って下さい。お渡しするものがあります」
◇◇◇
彼女が持ってきたのは大きな花柄の傘だった。
僕が普段使っているコンビニの400円のビニール傘と違って、高そうだ。
「天気予報だとこれから雨が降るそうですよ。鳴瀬先輩、傘持ってないでしょ。貸してあげます」
そうなの? 天気予報、よくチェックしてこなかったなあ。
「でも、この傘は私のお気に入りなんです。明日の天気予報は晴れだから、明日には返しに来てくださいね。私、明日はずっと家にいますから」
えっ、えーと、どういう意味かな?
「あ、それとですねえ」
彼女は後ろから何か入った小さな紙袋を出した。
「鳴瀬先輩、新歓コンパの席上の自己紹介で『食べることが好き。甘いものが好き』って言ってましたよね。これ、田舎のおばあちゃんからもらったお饅頭です。私も甘いもの大好きだけど、今日、幹事を頑張ってくれて、送ってももらったので、お礼に受け取ってください」
「うっ、うん、ありがとう」
僕も軽く頭を下げて、お礼を言う。
「じゃ、じゃあ帰るね」
そう言って帰ろうとする僕に彼女が最後の一言。
「くどいようですが、その傘は私のお気に入りです。明日には返しに来てくださいね。待ってますから」
◇◇◇
彼女のアパートから僕のアパートからは歩いて20分くらいだ。
確かに彼女のアパートを出た時には少しは雲があったが、すぐに夜空はきれいに晴れ渡った。
「何が雨が降るだよ。雲ひとつなくなったじゃないか」
僕は何だかおかしくなった。そして、独り言ちた。
「明日は傘を返しに行こう。そうだ。傘のお礼に甘いものを買って、持って行こう。傘のお礼にね」
©ありま氷炎様