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(8)~ヴァラヌスの店~

異世界から魔王の勅命を受けてやってきたファム・リルリー。

「まずは両替」というリルリーは、神崎一行を連れ、ホテル街の怪しい店「黒蜥蜴」にやってきた。

「もうバレちゃったの?」ヴァラヌスは悪びれずに言った。

「魔王様は今のところ、あなたのこっちでの商いについて詮索するおつもりはないわ。だからおとなしく通して」

 ヴァラヌスはリルリーの言う通り素直に扉を開くと、一行を店の中へ招き入れた。


 奇妙なことに、店は建物の外見よりずっと広かった。

 真紅の絨毯に、赤い革張りのソファ。

 真っ直ぐなバーカウンターは信じられないほど長く、およそ五十メートルはあるだろうか。

 壁面に半個室の席が緩やかな弧を描いて並び、その上にはさらに中二階の半個室の客席がある。

 ダンスができるほど開けたフロア。

 ステージには生バンドの席まで設けられている。

 壁や天井のあちこちに取り付けられた、トカゲをモチーフにした色とりどり、大小のオブジェ。

 そして何と言っても異様なのはテーブルのデザインで、それは全身を真っ赤に塗られた等身大の裸の男たちが、まるで巨人に踏みつぶされそうな苦悶の表情を浮かべながら、様々なポーズで天板を支えているのだった。

 店内には甘ったるい香気の混ざった、濃密な魔気が充満しており、真琴はむせて思わず咳き込んでしまう。

 そのとたん、七分ほど入った客が、一斉に真琴に視線を向けた。

「おい見ろ、アズリエンの女だぜ」

 客席がざわめく。

 好奇と敵意のこもった、刺すような視線に、真琴は思わず首をすくめる。

「驚いた。客はみんな異世界(あっち)の奴らだ」神崎は不躾な視線を遮るように真琴に寄り添い、その耳元で囁く。

 神崎の言葉に、真琴が客席を盗み見ると、ケモノビトや、見たことのない魔物のような姿をした者も、ちらほらとまざっている。

「ホホ、ここじゃなんですから、店の奥でお話をうかがいましょうか」

 客席の空気を察したヴァラヌスはそう言って、一行をカウンターの裏の部屋に案内した。


 その部屋は四畳半ほどで、ヴァラヌス専用の個室らしい。

 ヴァラヌスは入り口の分厚いカーテンを閉めると、壁際に置いたソファーベッドに腰かけ、四人には丸テーブルの周りの木の椅子を勧めた。

 ヴァラヌスは七色に染めた髪をおかっぱにし、銀色のアイシャドウ、唇にはベルベットブルーのリップを塗っていた。

 その一方で服はこざっぱりとしており、アームバンドで袖を上げた白の開襟シャツに黒い太めのパンツ姿だ。

 真琴は部屋の隅に置かれた、古いライティングビューローが気になった。

「狭くてごめんなさいね、でもここなら誰にも話を聞かれないわ」ヴァラヌスは先が二つに割れた長い舌をペロリと伸ばして言った。

「そちらのファムはもうご存知のようだけど、この店の(あるじ)ヴァラヌスと申します。ちなみにこっちの世界では蟲茂戸(こもど)って名乗ってますの」

「ファム・リルリーよ。こちらはあたしが仕える第八皇子様、で、あとの二人は皇子の助手のフィーと真琴」

「まあ! 皇子様! 近くにお住いと噂には聞いたことがありますけど、まさか本当にお会いできるとは。わたくし、魔族の方にお会いするのは初めてですのよ。こんな高貴な方と知り合えるなんて夢みたい。どうぞこれからもごひいきにお願いいたします」

