表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/32

(3)~神崎探偵の金運~

首都高で続発する「全裸ライダー」事件の調査を依頼された神崎。

一方フィーは街角で出会った「魔女」に謎の乱数表を渡される。

神崎は乱数表の正体が競艇の着順であると推測する。

「結構かかったな」

 その日は天気が良く、夏日で、神崎は額の汗を長袖Tシャツの袖で拭った。

「こんなの魔力の無駄遣いだにゃ」

 フィーもハアハアと思わず舌を出す。

 その日、二人はフィーが魔女から貰ったという予想の紙切れを後生大事に握りしめ、江戸川競艇場まで三十分近く歩いてやってきたのだった。

 二人で事務所引き出しやベッドルームからようやくかき集めたのは小銭がたったの千円。

 ベッドの下から五百円玉が発見された時には、ふたりは小躍りして喜んだ。

 だから競艇場までの交通費を惜しんだのだった。


 江戸川競艇場の入場ゲート前には、なにやら恐ろし気な銅像が対をなして立っていた。

「こりゃあ何だ?」

 神崎は、鎧をまとい、腰には剣を下げ、憤怒の表情で自分を見下ろしている像をしげしげと見上げた。

「これは大魔神。古い映画に登場する神様だにゃ」

「あっちのは?」

 その像と対をなすのは白っぽい色で、魔神像に似てはいるが表情は穏やかだった。

「あれは、怒る前。あの像が怒るとこんな顔になる。そういうお話なんだにゃ」

「ふーん、ゴーレムなら知ってるけど。で、なんでその大魔神様がここに?」

「そりは、知らにゃい」

 その時魔神像の足元から声が上がった。

「遅い!」

 驚いた二人が下を見ると、昨夜神崎がアーケード街で会った黒ずくめの小さな老婆が竹ぼうきを担いで、魔神像の下に仁王立ちしていた。

「あんた、きのうの……」

「ホーキ持ってる、ホンモノの魔女だにゃ!」

 老婆は竹ぼうきの柄で地面をがつんと叩いてもう一度言った。

「遅い! もう1レースが終わってしまったではないか!」

 そこへ、作業服を着た清掃係の中年女性が小走りにやってきた。

「ちょっとお客さん、困りますよ。勝手に道具を持って行かれちゃ」

「あー、ちょっと借りただけなのよ。ごめんなさいね」

 女性は老婆が差し出した竹ぼうきをひったくるように取ると、再び小走りで去って行った。

「あの、えーと……」

 神崎がおそるおそる声をかける。

「やっぱ魔女じゃないんだにゃ」

 フィーの声には多少の落胆が混じっていた。

 老婆は咳払いして答える。

「それっぽい演出で登場してみました! いかにもわたしは自閉世界の魔導士。ちょいと追われる身でね、こっちでの姿がこんななんでいっそ魔女ということにしてみたのである。以上!」

