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(4)~誘惑のアルメデイア~

一発勝負をかけて江戸川競艇場に出かけた神崎とフィーは、競艇場で「魔女」に出会う。

彼女の占い通り、全レースを的中させ大金を得た二人は魔女、実は魔導士と共に探偵事務所に戻る。

 神崎たちはタクシーの後部座席に三人並んで座った。

 ―涼しい。

 思わず神崎の口元が緩む。

 金を惜しんで徒歩でやって来た神崎とフィーにとって、行きと帰りでは地獄と天国ほど違った。

 すると、ドア側に座ったフィーがガサガサと音をさせた。

 神崎から顔をそむけてひとりで何かこっそりかじっている。

 そういえばさっきから車内にソースの匂いが漂っていた。

「あ、お前、それさっきのハムカツだな!」

 神崎に見とがめられて、フィーは手にしたハムカツの残りを一気に口へ押し込んだ。

「お前、いつの間にあの最高のハムカツを!」

 フィーは口いっぱいにハムカツを頬張りながら、口を押さえて答えた。

「こりはボクのポケットマネーで買ったものだから、全部ボクのだにゃ」

「くう、どこにそんな金を……。つーか、俺のも買っといてくれよぉ!」

 競艇場内には「揚げ物」と提灯の下がっている屋台がある。

 そこの揚げたてのハムカツは、さくりと軽く揚がっていて、絶妙だった。

 それにソースをちょっぴりかけて(たっぷりかける派もある)食べ、ビールを飲むと最高だったのだ。

「やめんか、まったく!」魔導士は呆れた表情で神崎を諌める。「ハムカツごときで喧嘩する魔族があるか! 皇子としての自覚はないのか? だいたい今、手元に幾ら持ってるのか、わかってるんだろうね?」

「あ……」

 神崎は我に返って、恥ずかしさにうつむいてしまった。

 フィーは知らん顔をして、窓の外を眺めながら両手についたハムカツの粉とソースをしつこく舐めている。

 ―まったく、こやつらが最後の希望とは。

 魔導士はためいきをついた。



「ここかい? ずいぶんとボロっちい建物だね」

 神崎探偵事務所の入ったABCビルを見上げて魔導士が言った。

「ま、格安なんで」

 肩をすくめてそう言った神崎は先にたって階段をのぼっていく。

「いまどきエレベーターもないのかい?」

 魔導士はぶつくさと呟きながらも、息を切らさず、意外にもしっかりとした足取りで付いていく。


 事務所の中は魔気が満ちていて涼しかった。

()いね」

 魔導士は満足そうに笑って言うと、深呼吸をし、口をすぼめてシュウシュウと息を吐き始めた。

 そして一言、呪文らしき言葉を呟くと、身にまとっている黒い布を一気に脱ぎ去る。


 そこには輝く豊かな金髪の、グラマラスな美女が立っていた。

 美女は肉体にピッタリと密着した、シルクのような光沢の黒いボディスーツを着て、足元にはこれまた足のラインに密着した黒いブーツを履いている。

 豊潤な肢体の仔細な凹凸までが、まるでボディペインティングのように強調されて見える。

 神崎とフィーは口をあんぐりと開け、ただ見ているしかなかった。

 彼女は艶然と微笑むと、胸元のジッパーをへそが見えるところまで下げ、深い胸の谷間を見せ、濡れた唇をゆっくりと開いて言った。

「初めまして、殿下。わたくし、魔導士グラン・マギ・アルメデイアと申します」

 アルメデイアと名乗る魔導士の低く艶やかな声が響いた時、部屋の魔気は一瞬にして変わった。

 その場の魔気を制し、支配下に置いているのは彼女であった。

 神崎とフィーは痺れたように動けなくなる。

 その柔らかく、温かく、湿った魔気は、いつの間にか二人の肉体と心をひたひたと浸すように包み込んでしまう。

 ―しまった、油断した!

