(21)~第七皇子の城と三人の魔将軍~
フィーはシルヴァーナを第八皇子公邸に預け、再びゾハ城下へ潜入した。
そこでフィーは寡兵係のアントニオ軍曹の六つ子の兄、ギガントン二等兵と出会う。
巨体を揺すりながら、ゆっくりと城門に近づくギガントンに、衛兵たちがニヤニヤと笑いながら声を掛ける。
「ギガントン! また朝帰りか!」
「貴様、酒臭いぞ!」
するとギガントンは敬礼もせずに、がなった。
「うるせえ! 俺様はな、本日は非番でありますゥッ! 文句あっか、ああん?」
ギガントンの門限破りは恒例となっているようで、衛兵たちは笑っているだけだ。
「まったく……、突っ立ってるだけのデク人形どもが、エラソーに」
悠々と城内に入り、ブツブツ呟くギガントンは、フィーを肩に乗せていることなどすっかり忘れているようだ。
フィーはおそるおそるギガントンに話しかける。
「あのー、ギガントン殿」
「ん?」
「自分で歩けますので、降ろして下さい」
「おお! えーと、誰だっけ? おめえ」
「アレックスであります」
「そうだったな! 戦友!」
ギガントンはフィーを肩から降ろし、並んで歩き始めた。
「アントニオのやつ、最近は寡兵係をやってるそうじゃねえか。何だか偉いのに見込まれたらしいな。あいつは昔から要領のいい奴だから、俺より出世が早いんだ」
「ギガントン殿、軍隊は長いのでありますか?」
「ああ、物心ついてからずーっと軍隊だ。もう軍隊ばっか。あっちの所領、こっちの所領、色んな皇子の軍隊で働いてきたもんさ。実戦経験だってあるんだぜ」
「実戦、でありますか?」
自閉世界が誕生してから一万年、大規模な戦争はなかった。
しかし皇子たちの所領の境界線で、互いの軍隊が小競り合いとなることはしばしばある。フィーもそういう噂を耳にしたことはあった。
「おうよ。戦争も結構楽しいもんだぜ。戦友さえ死ななきゃな。あの身震いするような感じは、他所じゃちょっと味わえねえ。だからオレはずーっとあちこちの軍隊を転々としてるのさ」
—軍歴が長い割には出世してないんだにゃ。
だが、従軍経験のないフィーにも、ギガントンが出世しない理由は一見して分かった。
ギガントンは軍服を肩に掛け、だらしなく開いたシャツの前から毛むくじゃらの太い腕をねじこんでボリボリと掻き、大あくびをして言った。
「イノシシのケモノビトじゃ、軍隊に入るか力仕事でもやるしかねえ。オレは六人の兄弟がいるけど、オレとアントニオが軍人であとは全員穴掘りや人足だ。アントニオの奴はついこの間、ここの軍隊に入ったばっかりだけどな。あいつはオレと違って、出世したいらしい」
「ギガントン殿は、出世したくないのでありますか?」
「あのな、アレックス。ケモノビトが軍隊で出世できるなんて、思わない方がいいぞ。ま、せいぜい下士官がいいところだ。世界は公平じゃねえ。俺はあちこちの軍隊をうろうろして思い知らされたわけよ」
「そうでありますか」
フィーはわざとがっかりして見せた。
「アントニオの奴、お偉いさんにうまく取り入ってるつもりのようだが、どうも心配だ」
フィーはくすっと笑って言った。
「ギガントン殿は、兄弟思いでありますね」
「なにしろあいつとは、まだ背中に縞模様がある頃からの付き合いだからな」
ギガントンは少し照れくさそうに、頭をバリバリと掻きながら答えた。
生まれてすぐに猫式の師匠に貰われ、両親や兄弟姉妹の記憶がないフィーには、そんなギガントンが少し羨ましく思えた。
ギガントンは立ち止まると、少し先の傾いた建物を指差して言った。
「あれが新兵の受付所だ。あそこでさっきの書類を見せれば、いろいろ面倒見てくれるぜ。じゃあ俺は兵舎に帰って、ひと寝入りするからな。あばよ!」
「いろいろとありがとうございました!」
フィーは敬礼して見送った。
「オレはそこの第二兵舎にいる。なんか困ったことがあったらいつでも来いよ」
ギガントンはそう言い残し、足元が少しおぼつかない様子でゆっくりと歩き去った。
言われた通り、フィーは新兵の受付所に赴いた。
そこで願書を提出すると、年老いた受付係はぶしつけにフィーを頭から足の先まで眺め、奥にずらりと並んだ棚から、軍服の上下とシャツ、それから制帽を持ってきて、無言でフィーに渡した。
「あのー、ここで着替えたいのですが」
フィーがそう言うと、受付係は紐が通してある、番号が書かれた薄い木の札を渡して無言で部屋の奥を指差した。
その一角は、申し訳程度の衝立で仕切られていた。
制服に着替えたフィーは、城内をぶらぶらと歩き始めた。
無愛想な受付係の老兵によれば、新兵の集合は夕刻に知らせるとのことだった。
—アレックス二等兵か……。
制服の肩についた階級章には、炎を型どったらしい奇妙なマークが、一つだけついていた。
遠くで、新兵たちが不慣れな調子で行進している。
