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(9)~アルメデイアの想い人~

異世界人ヴァラヌスが現世で開く店「黒蜥蜴」を訪れた神崎たちは、そこでアルメデイアと再会する。

しかし、人間たちを奴隷としてモノ扱いするアルメデイアに怒った真琴は憤然と席を立った。

 真琴は口をへの字に結んで、中二階から下へ続く螺旋階段をツカツカと下りる。

 後ろから小走りで追いついたフィーは、真琴の肘をそっと掴んだ。

「真琴ちゃん?」

「とても付いていけない。なに考えてるのか、さっぱりわかんないよ!」真琴は吐き捨てるように言った。

「どこへ行くのかにゃ?」

「帰る!」

「どうやって?」

 真琴はフィーに見向きもしない。

「来た道を帰るっ!」

「それは無理。さっき通った廊下は、もうあのままじゃないんだにゃ」

「なんで?」真琴はようやく立ち止まって、不思議そうに訊ねた。

「だって、ここは半分異世界だから。現世の人間が簡単に出入りできるようにはなってないはずだにゃ」

「そ、そうなのか……」

「ま、上が片付くまで下で飲みながら待つとするにゃ」

 真琴は仕方なく、フィーに誘われるままカウンター席に座った。


「何かお作りしましょうか?」ヴァラヌスが素早く寄ってきて、愛想よく笑みを浮かべながら言った。

「おすすめはなにかにゃ?」

「ギリギー酒をベースにしたカクテルなど、いかがでしょう」

「面白そうだにゃ。じゃ、ボクはそれでスクリュードライバーを」

「じゃ、わたしもそれで」

「こちらにスクリュードライバーを二つ。ギリギーベースで」ヴァラヌスは近くにいたバーテンダーに命じた。

「かしこまりました」

 蝶ネクタイをつけたバーテンダーは冷凍庫からギリギー酒を出すと、とろりとジガーに注ぎ、氷の入ったタンブラーにそれを、続いてオレンジジュースを注ぐ。そしてマドラーで軽くステアし、最後にくし切りにしたオレンジをグラスの縁に飾った。

「スクリュードライバーをギリギーで。強いので、お気を付けください」

 バーテンダーは出来上がったスクリュードライバーを、オサンショウウオのシルエットが印刷されたコルク製のコースターに乗せると、真琴とフィーの前にスッと滑らせるように出した。

 その一連の動きは優雅で無駄がなく、真琴はその昔つきあっていた男と行った、高級ホテルのバーを何となく思い出していた。

「見かけはこっちのと同じだにゃ」

 フィーはそういって香りを楽しむと、一口飲んだ。

「んまい!」

「ありがとうございます」バーテンダーは口元に微かに笑みを浮かべて言った。

「へー、どれどれ」

 真琴はカクテルの表面に二三粒浮いたハーブの油精を眺めると、いつもの調子でごくりと飲んだ。

 甘酸っぱいオレンジの味と香りに続いて、鼻から頭へ強烈な刺激が駆け抜ける。

「うわっ、すごい!」

「あれ? 真琴ちゃん、異世界(あっち)でお酒飲まなかったっけ」

「わたしはそれどころじゃなかったからねー。これがギリギー酒か。なんかアブサンみたい」

「あんまり飲みすぎると大変な目に遭うんだにゃ」

「それは知ってる」真琴はいたずらっぽく横目でフィーを見ながら言った。少しは機嫌を直したようだ。


 一方、神崎とリルリーは引き続きアルメデイアと話し込んでいた。

「マコトったら、何怒ってんのかしらねー」

「さあ、何でしょう」

 アルメデイアとリルリーは真琴の怒りが理解できない。

 神崎は深くため息をつきながら言った。

「まあ、あっちとこっちじゃ色々と物の考え方が違うんだよ。カルチャーギャップってやつだ」

「ふーん」

 二人の女魔導士は期せずして、同時に相槌を打った。

「それで、アルメデイア。その男……、あんたの想い人はすでにこの世にないか、生きていたとしても余命いくばくもない。だけどあんたは、まだここに居る」

「そうですよ。グラン・マギともあろうお方がどうして? あたしだって知ってるんですよ。千年仲睦まじく愛し合っていた勇者を、飽きたからってドラゴンに姿を変えて棄てたとか」