 魔導士アルメデイア。その称号「グラン・マギ」が表す通り、自閉世界最高クラスの魔導士だ。

 神崎は後悔したがもう遅い。

 二人を襲っているのは、心の奥底に眠る欲望がむくむくと大きくなっていくむず痒い感覚だった。

 魔族である神崎はプライドで耐えていたが、それでも肉体の一点に血液がすこしずつ集まってくる。

「うっ……」

 神崎はどうすることもできず、しだいに前屈みの無様な格好になってしまう。

 一方、すでにフィーは完全にアルメデイアの虜になっていた。

 焦点を失った瞳は大きく見開かれ、潤んでいた。口は半開きになって、はぁはぁと熱い吐息を洩らしている。

「猫のムスメよ、こちらへ」

 アルメデイアがフィーに命じると、フィーは言われるがままフラフラとアルメデイアに歩み寄った。

 アルメデイアはフィーの被った帽子を取り、髪の毛をそっと撫でる。

 フィーは耳を伏せてうっとりと目を閉じ、されるがままだ。

「名前は?」

「フィーと申しますぅ……」

「可愛らしい、良い名ね」

「もったいのうございます……」

 アルメデイアはフィーの細いあごを指先でクイと持ち上げると言った。

「では、フィー。私にすべてを捧げるか?」

「はい、喜んで。わたしの肉体(からだ)も心も、すべてをアルメデイア様に捧げます。どうか存分にご満足のゆくまで、どのようにでも愛でてくださいませ……」

 ―やめろ! フィー!

 神崎は叫ぼうとするが、体がジンジンし、喉がカラカラに乾いて、声にならない。

 そして、アルメデイアとフィーから目を離すことすらできない神崎は、実のところ自分もアルメデイアにそうされたい、という欲望と懸命に戦っているのだった。

 アルメデイアは神崎の葛藤をまるで読み取っているかのように、フィーの唇を吸いながら、いたずらっぽく神崎に挑発的な視線を向けた。

 神崎の頭の中にアルメデイアの声が響く。

 ―さすがは魔族ね。この魔気に抗えるとは。

 —どういうつもりだ、アルメデイア。

 —ケモノビトとは久しぶりなのよ。楽しませてもらうわ。

 —やめろ!

 フィーはアルメデイアに唇を吸われながら強く抱き(すく)められ、ぐったりとして時おりピクッ、ピクッと痙攣している。

 アルメデイアがフィーから口を離すと二人の唇と唇には唾液が糸を引き、フィーは名残り惜しそうに「あぅん……」と声を上げた。

 続いてアルメデイアの手はフィーのスカートをまくり上げると、ゆっくり下着の中へ入って行く。

「ひあっ!」

 フィーの体がひときわ大きく痙攣する。

「もうこんなに……、はしたない子猫ちゃんね。さて、どっちで楽しませてもらおうかしら?」

 フィーはたまらず片足を高く上げ、アルメデイアのしなやかに引き締まった腰にギュッと絡みつけ、しがみついて懇願した。

「お願いです! どちらでもお好きなようにお使いくださいませっっ!」

 二人から目を離せない神崎は思わず目を閉じたが、せめてもの抵抗もむなしく頭の中が真っ白になっていく。

 その時、だしぬけに事務所のドアが開いた。


「こんにちはー!」


 明るく溌溂とした声を響かせて、そこには大きな応接テーブルが現れた。

 正確には応接テーブルを抱えた真琴が現れたというべきだったが。

 その瞬間、部屋を支配していた濃密な魔気は雲散霧消した。

「この事務所、来客用のテーブルがなかったでしょ。家の物置に使ってない古いのがあったからもってきましたよ」

 真琴は抱えたテーブルの向こうから話しかけるが、返事がない。

「ん?」

 真琴がテーブルを一旦床に置き、その陰から顔を出して事務所を覗くと、果たしてそこには髪を乱してセクシーな女性にしどけなく絡みついているフィーと、ジーンズを膝まで脱ぎかけた神崎の姿があった。


