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(7)~リルリーの危険な夜遊び~

魔導士アルメデイアの謎の失踪。

そして魔王の勅命を受けたファム・リルリーが、自閉世界からゲートを使って神崎事務所に現れる。

果たしてリルリーの目的は。

そして異世界に何が起きているのか……。

 タピオカミルクティーを片手にアーケード街を歩くリルリーはご機嫌だ。

「おいしー! おもしろーい! なんか甘くて、くにゅくにゅするー」

 並んで歩く真琴も、付き合って抹茶ラテ味を飲んでいる。

 真琴は、本当はタピオカが苦手なのだが、無邪気にはしゃぐリルリーの姿が真琴には微笑ましい。

「リルリー、髪伸ばしたんだ」と真琴。

「そう! 女の髪は魔力の象徴なの。髪の毛を使う魔法も、これから色々と覚えたいし」

「へぇー、すごいね」

「ねー、そっちの緑色のはどんな味? ちょっとちょうだい!」

「ん」

 真琴はリルリーに、自分のカップを手渡す。

 リルリーは、真琴のカップの中身を太いストローで一口飲んで、少し顔をしかめた。

「ちょっと苦い……」

「それは抹茶。ちょっと大人向けかな?」

「ふーん、これがおとなかー」


 二人の後ろを神崎とフィーが並んで歩いている。

「仕事かと思ったら異世界グルメツアーですか。勅使様はいいご身分ですにゃー」

 フィーの聞えよがしの陰口に、リルリーは振り向きもせずに答える。

「これでもちゃんと仕事の途中なの。あんたみたいに毎晩ホストやキャバ嬢と遊んでるのとはわけが違うんだからね!」

「にゃ! ちびっ子のくせにどうしてそんなコトまで……」

「こないだの領収書、ちゃんと調べたんだから。何が調査費よ!」

「うう」

「あたしがこっちのことを何にも知らないと思ってるなら大間違いなんだから!」

 フィーの浪費にほとほと手を焼いている神崎は、二人のやり取りを面白がって眺めている。

「ところで仕事って、どこ行くの?」と真琴。

「まずは両替」

「両替? お金なんて心配しなくていいのに」

「そうはいかないわ。これは魔王様直々に仰せつかったんだから」

「こっちは初めてなんでしょ。場所はわかってるの?」

「うん。この……、こっちではメガネっていうんだっけ? これが教えてくれる」

 リルリーの赤いメガネにはレンズが入っていない。しかし彼女の目には、行くべき方向を指し示す矢印が、見えているのだった。

「リルリー、そいつがお前の法具か」と神崎。

「そう、これは魔気を貯めないで使えるやつ。その代わり大して役に立たない。皇子の法具はまだ見つからないの?」

「それがなあ……」

 神崎はため息をついた。

 アルメデイアの予知以来、神崎は事務所のあちこちをくまなく探したが、それらしいものはいまだ見つからないのだ。


 四人はいつの間にかアーケード街を抜け、駅前のロータリーに出た。

「ところでリルリー、親父がきりきり舞いって、あれ、どういうことだ?」神崎が訊ねる。

 リルリーはストローでタピオカをズズっと吸い込み、むにゃむにゃと噛みながら答えた。

「グラン・マギ・アルメデイアは、天気を司る神として自閉世界で崇められてるわよね」

「そうだ」

「でも本当は違う。あの世界の天候を実際に操っているのは大魔王様でしょ? で、グラン・マギはそれを予知して民衆に知らしめているのよね」

「なーんだ。ただのお天気おねえさんだったんだにゃ」フィーが少し白けた様子で言った。

 リルリーは振り返り、フィーをキッと睨みつけて言った。

「グラン・マギを馬鹿にするとひどい目に遭うんだから!」

「うっ……」

 フィーと、そして神崎も赤面してうつむいた。

 ―ふふふ、もうひどい目に遭ってるもんね、二人とも。

 真琴は思い出し笑いをこらえて、神崎に訊ねた。

「けど、大魔王が世界の天候を決めるのなら、予知なんかせず、その大魔王本人に聞けばわかることじゃないんですか?」

「大魔王は誰とも会わない。魔王(おやじ)ですらその姿を直接見たことがない。だからあの世界では、天候を予知できるアルメデイアが、天気の神とされている」

「そのグラン・マギがもう一年もいないのよ。あっちの人たちはもう大混乱」

「しかし、()()()()()……」フィーはそう言いかけて、なぜかまた赤くなった。「いやいや。アルメデイア様は、確か第一皇子の家来だったはずだにゃ。こっちに探しに来るなら、まずは第一皇子の配下の者が来るはずでは?」

