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(6)~魔王からのメッセージ~

世間を騒がす首都高の全裸ライダー。

真琴の義兄、真三郎も見たという。

真琴は全裸ライダーの正体が魔導士アルメデイアではないかと考えるが……。

「連絡ありませんねー」

 神崎の事務所の、陽の当たる窓際で、真琴は退屈そうに伸びをして言った。

 魔導士アルメデイアが神崎の事務所に現れてからすでに五日、彼女からは何の連絡もなかった。

「やっぱからかわれたんだにゃ」

 タンクトップにスパッツ、頭にバンダナを巻いたフィーは、珍しく汗を流し、獣拳猫式の型の反復練習に余念がない。

「神崎さん、そういえば……」

 神崎は、真琴が先日の醜態の話を持ち出すのではないかと、一瞬身をすくめる。

「アルメデイアさんは人を探してるとか言ってましたけど、彼女の能力が予知だったら、自分で簡単に探せるんじゃないですかね」

「うーん、本当に彼女の専攻特化魔導力が予知であれば、まず自らの運命を予知することはできない」神崎は内心ほっとしながら答えた。


 ヒュッ! 

 

 甲高い音が事務所に響いた。

 フィーの掌から飛び出した、ナイフのような五本の鉤爪が空気を斬り裂く。

 型は少し頼りない猫パンチだが、その長く鋭い鉤爪の一撃を受ければ、場所によっては即死しかねない。

「だからわざわざボクに競艇の結果を教えたんだにゃ。たぶん彼女が予知したのは、ボクが儲かる方法、それか出走する選手たち一人一人のレース結果のすべて」

 そう言うとフィーは軽く跳躍し、体をコマのように素早く回転させながら蹴りを二回繰り出した。

 

 ヒュヒュッ! 

 

 真琴はフィーが、最初の蹴りで爪を出さず、次の蹴りで爪を出したのを見逃さなかった。

 ―すごい! 初撃の間合いで二撃目を受けにいったら手首が無くなってた。

 異世界で一緒に戦った真琴は、フィーの高い戦闘能力について十分理解しているつもりだった。しかし、こうしてじっくりとその型を眺めると、フィーはその愛らしい外見とは裏腹に、全身凶器ともいえる危険な存在でもあるのだ。

 真琴はその事実に、改めて戦慄した。

 要するにフィーは両手両足で十本のナイフを操る。

 そしてそのナイフは彼女の肉体の一部であり、取り上げることは不可能である。

 ―もしこんな能力をもった人間が、悪意を持ってこっちの世界に来たら……。

 真琴は思わず頭をぶるぶると振って、悪い妄想を振り切った。

「ん? どうしたの? 真琴ちゃん。気分でも悪いの?」

「えっ? いや……、あー、それよりその予知ってずるくありません? 予知に基づき、他人に行動を起こさせ、その結果を果実として自らが受け取る。それじゃあ、自分のことを予知しているのと同じじゃないですかね」

「伊勢さん、俺も魔族の端くれだから多少の予知はできる。その感覚だと予知は非常に抽象的な感覚として現れる。それをどう解釈するかが予知の魔導士の腕の見せどころってわけだ。それから、現在と未来は一直線につながっているわけじゃない。様々な事象に左右されて、まるで網の目のように複雑に広がっていく。その中の一点をピンポイントで探り出して予知として示すのは経験と勘のなせる業なんだ。だから一言で人を探す、といっても対象の条件で難易度は大きく変わる」

「そうなんだ……」


 猫式の稽古を終えたフィーがシャワーを浴びている間、神崎と真琴は、首都高の全裸ライダーについて話し合っていた。

「アルメデイアがその裸のライダー……」

義兄(あに)が目撃したのは本当だと思うんですよね」

「だとしても、どうして? 彼女の目的は人探しのはず。目立って向こうに見つけてもらおうとか?」

「うーん……」

 真琴もそこがわからない。


 その時、鼻歌交じりのフィーが、際どいショーツ、上半身は首にバスタオルを掛けただけという姿で、バスルームから出てきた。

「お前、一応まだ仕事中なんだから。ちゃんと服着てこいよ」神崎はそう言いつつ、なぜか机の下から傘を出す。

 フィーは神崎の言うことに耳を貸さず、いきなり頭をブルブルと振った。

 その様子は水に濡れた猫の仕草そのものだ。

 まだ濡れている髪の毛から、水しぶきが勢いよく事務所じゅうに飛び散った。

 神崎はあらかじめ手にしていた傘を広げる。

 しかし何の準備もない真琴は、頭からしぶきをかぶってしまう。

「……ちょっと、フィー?」

「あー、ごめん。真琴ちゃんがいるの、すっかり忘れてたにゃ」そう言うとフィーは真琴に、首から掛けたバスタオルを投げた。「こうしないと上の方の耳が気持ち悪いんだにゃ」