「魔導士。で、お名前は?」

「ま、そういうことはおいおいゆっくりと話すとして、ほれ、早く行かぬと2レースの締め切りに間に合わんぞ」

 魔導士はそう言うと先頭に立って入場ゲートに百円玉を投入し、さっさと先へ行ってしまう。

 二人はその後を急いで追いかけた。


「何? 千円しかもっておらんとな?」

 魔導士を名乗る老婆は素っ頓狂な声を上げた。

「はあ……、何しろこっちの世界は色々と物入りなもので」

 神崎はなぜか、さかんに頭を下げる。

 この魔導士には、魔族である神崎にすらそうさせざるを得ない威厳があった。

「むこうに()れば王侯貴族の生活であろうに」

「やー、魔族ったって八番目ですから。向こうにいたって大して変わりませんよ」

「まあ、よい。猫のムスメ、きのう渡したメモ、預言の書は持ってきたであろうな」

「へ、へい、ここにございますにゃ」

 フィーは素早く紙切れを出した。

「それ見ろ、1レースもちゃんと当たっておろう。オッズは13倍であったのに。早くわたしの言った通り2レースを買ってこい!」

 二人は慌てて舟券を買いに走った。

 神崎は舟券を買うためのマークシートの書き方が皆目わからなかったが、フィーは錦糸町の場外馬券売り場にたまに行っているようで、舟券は何とか締め切り前に買えた。

 二人は急いで魔導士の元へ戻った。

「買えたか?」

「はい!」

 二人は同時に答え、舟券を差し出した。

「百円! これだけしか買わなかったのか?」

「あ、いや、でもそのあの……」

 神崎はしどろもどろだ。

「やれやれ、この()()では信用されずとも仕方がないか」

 魔導士はため息をつくと、急に声をひそめて言った。

「よいか、今は名乗らぬがわたしの専攻特化魔導力は『予知』だ。だから予想は必ずその通りになる。次からは有り金すべて突っ込むのよ。よいな!」

 神崎とフィーは顔を見合わせた。


「ここいらがよかろう」

 魔導士はそう言って階段状のコンクリートに、プラスティックの長板を打ち付けた簡易な座席に腰かけた。

 そこは第一コーナーの先で、目の前には赤と白に塗り分けられたターンマークが水面に浮かんでいる。

「こんな端っこより真ん中の方が見やすいのでは?」

 フィーが疑問を口にしながら魔導士の隣に座る。

「猫のムスメよ、競艇は初めてであろう」

「ですにゃ」

「うむ。ならば黙って見ておれ。それから、おまえの法具では最終レースまでとてもその姿を維持できまい」

「あ、それなら」

 神崎がリュックサックを魔導士に見せた。

 それは一見リュックに見えるケージで、両脇に通気口と正面に透明なキャノピー状の覗き窓がついている。

 魔導士は鼻で笑った。

「フン、そんなもの必要はない」

 そう言って魔導士は、黒いマントから直径二十センチほどの透明な玉を取り出した。

「そりは……」

「わたしの法具さ。猫のムスメ、お前のよりはるかに強力で大量の魔気が溜め込んである。幸いわたしは今、魔気を全く必要としておらん。ほれ」

 魔導士は玉をフィーに手渡した。

「しっかり抱えておれば最終レースまでその姿でいられよう。落とすんじゃないよ」

 フィーは玉を大事そうに膝の上に抱えた。

 それはフィーの腕の中で、ほの温かく、かすかにボウっと光を放つ。

「何だかじんわり魔気がしみてくる感じだにゃ」

「魔導士」神崎は真剣な表情だ。「その法具、魔気の移行は俺にも効きますか?」

「魔族の法具は特別なのだ。残念ながらそれは無理」

「やはりそうですか……」

 神崎は肩を落とした。

 そして、あらためて競艇場を見回す。

 そこには川の一部を区切ってコースが作られており、川を跨いだ対岸のススキの原の上を首都高速道路が平行に走っていた。

 そのさらに向こう側にそびえ立っている東京スカイツリーが、まるで首都高を突き抜けているように見えた。

 平日なのと、時間が早いのとで客はまばら。

 のんびりしているともいえるが、神崎はどこかうら寂しさを感じてしまった。

 ―こんなところで俺はいったい何をしているのか……。

 神崎の脳裏に漠然とした不安がよぎった。

「ま、そう気を落とすんじゃないよ。すべてのレースが終わる頃には少しは気も晴れるさ」

 魔導士がそう言った直後、場内に轟然とエンジン音が鳴り響いた。