「フィー、家来というのは違うぞ。アルメデイアは形の上では先兄様の直轄だが、実際は限りなく自由の身なんだ」

「そうね。だけどフィーの言う通りなの。魔王様が今回のことで第一皇子を叱責、そしたら今度は第一皇子が拗ねちゃってグラン・マギの捜索命令を無視」

「あんなに親父に忠実だった先兄(さきにい)様が」

「と、いうわけでこのあたし、第八皇子の忠実なるしもべにして、グラン・マギの血統の末席に繋がるファム・リルリーに勅命が下ったってわけ」

「なるほど、他の皇子を差し置いて第八皇子本人に直接勅命を下すと、なにかと都合が悪い。そういうわけかにゃ」

「そ。そのとおり! わが皇家は魔族の中ではほとんど目立たない、ま、言ってみれば無視されてる家柄だからね」

 ―と、いうことは、親父はこの俺にアルメデイアの捜索を期待しているのか。面倒だな……。

 自閉世界の均衡が崩れつつある、神崎はいつかの殿山の言葉を思い出していた。


 話しながら夜の巷を歩いているうち、四人は人影のない暗い通りにネオンが輝く、妖しい界隈にやってきた。

 そこはラブホテル街だった。

「ちょっとリルリー、本当にこの道で正しいの?」真琴は心配そうにキョロキョロしている。

「うん。すぐそこ」

「むー、さすがにちょっとこれは、お子ちゃまにはまだ早いんだにゃ」フィーも不審そうだ。

 リルリーはかまわず、ずんずんとラブホテルの裏手の道を入ると、古い雑居ビルの前で止まった。

「あそこよ」

 左手でメガネに触り、右手でリルリーが指さす窓は、毒々しい紫色の光を放っていた。


 そのビルのエレベーター内は、蛍光灯が数本切れて薄暗く、なぜかじめついた雨の匂いがした。

 ―こんな所にビルなんてあったっけ……。

 しかし、そもそも真琴は地元に住んでいながら、この界隈をあまり歩いたことがない。

「リルリー、本当に大丈夫?」

 真琴はリルリーに言われるまま五階のボタンを押し、不安そうに聞いた。

「どうしたの、真琴。怖いの?」

 リルリーは平然としている。

「や、そういうわけじゃないけど……」

「真琴ちゃんはお嬢様だから、こういう場所は慣れてないのですにゃあ」フィーはニヤニヤ笑って言った。

 フィーの夜ごとの乱行に、うすうす感づいてはいたが、その場慣れした態度を目の当たりにして、真琴はなぜか無性に腹が立った。

 ―フィーってば慣れすぎ!

 真琴はムスッとして下を向いた。

 ―あれ? わたし、フィーに嫉妬してる? まさか!

 その時、チーンと音がして、エレベーターが五階に着いた。


 四人がエレベーターを降りると、そこには二人の男が待ち構えていた。

 二人とも体格が良く、黒服に黒の中折れ帽を被っていた。

 そして二本足で立ち、確かに人間の体つきではあったが、その体に乗っかっているのは狼の頭だった。

 ―かぶり物? 