「失礼ね、棄ててないわよー。ちゃんと移動用の飛竜として今でも使ってるわ」

「他にも、グラン・マギの寵愛を争って三日三晩にわたって壮絶な決闘をし続け、勝ち名乗りを受けた剣士に、一日で飽きて剣に変えちゃったとか」

「うーん」アルメデイアは頭をバサバサと掻いた。「やっぱ伝説っていい加減ね。それも違うの。やつらが三日三晩チャンバラしてるうちに、わたしがどっちにも興味がなくなったの。で、それを言う前にどっちも死んじゃった。気の毒だったからわたしが二人とも剣にしてあげたのよー。二振りで一対、今じゃ名剣として名高い『双竜秘剣』ね」

「で、そのオトヤって人とは何年?」と神崎。

「百二十年一緒にいたのよ。彼はわたしがそれまでに会ったことのないタイプの男だったの」

「そりゃ異世界人ですからね」リルリーがまぜっかえす。

「とても優しくてね。で、詩人なの。彼の語る言葉は、心に直接語りかけてくる。それは時に宝石のように美しく、火山から噴き出す溶岩のように熱く、荒れた大海原のように猛々しく、草原を渡るそよ風のように優しく……。わたしは小娘みたいに夢中になってしまって……、百二十年なんてあっという間ね」

「オトヤさんは転移者ですね」神崎が尋ねる。

「そうよー。ある日ね、湖で溺れかかってるところへわたしが飛竜で偶然通りかかって……。ふふ、彼ったら泳げないんだって」

 そうしてアルメデイアは、まるで少女のように目を輝かせて、オトヤという男とのことを語るのだった。


「それにしてもさ、アルメデイアさんって酷くない?」

「上で何かございましたか?」

 気配もなく、いつの間にか真琴の前に立っていたヴァラヌスが、会話に割って入る。

「うわっ、びっくりした!」と真琴。

「ホホ、失礼しました。なにせ根がトカゲなものですから」

「ねーマスター、この店のテーブルってさ……」とフィーがヴァラヌスに訊ねる。

「そうなんですよ。これは全部アルメデイア様がお作りになったものでして。なかなかのものでございましょ?」

「『もの』じゃなくって、生きた人間ですよね」

 真琴の胸に、ふたたび憤りが湧き上がってきた。

「あら、お気に召しませんでしたか?」とヴァラヌス。

「真琴ちゃん」フィーが口を挟む。「一万年生きてる人に逢ったことある?」

「ないけど?」

 真琴は「それがどうした」と言わんばかりに、特製スクリュードライバーをごくごくと飲んで、少し乱暴にタンブラーをコースターに置いた。

 その音に、カウンターで飲んでいる他の客が、ちらりと真琴に視線を送る。

「一万年も生きてる人ってのは、たぶん生きるとか死ぬとかいう感覚が、ボクらとは全然違うんだにゃ」

「なんで? 長生きしてるからって他のヒトの人生を無茶苦茶にしていいってことにはならないんじゃない?」

「あら、無茶苦茶だなんてそんな。皆さん進んでこういう生活、いや、人生というべきかしら。それをお選びになりましたのよ」

「それは聞きましたよ、聞きましたけどね」真琴は、初めて飲む異世界の酒の酔いがまわって来たようだ。「テーブルであることを選んだヒトの人生、人生のですよ? どこが幸せだっていうんですか?」

「真琴ちゃんはテーブルから人生論を聞いたことがあるのかにゃあ?」フィーは真琴の様子を見ながら、チビチビと飲んでいる。

「あるわけないでしょ! テーブルが喋るわけないんだから」

「だけどここじゃ喋るんだにゃ」

「そうですわ。皆さんアルメデイア様に熱烈に恋をして、棄てられて、それでも、たとえどんな形でもアルメデイア様の近くにお仕えしたい。その一念で選んだ道ですから。大手広告代理店の営業マンだったテーブルなどはこう言いましたのよ。『巨大な機械の小さな歯車として使い捨てにされるよりも、誰かがひと時の憩いを過ごすテーブルとして悠久の時を過ごす方がいい。わが人生に一片の悔いなし!』と」