 ヴァラヌスはそう言って深々と頭を下げた。

 神崎はヴァラヌスの大仰な挨拶に、頭を掻きながら軽く目礼を返す。

「それにしても……」フィーが部屋をぐるりと見回して言った。「豪勢なお店の割には、ずいぶんと慎ましいお住まいですにゃー」

「あたしゃトカゲですからね。狭い方が落ち着くのよぉ。これでも広すぎるぐらい」

「それはともかく、まずお仕事の話をしましょう」リルリーが切り出す。

 リルリーは背中のランドセルを丸テーブルの上に置くと、中から青白く光る石をいくつか、無造作に取り出して言った。

「両替してほしいの」

「これは……!」

 石を見たとたん、ヴァラヌスの顔色が変わった。

月蓮石(ュエリエン)! こんなに大きなものがまだ在るなんて! それもこんなに! 本物?」

「魔王様から預かった品よ。間違いなんかあるわけないでしょ」

「失礼、ちょっといいかしら」

 ヴァラヌスは石を手に取って、光に透かしたり、手触りを確かめたりしたあと、部屋の灯りを消した。

 すると、月蓮石はまるで満月のように青々と輝き、暗い部屋を隅々まで照ら出した。

「すごい……」宝石には全く興味のない真琴だったが、思わずため息交じりに呟く。

 さらにヴァラヌスは、ライティングビューローの引き出しから、碁石のように艶のある黒い石を取り出し、持ってきた。

「これは試石といってね。見ててごらんなさい」

 そう言って、黒い石で月蓮石を軽く叩いた。

 月蓮石は澄んだ音をたてると、たちまち青い炎に包まれ、静かに燃え始めた。

「ああっ! 燃えてしまうにゃ!」

 慌てて立ち上がろうとするフィーを制し、ヴァラヌスが燃えている石を素手で静かに握ると、炎はすぐに消えた。

「あ、熱くないんですか?」と真琴。

「月蓮石の炎は冷たいの」ヴァラヌスは、魅入られたように、ぼうっとして言った。

 リルリーは椅子に深く腰掛けると、足を高く組んだ。

「さて、それで? 幾らになるかしら。交渉は全部あたしに任されてるの」

 ヴァラヌスは立ち上がり部屋の灯りを点けると、眉間にしわを寄せ、時折長い舌をペロリと出しながらソファーベッドの前を行ったり来たりして、真剣に考え込んでいた。

 そして意を決すると、ライティングビューローの蓋をスライドさせて開いた。

 中には金庫がある。

 ヴァラヌスはダイヤル式の金庫の鍵を慎重に合わせると、中から札束を幾つか取り出し、テーブルの上に次々と積んだ。

「五百万、これがこのお店にある現金全部。これでどうかしら」

「ご、五百万円⁉ ただの石ころに⁉ どーかしてるにゃ!」

「いいわ」

 リルリーはテーブルの上の札束を一瞥して、事もなげに言った。

「お、お札が本物かどうか、調べなくてもいいのかにゃー」

 フィーは突然降ってわいた大金にそわそわしている。

「大丈夫よ。ね、ヴァラヌス。魔族を騙すとどういうことになるか、わかってるはずでしょ?」とリルリー。

「もちろんですとも、そんなことできるはずがありませんわ。ホホホ」

 そう言いつつも、ヴァラヌスの目は月蓮石に釘付けになっている。

 リルリーは札束を数えもせず、どさどさとランドセルに詰め込むと、改めてヴァラヌスの方に身を乗り出した。

「あと、もう一つお願いがあるんだけどな」

 そう言ってリルリーは、勅令を表す黒い木簡をカタリとテーブルの上に乗せた。



 中二階席、その一番端。カーテンを下ろした半個室で、神崎たちはアルメデイアと向かい合っていた。

 アルメデイアはテーブルの上に小さな座布団を乗せ、その上に彼女の法具である玉を鎮座させていた。

「心配してたんですよ!」

 真琴は怒気を含んだ声で、アルメデイアに詰め寄った。

「ごめん。連絡しなかったのは悪かったと思ってるのよー」アルメデイアは気まずそうに言った。

「それで、探してた人は見つかったのかにゃ?」

「実はあれから自分で……、何度も……あの人の未来を予知したのよね」

「それは自分の未来を予知してはいけない、という禁忌を破ることになりませんか?」神崎が問う。

「そうよ。でも……、もう自分はどうなってもいい、たとえ魔力を失ったとしても、そう思って予知したの」

「で、その結果はどうだったんですか?」と真琴。

「それが、普通に予知できちゃったのよ。つまりあの人とわたしの未来はもう交わることがないってこと。あの人とわたしはもう関係ないんだわ」

 アルメデイアはそう言うと、深く沈んだ表情でうつむいた。

 大胆で陽気だったアルメデイアを知る真琴は、彼女が自らの予知の結果に、ひどく傷ついていることを感じた。

「では、グラン・マギ。もうこちらにいらっしゃる理由はありませんね」リルリーは無邪気に、明るく言い放った。

「ちょっと、リルリー」真琴は慌てる。

「グラン・マギにはあちらの世界での大事なお役目があります! さきほども申し上げた通り、このファム・リルリーは魔王様より、グラン・マギを連れ帰るよう勅命を受けております。さ、ただちにわたくしと共にあちらの世界へ!」