 しかし、真琴は二人から流れ出る微かな魔気に気付く。

 ―ケモノビト⁉

 真琴は本能的にすっと脱力する。

 黒服のケモノビトの一人が腰を折って、ゆっくりとリルリーに顔を近づけると、唸るような聞き取りにくい声で言った。

「おちびちゃん、ここは会員制なんですがね」

 リルリーは動じない。

「シッシッシッシ、保護者同伴でもダメなもんはダメなんでちゅよー」

 もう一人が、喉を引きつらせるように不快な笑い声をたてて言った。

 真琴はチラリと後ろを見るが、神崎とフィーは黙って事の成り行きを見守っている。

 リルリーは不敵な笑みを浮かべた。

「あ、そっか。ごめん、ちょっと待っててね」

 リルリーは男にそう言ってランドセルを下ろし、中から何やら取り出すと、それを男の目の前に突きつけた。

 すると男は雷に打たれたように、直立不動になった。

 リルリーは手に、朱で何か書かれた木簡を持っていた。

 黒く、光を全く反射しないその木簡は、竹を縦に割ったように少し湾曲していた。


「勅命である!」


 リルリーの凛とした声が、暗い廊下に響き渡る。

 そのとたん、男たちの姿は崩れ落ちた。

 そして残された黒服の塊の中で、大きな二頭のシベリアンハスキー犬が身を寄せ合い、震えている。

 怯えきった二頭は、その青い目で哀願するようにリルリーを見上げ、鼻を鳴らした。

 リルリーはしゃがんで、一頭の頭を優しく撫でながら言った。

「さ、いい子だからお店に案内してちょうだい」

「すげー、まるでミトコーモンみたいだにゃ」

 さすがのフィーも呆然として呟いた。


 二頭のハスキー犬は、おとなしく尻尾を垂れ、四人の先に立って廊下を歩いていく。

 廊下は思いのほか長く、曲がりくねっていて、迷路のようだった。

 四人とも黙っている。

 しばらくの間、冷たいリノリウム張りの廊下を歩く犬の足音だけが、チャカチャカと響いた。

 やがて二頭は、ダウンライトに浮かび上がった、分厚い鋼鉄製の扉の前に座った。

 扉には全面に流水紋が彫金され、金属製の巨大なオオサンショウウオのレリーフが溶接されている。

 サンショウウオはその口に、これまた大きな木製の看板をがっきと咥えていた。

 そして看板には麗々しい書体で篆刻(てんこく)が施してあった。


「黒蜥蜴」

 

 どうやらそれがこの店の名前らしい。

「ずいぶんお金のかかった扉ですにゃ。えーと、く、くろ、くろ……、んん? 真琴ちゃん、これなんて読むの?」

「く・ろ・と・か・げ」

「しかしこれ、どうやって開くんだ?」そう言いながら神崎は扉を調べている。

 扉には取っ手らしきものが何もない。

「あんたたちの飼い主を呼んで」リルリーは腕組みをして、犬たちに命じた。

 二頭の犬は「ウォン!」と吠え、前足でさかんに扉をガリガリと引っ掻いた。

 すると、ぬめりまで表現されたリアルなサンショウウオのなめらかな胴体に一筋の線が入り、扉は観音開きに音もなく開いた。

 そして、ちょうどサンショウウオの切れた胴体あたりから、派手なメイクをした男が、ぬるりと顔を出し、犬たちを見た。

「うるさいわよ、あんたたち。どうしたの?」

 犬たちは申し訳なさそうに男から目を逸らし、首を垂れた。

「あら」男はようやく、リルリーたちに気付く。

「こんばんは、ヴァラヌス」リルリーは男に木簡を見せて言った。「決して事を荒立てるつもりはないのよ」

 ヴァラヌスと呼ばれた男はため息をついた。


                    「下町異世界探偵2」(8)につづく

今回も読んでいただき、ありがとうございました。

やー、ブームが終わる前にリルリーにタピオカミルクティーを飲ませてやることができました(笑)。

もちろん取材で私も飲みましたよ。

タピオカ自体は嫌いではなく、タイ料理など食べに行った時にはデザートとしてちょくちょく頼んでたことも。

しかし、並んでまで食べたいかといわれるとちょっと……。

長蛇の列を作っていた女子高生たちは、大人になってからあれをどう思い出すのか。

今回登場する「黒蜥蜴」というお店は残念ながら実在しません。

オオサンショウウオはとかげ=爬虫類じゃなくて両生類だぞ、とお怒りの方もいらっしゃるとは思いますが、まあ異世界の人間のすることですから大目に見てやって下さい。

次回第8話は、3月28日(土)午後10時にアップ予定です。

ご期待ください。


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