 フィーの上半身が露わになる。

「うーん、やっぱ裸がいちばんだにゃー!」

 フィーはつま先立ちになり、さも気分良さげに柔らかく大きく伸びをした。

 真琴は濡れた頭と顔をごしごし拭きながら、タオルの間からフィーの裸をつい盗み見る。

 豊かな乳房は形よく上を向いている。

 贅肉のかけらもなく、滑らかに光り輝いている背中と腰、そして何よりも尾骨のあたりから伸びた、長く優雅な尻尾に真琴は目を瞠る。


「お前、ちゃんと湯舟に水を張りなおしといたか?」

「うん、やったにゃ」

「ちょっと神崎さん、そんなことよりフィーに早く服を」真琴は全裸同様のフィーから目を逸らして言う。

「ん? さっきからどーも視線がチクチクすると思ったら、真琴ちゃんのだったのかにゃ?」

 フィーは真琴の正面に向き直ると、腰に手を当てて胸を反らし、得意気に挑発的なポーズをとり、猫耳をピクピクさせた。

「ちなみにボクには耳が四つ付いてるにゃ。この上の猫の耳は広ーく周りの音を拾って、横の人間の耳は人との会話に使われるのだにゃ。……んん?」

フィーの左の猫耳が、ピクリと風呂場の方を向いた。

「所長、大変だ! 異世界(あっち)から誰か来ますにゃ!」

「何だって⁉」

 二人はバタバタとバスルームに駆け出した。

 真琴は何が何だかわからず、後を追う。


 バスルームに駆け込んだ二人は素早く湯舟の蓋を取り、水面にしばし耳を傾ける。

「なんにも聞こえないぞ」

「所長には無理だにゃ。早くあれを」

「お、おう」

 神崎は慌ててポケットから音叉を取り出し、水面にかざした。

 すると音叉は高く美しい音を発した。

 音は共鳴して次第に大きくなっていく。

「ほんとだ。誰か来るぞ!」

「誰? 誰が来るんですか?」と真琴。

「まさか魔王(おやじ)じゃないだろうな……」神崎は半分逃げ腰になっている。

「このゲートを作って下さったのは魔王様。その可能性はじゅーぶんにありますにゃ」

「マジかよ」

 次の瞬間、水面がカッと青くまばゆい光を放つと、そこにキラキラと複雑な紋様の魔法陣が浮かび上がってきた。

 真琴はその魔法陣に見覚えがあった。

「げっ! この紋様は……」とフィー。

 魔法陣の真ん中から現れたのはリルリーだ。

 赤い伊達メガネ、長く青い髪をお下げに結って、空色のワンピース、セーラー服のような白い襟、胸元に黒のループタイを垂らし、背中には赤いランドセルを背負っている。

「リルリー!」

「真琴ぉ!」

 リルリーは湯舟からぴょんと飛び出すと、勢いよく真琴に抱きついた。


 事務所で、椅子に座って真琴の淹れたロイヤルミルクティーを飲みながらリルリーは、目を閉じて幸せそうにため息をついた。

「はぁー、美味しい。これがミルクティーか……。夢のような味がする」

 真琴は微笑んだ。

 —異世界の食べ物を口にすると誰もがそういう感想になるのだろうか。

「リルリー、こっちは初めて?」

「うん!」

 —自閉世界では無理してるんだなあ。

 リルリーの屈託のない子供らしい笑顔が、真琴には嬉しかった。

 だが、フィーと神崎はそうでもないようだ。

「魔女っ子、そんでどういったご用件ですかにゃー」

 フィーは警戒感をあらわにして、不機嫌そうに尋ねた。

 するとリルリーは突然立ち上がった。

 その瞳は表情を失い、口からは威厳をたたえた野太い男の声が発せられた。


「ひかえよ!」


 その声は事務所に響き渡った。


「ヒィッ!」

 フィーの尻尾は、恐れと驚きのあまりの毛が逆立ち、タヌキのように太くなっている。

「お、親父の声だ」

「喫緊の問題が発生したゆえ、ファム・リルリーの体を借りて送歌(おくりうた)を行なう。心して聴くがよいぞ」

「ちょ、リルリー、親父の送歌だって? それだけは勘弁してくれ!」

「無理なんだにゃ。これが始まったら誰にも止められないんだにゃ」


 りるるーららりーりるるるるー


 全く表情を失ったリルリーが、聞いたことのない中年男性の声で朗々と歌い始めた。

 その歌は調子っぱずれで、お世辞にも上手いとはいえないものだった。


 愛するわが息子よ、最愛の皇子よ、お父様ですよー

 元気にしてるか、ちゃんと食べてるか、街には慣れたか、友だちできたか

