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(5)~植村家の食卓~

黒装束の占い師は、自閉世界からやって来た魔導士アルメデイアであった。

アルメデイアの目的は人探し。

そして彼女は真琴にそれを託して姿を消す。


 真琴は、目の前に山盛りとなった焼きそばが、ホットプレートの上でジュウジュウと音をたて、湯気とともにソースの香りを立ち昇らせている様子をぼんやりと眺めていた。

 ―ま、結局こういうことになるよね。

 アルメデイアの「予知」が当たっても、真琴はさして驚きはしない。

 実際に自分が異世界に行った経験、事務所で感じた魔導士アルメデイアの放つ強い魔気、どれをとっても目の前に焼きそばの山があることは、不思議でもなんでもない。


「お、もういいぞ。まずはお客さんからだな!」

 真琴の義理の兄、合気道植村塾の塾頭・植村真三郎は焼きそばの山を崩し、真琴の隣に座っている北条志乃の皿にごっそりと盛る。

「ほれ、いっぱい食えよ、志乃介」

「うわっ! マジうまそう! でも塾頭、その呼び方、落語家みたいだからやめてくださいよ」

「ほい、紅しょうが。あと青のりとかつぶしはお好みでな」

 北条志乃は真琴が神崎と共に異世界から連れ帰った高校生の少女で、この道場へは合気の修行に通っている。

 今晩は母親に特別の許可をもらって、この焼きそばパーティーに参加しているのだ。

「『志乃介』だめか? かわいいじゃん」

 そう言いつつ真三郎は、自分の隣に座る植村芝八の皿にも、どかっと取り分ける。

「志乃さんよゥ、こいつの初恋の人もやはり志乃って名前でな。よーするに照れくさいのよ」

 意外にくだけた口調の芝八は、コップ一杯のビールですでに上機嫌だった。

 芝八は合気道の修行に励む者、そして格闘技マニアの間でその名を知らぬ者のない、いわば伝説的存在であった。

「ちょっ、(おお)先生、生徒の前であんましそういうことを喋んないでくださいます?」

 マッチョな体にエプロンが不似合いな真三郎は口を尖らせて抗議するが、芝八は馬耳東風だ。

「真三郎、俺ァ、そばァあんまし要らねえから、もうちょい肉を足してくれ」

「大先生は相変わらず肉が好きですねえ」

 そういいながら、真三郎は芝八の皿から自分の皿に麺を少し移すと、プレートの上から表面に少し焦げ目の付いた大きめの豚コマ肉を数切れ取って、芝八の焼きそばの上に乗せた。


「あれ? 真琴、どうした? 食べないの?」

 真三郎の声に真琴は我に返る。

「あ、ちょっとボーっとしちゃって」

 そう言うと、真琴も急いで自分の皿に焼きそばをよそった。


「まだ食えるだろ?」

 一回目の三玉の麺を食べ終わると、真三郎は笑って真琴と志乃に言った。

「えっ! まだあるの⁉ すげーっ! 食べます! いただきます‼」

 真琴は微笑んだ。

 志乃があっという間に最初の一皿をきれいに食べ切り、他の者が食べているのをどことなくもの欲しそうに眺めていることに気付いていたのだ。


 真三郎はホットプレートの上にラードの白い塊を少し落とし、ダイヤルを回して火を強める。

 ラードはすぐに溶けて透明になり、独特の香りを上げはじめた。

 そこへまず豚肉を投入、強火で表面がカリカリになるまでしっかり炒めると、少し火を弱めてキャベツのざく切りを投入する。

 更に蒸し麺を三玉投入すると少し酒を入れ、アルコールを飛ばしながら麺をほぐしていく。

 麺がほぐれたタイミングで、麺に添付されていた粉ソースをふりかけ、かき混ぜながら強火で更に炒める。

 たちまち台所にソースの焦げる香ばしい匂いが充満する。

 真三郎はさっと弱火にすると、仕上げにどろりとした液体ソースを少しかけ、全体をざっくりと混ぜた。


「ほい、出来た」

 そう言って真三郎は、再び志乃の皿にさっきより多めに焼きそばを盛る。

「お酒とそのドロッとしたソースが隠し味?」

 志乃は焼きそばをもくもくと頬張りながら真三郎に尋ねる。

「その通り、これは俺が編み出した秘密のレシピなのだ」

「教えてくださいよ」

「うむ。これは広島のオタフクソースをベースに、満月の夜の霜、ミミズクの翼と肉、それから……」真三郎は真面目くさって答える。

「ちょっと、冗談でなく!」

「秘密ってのは秘密であることに意味があるのだよ。しかし他ならぬ志乃介の頼みとあらば、ま、大学に入ったら特別に伝授して進ぜよう」

「えーっ! だってオレまだ高一ですよ?」

「志乃さん、三年なんてあっという間なんだから。ちゃんと目標決まってるんでしょ? しっかり勉強してる?」真琴は志乃に負けず、もりもりと焼きそばを食べながら言った。

「何だよ、師匠。母さんみたいなこと言って。ちゃんとやってるよ!」

「いいか、志乃介。大学行ったらな、友だち呼んでさ、みんなで焼きそばつつくんだよ。それでな、焼きそばはあんまり色んなものを入れちゃよくない。できるだけシンプルを心掛ける。だけど一つだけ例外もある」