「ね、テーブルにだって立派な人生論があるんだにゃ」

「ふーん、じゃああの時テーブルにされちゃっても良かったの?」

「いや、それはそのですね……」あの時の痺れるような快感を忘れられないフィーは、思わず口ごもった。

 その時、カウンターの少し離れた席に座っていた、白い髪の小柄な若い男が、ひょいとフィーの隣に座った。

「あの、ひょっとしてシャアキャット・ガガニャーンさんっすか?」

「に、二世ですがなにか」フィーは不意を突かれて、思わず男の話に乗ってしまう。

 フィーは自閉世界では格闘家の肩書を持っており、「シャアキャット・ガガニャーン二世」はフィーの拳名、すなわちリングネームであった。

「俺、ハクトって言います」

 男が被っていたニューヨーク・ヤンキースの帽子を脱ぐと、長い耳がピンと立ち上がった。どうやら兎のケモノビトらしい。

「観ましたよー、ロア・カリストーとの試合。凄かったっす。感動しました!」

「いやー、昔の話ですにゃ」

「しばらく試合してないと思ったら、こっちにいたんすね。まさかこっちで会えるとは思わなかったなぁ!」

「いやいや、こりには色々と訳があってですにゃ」

「ねー、ちょっと何の話?」真琴は完全に酔っぱらっていた。普段ならばこの程度の酒で酔う真琴ではなかったが、店に漂う魔気に調子を狂わされたようだ。

「あー、この人にはお水をあげてくださいにゃ」フィーがバーテンダーに頼む。

「猫式が熊式と互角に戦えるなんて、一応これでも俺、子供の頃獣拳やってたんすけど。すんません、良かったらこれにサインを!」

 ハクトと名乗るケモノビトは帽子をフィーに差し出し、頭を下げた。

「よろしかったらお使いください」

 絶妙なタイミングでバーテンダーが机の上にマジックを置いた。

「ちょっとフィー、凄いじゃない! あんたそんな有名人だったの?」

「やー、困ったにゃ」

 フィーはそう言いながらも、真琴にほめられると嬉しい。まんざらでもない様子で、ハクトの帽子のつばにサラサラと手慣れた様子でサインした。

 その時、ハクトの隣にトイレから帰ってきたらしい大男がドカッと座った。

 ボサボサの金髪、無精ひげ、青い瞳は焦点を失っている。

 男がしたたか酔っぱらっていることは一目でわかった。

「ハクト、ウサ公、おまえ何やってんだ」

「ミハエル、お前トイレ長すぎ。それよりほら、この人、シャアキャット・ガガニャーン二世だぜ! あのロア・カリストー戦のさ」

 フィーはチラリと横目で、ミハエルと呼ばれた男に目礼した。

 ―こりは面倒くさいことになったんだにゃ。

 ミハエルは、明らかに熊のケモノビトだった。

「ああ? あの八百長試合のか!」ミハエルは、文字通り吼えた。

 客席の喧騒が、一瞬で静まり返った。

「おい、ミーシャ! すんません、こいつ酔ってるんです」

「オレをその名で呼ぶんじゃねえ!」ミハエルは拳でカウンターを叩くと、ふたたび吼えた。

 フィーは黙ってタンブラーに残っていたスクリュードライバーを一気に飲み干し、コトリとコースターに置いた。

 真琴は、フィーの身の回りの空気が、急速に冷えていくのを感じた。そしてその瞳の奥に、暗い炎を見たような気がした。

 真琴の酔いは一気に醒めた。


                  次回「下町異世界探偵2」(10)につづく

今回も読んでいただき、ありがとうございました。

こういう世の中ですが、せめてもの慰めになれば、と思って書いてます。

いよいよ物語も中盤に入ってきました。

ここから更に面白くなりますので、ご期待ください。

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