「失礼しましたー!」


 真琴は無表情でテーブルを抱え上げると、くるりと回って開いたドアから出て行こうとする。

「待った! 待って、伊勢さんっ!」

 正気に戻った神崎は真琴の後を追おうとして、ジーンズを足に引っ掛けたまま派手に転んだ。


「事情はよーっくわかりました!」

 真琴に救われたばかりでなく、思わぬ醜態を見られてしまい、神崎とフィーは小さくなっている。

「で? その魔導士様がこちらの世界にどういったご用でしょうか?」

 真琴は身を硬くして、用心深くアルメデイアに訊ねた。

「アハハハハ! ねえ、あなた何か怒ってる?」

 アルメデイアは陽気に屈託なく、大口を開けて笑いながら言った。

「当たり前です! 魔法を使ってあんな風に人をたぶらかすなんて、ふしだらにもほどがありますよ!」

「ふしだら! アハ! その言葉久しぶりに聞いたわー。あなた若く見えるけどもしかして昭和のヒト?」

 アルメデイアはなぜか嬉しそうに真琴の方に身を乗り出して訊ねた。

 真琴は少しのけぞりながら答える。

「違います! わたしは平成生まれ! そんなことより真面目に質問に答えて下さい!」

「いやー、悪かったわね。ちょっとこの坊やの実力が知りたかっただけなのよ。本気じゃないわ」

「うえーん、真琴ちゃん、怖かったにゃー! ボクは危うくテーソーを奪われるところだったんだにゃ!」

 抱きついたフィーの背中を「よしよし」と真琴は優しくさすった。

「お前が貞操とか言うか? おかげで俺までがだな……」

 真琴の脳裏に、ジーパン半脱ぎで床に倒れ、必死の形相で叫ぶ神崎の姿が浮かんだ。

 思わず吹き出しそうになるのをグッとこらえて、真琴はわざと厳しい顔を作り、バンと机を激しく叩いて神崎に言った。

「神崎さんも神崎さんです! それでも魔族ですか? わたしが来なかったら今ごろどうなってたんだか!」

「や、面目ない」

 神崎は情けなさそうにうつむいた。

「アッハハハハ! 魔族もこっちの世界じゃ形なしね」

 真琴はキッとアルメデイアを睨むと再び訊ねた。

「で、こちらでのご用のむきは?」

「『ご用の向きは?』と来たかー。あなた、区役所の職員なんだって?」

「それはさっき申し上げました!」

「人探しよー」唐突にアルメデイアは呟いた。

「え?」

「あなたたちそういう仕事なんでしょ? この皇子様だけじゃ頼りないけど、あなた……えっと……」

「伊勢です、伊勢真琴。江戸川区役所住民課生活相談係「イ」係。さきほど名刺も」

「そうそうマコト。あ、なんで肩書に『係』が二つ重なってるんだっけ?」

「知りませんよ! ってこれもさっき言いましたけど」

「そっか。やーもうなにしろ一万年も生きてるからさ、最近ちょっと忘れっぽくって」

「い、一万年!」

 真琴は絶句する。

 アルメデイアは構わず続けた。

「マコト、あなた()いわ。 結構やるじゃない! わたしの後継に欲しいぐらい」

 アルメデイアはそう言うと立ち上がり、床に落ちた黒のローブをサッと羽織る。

 そして、ふところから法具の玉を出して言った。

「帰るわ。魔気の充填も終わったし。さてマコト、あなたの今晩の晩ごはんは……」

「晩ごはん?」

 そういいながらアルメデイアが玉に手をかざすと、玉はボウっと青白い光を発した。

「ずばり、焼きそばね!」

「焼きそば」

「そして皇子」

「え、俺?」

「探している法具は身近な場所にあるわね。それもごくごく身近。灯台下暗し。じゃ、また!」

 そう言うとアルメデイアはシュルシュルと黒いつむじ風になって消えた。

「マコト、人探しはあなたに頼もうかしらね」

 事務所の天井にアルメデイアの声だけが響く。

「ちょ、人探しって。いったい誰を探せばいいんですか⁉」

 真琴は立ち上がって叫ぶが、返事はない。

「消えちゃったにゃ」

 神崎とフィーも呆然と天井を見つめた。

 暗くなり始めた事務所に、どこかの通りを遠ざかってゆくバイクの、騒々しいエンジン音だけが聞こえた。


                    次回「下町異世界探偵2」(5)につづく



今回も読んでいただき、ありがとうございました。


競艇場のハムカツは本当に美味しかったです。

私の人生で最もおいしいハムカツであったと断言しましょう。

しかし、いつもそうであるかはわかりません。

江戸川競艇場上級者の方、いらっしゃいましたら教えてください。


ところで、現在NHK総合で放送中のアニメ「映像研には手を出すな!」

面白いですね~!

原作マンガにも手を出してしまい、これがまた面白い!

魅力的なキャラクターがいっぱい出てきますが、創作を志すとしては色々と励まされる名セリフが多いですな。

今のところ、週に一回の放送が待ちきれないという状態です。

ではまた次回お会いしましょう。


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