 すると、突然カタカタとテーブルが鳴り始め、テーブルの下からすすり泣きが聞こえた。

 真琴たちはギョッとしてテーブルの下を覗き込む。

「ウッ、ウウ……」

 テーブルを支えている真っ赤な男の像が、涙を流していた。

「何だ、これ! 生きてるにゃ!」

「あなたは、ヒト?」と真琴が像に話しかける。

「ただのテーブルよー」

 アルメデイアは大声でそう言うと、かかとを落とすように、長い脚をガツンと乱暴にテーブルの天板に乗せた

「ヒィッ!」

 テーブルは悲鳴を上げるが、その顔はなぜか悦びに震えている。

「テーブルは黙ってなさい!」

「ハイ! いや、しかし……、これだけは言わせてください! アルメデイア様はその方、オトヤ様のことを深く愛しておられます。アルメデイア様、そうでございましょう!」

 その言葉に、アルメデイアは深くため息をつき、頭を抱えた。

「わたくしめは、今でこそこのような姿(なり)ですが、元は社員千人を抱える建設会社の社長でした。しかし、アルメデイア様にこうしてお仕えして、自らの真の喜びを知ったのであります。わたくしはこうして()となってから、どんな人よりも多くの時間をアルメデイア様と過ごしてまいりました。だからわかります、文字通り毎日このように肌で感じているのですからわかります! アルメデイア様はもう一度、一目でいいからオトヤ様にお会いしたい。その身も心も、まるで初めて恋した乙女の如く、恋に焦がれております。本当はそうでございましょう、アルメデイア様!」

「まったく……、よく喋るテーブルねー」アルメデイアは同意する代わりに天井を見上げ、弱々しく呟いた。


 今や、アルメデイア以外の全員がしゃがんで、「テーブル」の涙ながらの独白に、真剣に耳を傾けている。

「アルメデイア様、なぜ正直にこの方々におっしゃらないのです? 何度予知なさっても、オトヤ様の未来が見えないということを!」

「ん? 未来が見えないとは、どういうことかにゃ?」フィーがアルメデイアを見上げて訊ねる。

 アルメデイアはしばらく思い迷った末、口を開いた。

「……それは、もう死んでるか、死が間近いか、そのどちらかということよ」

 神崎たちは黙りこんでしまう。

 沈黙の中、テーブルのすすり泣きと、カタカタと震える天板の音だけ聞こえる。

「うるさい!」

 苛立ったアルメデイアが再び天板を蹴りつける。

「アヒィ!」テーブルはまた歓喜の悲鳴をあげて言った。「申し訳ありません。差し出たことを」

「ちょっと!」真琴がたまりかねたように立ち上がり、アルメデイアに言った。「それより、どうしてこの人は、こんなことになってるんですか?」

「あちゃー、そこに戻っちゃうのかにゃ、真琴ちゃん」フィーが手で顔を覆う。

「奴隷だからじゃない」アルメデイアはさも不思議そうな表情で、真琴の問いに答えた。

「違うわ! ヒトでしょ? 人間でしょ? それをモノみたいに扱って」

「この男の本当の願いを聞いてあげただけよー」

「そんなんで好きだった人を探してほしいなんて、あ、あなたなんかに……」真琴は震える手でアルメデイアを指差し、しかし次の言葉をグッと呑み込むと、憤然として半個室を出た。

「真琴⁉」

 リルリーには真琴の怒りが理解できない。

「フィー」神崎はフィーに目配せした。

「にゃ」

 フィーは素早くカーテンをめくって真琴の後を追った。


                    「下町異世界探偵2」(9)につづく

今回も読んでいただき、ありがとうございます。

「黒蜥蜴」という店名は、わたしのブログ友達の方が常連という大阪のバー「パノラマ島」にヒントをいただきました。乱歩つながりです(笑)。

さて、序盤も終わりそろそろ物語も中盤。

ここからもっと面白くなるよう、頑張りますので、来週もよろしくお願いします。

また、感想、評点、ブックマーク、メッセージなどいただけましたら、モチベーションがものすごくあがります。

少なくとも一週間は「ひゃっほう!」って感じで過ごせます。

どうかそちらの方もお願いいたします。

なお、次回は4月4日(土)夜10時にアップ予定です。


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