 女に惚れてはいけない、お金を借りてはいけない

 食べすぎてはいけない、飲みすぎてもいけない

 それで失敗した、お父様の言うことだから聞いておけ

 歯は朝晩しっかり磨け、毎日風呂に入れ、それがそっちの流儀

 るるるりらるらー、るららるるー

 いろいろ気にはなるけれど、ちょっとこっちの用事を頼まれてほしい

 魔導士アルメデイアがそっちへ行ったきりなので、探してほしい

 おかげでこっちはキリキリ舞いのハリケーン

 だけどおまえならできる、きっとできる

 強い想いでこぶし握れば、きっと願いかなうはず

 だから信じて、未来を信じて

 Forever! 信じてる、わが皇子

 Forever! 愛してる、わが息子、永遠に

 るるるりらるるるりら

 るるるりらるるるりら


 歌い終わると、リルリーはすとんと椅子に座り、何事もなかったように澄ました表情で、再びティーカップに口をつけた。


 真琴はポカンと口を開けている。

 神崎は恥ずかしさで顔を真っ赤にしてうつむき、震えている。

 フィーは笑いを必死でこらえて、後ろを向いてうずくまり、やはり震えていた。


「皇子、ちゃんと聴いた?」とリルリー。

「き、聴いたよ……」

「あの……、神崎さん、今のは?」

 真琴には事の成り行きがさっぱり理解できない。

 神崎は恥ずかしさのあまり、真琴の顔を見ることができなかった。

「今のは送歌。あっちではわたしのようなファムに歌を吹き込んで、相手に送るの。こっちにも似たようなのがあるんでしょ? メールっていうの?」

「お、『お父様ですよー』だって、にゃーっふっふっふ!」フィーはこらえ切れず、腹を抱えて笑い出した。

「言っときますけど、歌がヘタなのはあたしのせいじゃないんだからね。送歌してる時、あたしの意識はここにはないんだから」

「送歌の上手さはあっちではひとつのステイタスなんだにゃ。だけど魔王様は所長にしか送歌しないから、へたっぴだってことが誰にもバレないんだにゃ」

「バラしたらあんた煉獄行きなんだからね」とリルリーが釘を刺す。

 だがフィーはまだ笑いが止まらない。

「魔王様の送歌は、歌以前のモンダイなんだにゃ。最後のとこなんて『Forever』と『永遠に』で意味がかぶってるにゃ」

「あー、でも、その……、魔王様? お父様の神崎さんを思う気持ちは、充分に伝わってきましたよ」

 真琴のフォローに、神崎はやや気を取り直したようだ。

「いいんだよ、伊勢さん。親父はいつまで経っても俺を生まれたての赤ん坊だと思ってやがる」

「仕方ないでしょ、御年五千歳の魔王様にとって、本当に皇子はついこの間生まれたばかりなんだから」とリルリー。

「あー、なるほど」真琴は納得した。

「だけど『きりきり舞いのハリケーンよ』だけじゃ、具体的にあっち何が起きてるのか、さっぱりわからんにゃ」

「あたしはそれを説明するため、それとグラン・マギ・アルメデイアを連れ帰るため、魔王の勅命を受けて派遣されました。ただ歌を歌いに来たわけじゃないんだからね」

 リルリーはミルクティーを飲み干すと、静かにティーカップを置き、立ち上がって言った。

「さあ、行きましょう」


                  「下町異世界探偵2」(7)につづく

今回も読んでいただき、ありがとうございました。

今回は歌など入れてみましたがいかがでしたでしょうか(笑)。

おかげで分量がだいぶ増えてしまいました。

申し訳ありません。

これはわたしのミュージカル映画趣味のせいです。

さて、世間のコロナウイルス騒動でわたしの生業にも影響が出まして。

人員を半分に分け、半分が一週間仕事を続け(私は連日泊り・明け・泊り・明けになります)、その間残りは休み。

これを交互に繰り返す、というまるで恒星間航行船のクルーみたいなシフトになりました(笑)。

小説を書く時間は大幅に増えるわけですが、果たして……。

なお、小説の感想、評点、ブックマーク、メッセージ等常時お待ちしております。

よろしくお願いいたします。

では、また次回お会いいたしましょう。

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