 電光掲示板にとまっていたカモメが驚いて羽ばたき、宙に舞う。

 ファンファーレと共に六台のボートが勢いよくコースに飛び出していった。

 それは、閑散とした川辺に突然響く魔獣の咆哮のようでもあり、神崎もフィーも反射的に緊張した。

 選手たちは各々、白、黒、赤、青、緑、黄の六色のカポックに身を包み、スタートへ向けての位置取りに余念がない。

 一瞬の静寂。

 しかし、一斉にエンジン音が高鳴ると六隻のモーターボートは時々水面をバウンドしながら白い波を曳き、一直線に神崎たちの方に走ってきた。

「すンごいにゃ!」

「血が騒ぐであろ?」

 魔導士はニヤリと笑って呟いた。

 ボートは彼らの目の前のコーナー目がけて殺到する。

 全員が小さなボートの上に中腰で立ち上がり、押し合いへし合いしながら、ターンマークを回ってゆく。

 先行するボートの蹴立てる波に乗って横へすっ飛ばされ、大きく外へ膨らんでしまうボートもあった。

 最初のカーブを抜けていく順番は、魔導士の予知とは違う。

「ちょっと、違うじゃないですか!」と神崎も思わず中腰で叫んだ。

「まあ、見てるがいい。レースは三周、まだ終わってないよ」

 ボートは神崎たちから遠ざかり、第2ターンマークに差し掛かる。

 ここで赤いカポックの3号艇が、果敢にインコースをついて前に出た。

「あっ!」

 神崎は立ち上がる。

「来たっ! 3―1―5」

 舟は再び神崎たちの目の前のターンマーク目がけて突進してくる。

 モーターのパワーで勝るのか、1号艇がふたたびコーナー直前で3号艇に追いつくが、3号艇は絶妙な操船で、1号艇を前に出さない。

 結局順位はそのままに各艇はゴールした。



 その日、最終レースまで三連単をすべて当てた神崎たちは、千円の元手で百二十万円あまりを稼ぎ出した。

 神崎は札束を上着のポケットの中で握りしめ、血走った目で呆然としながら、入退場ゲートへ向かった。

 ゲート前には白いヤギのロボットがおり、客たちがその開いた口に外れ舟券を差し出すと、券はヤギの口に吸い込まれていく。

 しかし神崎たちには必要がない。

 外れた舟券が一枚もないのだ。

「さて」

 魔導士はそう言って手を出した。

「手数料をいただこうかね。ま、半分ってとこか」

「えっ?」

 神崎は不意をつかれた。

「ボランティアじゃないんだ、タダってことはなかろ? 何しろわたしもこっちの世界じゃいろいろと物入りでね」

「半分なんてヤクザよりあくどいんだにゃ!」

「今この場での魔力はわたしの方が上。無理やり全部取り上げるって手もあるんだよ、猫のムスメ。ま、ここは気持ち良~く素直に半分渡した方が、この先色々と得だと思うけどねえ」

「所長、どうしますにゃ」

 神崎はムスッとした表情で壁に向かい、黙って札束を数えると、きっちり半分の六十二万円を魔導士に渡した。

 魔導士は手慣れた様子で札を数えるとにんまりと笑って言った。

「さて、タクシーで皇子様の事務所とやらにご案内願おうか。久しぶりに新鮮な魔気も吸いたいし、法具に充填もしなくてはね。あ、タクシーはわたしのおごりだよ」

 思わぬ成り行きに顔を見合わせる神崎とフィーに構わず、魔導士はスタスタと場外に出ていく。


                次回「下町異世界探偵2」(4)につづく

今回も読んでいただき、ありがとうございました。

今回、またしても開示日時を入れ忘れて公開してしまいました。

まだ作業中の文面をご覧になった方もいらっしゃると思いますが、ちゃんと後書きまで入っているのが完成形です。

今回はあまり修正していないのですが、申し訳ありませんでした。

さて、長引いた取材の内容は競艇でした。

江戸川といえば、というわけで行ってきましたですよ。

施設は小綺麗だし、競艇はなかなかの迫力で、結構楽しめました。

女性の方も楽しめるのでお近くに競艇場のある方はぜひ。

ちなみにわたしも三連単で2レースまで買いましたが、外れ。

しかしどちらも三つのうち二つまでは当たってましたので、競馬よりは当たりやすいのではないでしょうか。

3レースは予想だけして買わなかったのですが、これが当たってたりして……。

そういうもんですね。

買ってれば10倍だったのに(笑)。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