 真三郎はそう言ってプレートに残ったそばをきれいにさらってしまうと、再び火を強くした。

「ジャーン!」

 真三郎の手に真っ白な玉子が二つ握られていた。そして器用に片手でひとつずつ玉子を割り、プレートの上で目玉焼きを作り始めた。

「ささ、半熟のうちに」

 真三郎はフライ返しで目玉焼きを掬うと、真琴と志乃の皿にひょいひょいと乗せた。

「うひゃー、すっげー!」

 志乃は大喜びだ。

 まだとろりとした玉子の濃厚な黄身を麺にからめて食べると、焼きそばはまろやかでコクのある味に変わり、いくらでも食べられる。

「大先生は?」と真三郎。

「ん? 俺ァ、こいつで十分よ」

 芝八は二杯目のビールをちびちびと飲みながら、焼きそばをつまんでいる。

「志乃さん、きつい稽古の後のメシは、旨ェもんだろ?」

「はい!」

「ガンガン稽古して、ガンガン食べる。これがまあ上達する一番の近道さね」

 芝八はそう言うと目を細めて相好を崩した。


 芝八はビールを二杯かっきり飲むと、自室に引っ込んだ。

 真琴が志乃を新小岩駅まで送って帰ってくると、真三郎は食器を洗っていた。

「お兄さん、そんなの明日私がやるのに」

「さっきお義母さんから電話があってさ。明日には名古屋から帰ってくるって」

「あー、そりゃ大変だ」

「だろ? 真弓と母さんにここで焼きそばなんか焼いたことがばれてみろ」

「母さんたち、ソースもの全般憎んでるもんね」

 真琴は真三郎とキッチンに並んで、洗い物の片づけを手伝い始めた。

「ここで焼きそばを食べたことは、決して話さないでください」

 真三郎は、ホラー映画の予告編のようなおどろおどろしい口調で言った。

「そだね」真琴はくすりと笑った。


 真三郎は真琴の姉・真弓の夫である。

 植村家には男子がなかった。

 芝八の娘、つまり真琴の母である真沙美は、日本画家である伊勢守和と結婚し、生まれたのが真弓と真琴の姉妹であった。

 ちなみに真琴の父・守和は現在日本画の大作に取り掛かっており、アトリエに籠りきり。

 母・真沙美は日本舞踊の家元、姉・真弓は三味線の家元で二人は踊りの発表会のため名古屋に旅行中。

 母と姉は仕事で家を空けることも多く、そんな時に食事を作るのはもっぱら真三郎と真琴であった。


「真琴、そういや俺、見たぜ」

 食事の後片づけが終わり、二人で茶を淹れて一息ついた時、真三郎が出し抜けに言い出した。

「見た? 何を?」

「知らない? 最近話題になってる首都高の全裸ライダー」

「あー、知ってる。ネットで話題になってるやつでしょ」真琴は内心ぎくりとしつつも平静を装い、答えた。

「こないだ車で首都高通った時さ、見たんだ」

「ほんと? ニセモノじゃないの?」

 先日は全裸にヘルメットだけ被った中年男性が、首都高で逮捕されている。

 ネットで仲間を募り、全裸で走行した中年男性たちが集団検挙されるというおぞましい事件もあった。

 ちなみにネットでは「ラソウ(裸走)」と呼ばれている。

「いや、ネットの噂のとおり、長い金髪なびかせた女だ。真っ赤なインディアン・スカウト101に乗ってた」

「インディアン……。ね、それってさ、なんか古いバイク?」

 真琴は先日の事故者への聞き取りを思い出し、さりげなく訊いてみる。

 結婚して乗らなくなったが、真三郎はヴィンテージバイクのマニアで、古いノートンに乗っていたことがある。

「古いよー、なんせ1920年代から40年代に作られてたバイクだ。よく知ってるね」

「うん。わたしもなんかネットで読んだ」真琴はとっさにごまかした。「それでさ、その人はやっぱりその……」

「うん、履いてたのはブーツだけ。さすがに裸足でギアチェンジはできないよ」

 真三郎は茶を啜りながら答えた。

 ―兄さんはいい加減なこと言う人じゃないけど……。

「追いかけたの?」

「いや、あっという間にぶち抜かれた。まるで新車みたいにピカピカでさ。あれはただのインディアンじゃないなー」

 長い金髪。

 真琴は魔導士アルメデイアを思い出さずにはいられない。

「写真は?」

「夜中の首都高だよ、撮れるわけない。帰ってからドライブレコーダー調べたけど、これが本当に何も映ってない。な、噂どおりだろ?」

「えー? お兄さんは幽霊とか信じるの?」

「いやー、信じてなかったけど、見ちまったからな」

「ふーん」


 部屋に戻ってベッドに入っても、真琴はアルメデイアのことを考えていた。

 ―人には見えて、カメラに映らない。そんな魔法があるのだろうか。そもそも自閉世界にはカメラすらないというのに。それにどうして裸?


 真琴はその夜、アルメデイアと二人でほうきに跨り、首都高を猛スピードで飛ぶ夢を見た。

 柄の部分にスロットルが付いたほうきは、まさに路面を掃くような低空で、車やバイクの車列を縫うようにすっ飛ばす。

 真琴もアルメデイアも全裸だった。

 だがそれは恥ずかしさもいやらしさもなく、とても痛快だった。

 夢の中の真琴には、それが不思議でたまらなかった。


                  次回「下町異世界探偵2」(6)につづく

今回も読んでいただき、ありがとうございました。

なんか今回はホームドラマですね(笑)。

たまにはこういうほのぼのしたシーンも書きたくなります。

わかる人にはわかると思いますが、真三郎が使ってる焼きそばの麺は、マルちゃんの三玉セットの一番シンプルなバージョンです。

タレントのマツコデラックスさんによれば「何も入れないのが一番うまい」のだそうです。

私も一度試したことがありますが、これは最凶のお酒のつまみです。

やばいです。

堅気の人(笑)は、せめて真三郎バージョンぐらい最低限の具を入れていただいた方が、健康のためにはよろしいかと。

次回、異世界より客人来る!

次回もよろしくお願いいたします。


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