号令を掛けている下士官が、苛立って怒鳴っている。
怒鳴られた新兵たちは更に硬くなって、よけいに足並みを乱した。
あまりにも簡単に城内に潜入できたことも、これで合点がいく。
—要するに数合わせだにゃ。
しかし、そうすると昨夜のテストはなんだったのか。
—わからないにゃあ。
やれやれ、とため息をついてフィーがふと前方に目をやると、見たことのある人影が少し先を歩いていた。
ポンチョにテンガロンハット。
フィーは急いでその人物に走り寄って、後ろからひそっと声を掛けた。
「シ・シ・ド♡」
「あん?」
シシドは歩みを緩めずフィーを一瞥し、無視して歩き続ける。
フィーはシシドと並んで歩きながら、なおも言った。
「シシド、ボクを忘れたのかにゃ?」
シシドはそう言われて足を止め、フィーの顔をまじまじと見つめた。
「あんた、神崎さんとこのネコミミ……、フィーか?」
フィーはにっこりと笑って言った。
「妙なところでお会いしましたにゃー」
再び歩き出したシシドに、フィーは並んで歩いた。
「そりゃ、こっちのセリフだぜ」
「ふふ、ずばり、アルメデイアを欲しがってるのは第七皇子ですかにゃ?」
「隠しても仕方ねえ。いかにも、俺の雇い主は第七皇子だ。しかし、こりゃどうなってるんだ? 俺がこっちを一年ばかり留守にしてる間に何が起きた?」
シシドは困惑と憤りを隠せない。
「知らない。ボクはきのうの夜こっちへ来たばっかりだにゃ」
「戦争ごっこでも始めるつもりか?」
「兵隊はいっぱいいるけど、寄せ集めもいいとこだにゃ」
フィーがそう言って、昨夜の一件、パラシトースの事をシシドに語ると、シシドはにわかに険しい表情になった。
「そんでこれはウチの妖精からの情報なんだけど、ここと所領を接している境界線に、第四皇子の軍隊が集結してるらしいにゃ」
「まったくどういうつもりなんだ。戦争をおっ始めるなんて聞いてないぞ」
「で、これからどちらへ?」
「第七皇子とサシで話す。あんたも一緒に来るといいぜ」
「にゃっ⁉ いいのかにゃ?」
「こうなったらあんたはいざという時の保険になる。おたくのあの魔女っ娘は、魔王の勅命でアルメデイアを連れ戻しに来た。違うか」
「さすがですにゃー。お察しの通り」
「悪いが第七皇子と第八皇子、二股かけさせてもらうぜ。あんたは俺の従卒って顔しとけ。皇子の部屋には入れねえかもしれないが、あんたの耳なら中の会話も聞こえるだろ?」
「にゃるほどですにゃー」
そうこうするうちに、二人は次第に城の入り口に近づいた。
入り口は、重装甲の番兵二人が警固していた。
シシドが軽く手を挙げ、フィーがきちんと挙手の敬礼をすると、番兵たちも敬礼し、何事もなく二人を通した。
「どうも敬礼ってやつは好かねえ」
シシドがそう呟いて、ホールを横切るとその先にエレベーターらしきものがあり、そこにも重装備の衛兵が立っていた。
「エレベーター? ここは自閉世界だにゃ」
「人力だよ。何しろ第七皇子は科学への憧れが強い」
「皇子に御用でありますか?」
衛兵は不慣れな硬い調子で言った。重装の甲冑が重いらしく、動きもぎこちない。
「そうだ、天守へ行きたい」
「皇子なら地下に居室を移されました」
「地下?」
ガタガタと揺れるエレベーターは、地下深くまで二人を運んだ。
「さすが人力、揺れがすごいですにゃ」
「それにしても深い。これじゃまるで本当に戦時体制じゃねえか」
エレベーターが着いた先には、衛兵が一人いるだけだった。
第七皇子の謁見の間(衛兵は「作戦室」と呼んだ)に入れるのは、やはりシシドだけで、フィーは廊下の椅子に座って待つことになった。
「作戦室」はどうやら円形の広間のようで、廊下はその周りをぐるりと囲んでいる。
床はつるつるに磨き上げられた石のままで、絨毯が敷かれていない。
底冷えのする空気に、フィーはブルっと震えるが、聴覚を作戦室の中に集中させる。
シシドが謁見の間に入ると、第七皇子が玉座に座って迎えた。
第七皇子は若く、色つやが良く小柄で太っており、似合わない髭を伸ばしていた。
皇子のそばには、将校のなりをした見慣れない三人の男が座っていた。
「殿下、ご無沙汰しとります」
シシドが帽子を取り、立ったまま軽く頭を下げると、三人の男のうち一人が立ち上がって大声を上げた。
「無礼であるぞ、ひざまづけ!」
シシドは三人をじっくりと冷ややかに眺め、皇子に向き直って言った。
「で、この三バカ大将は?」
「く、口を慎め、シシドとやら!」
さっきから大声を出しているのはビルダド大佐だった。ビルダドは、顔を真っ赤にして怒っている。
第七皇子は口元に笑みを浮かべ、鷹揚に言った。
「まあ良いではないか。口の悪いのはこやつのクセだ。のうシシド、最初からそう喧嘩腰では、この三暗公も機嫌を損ねようというもの」
「こりゃ、失敬。緑一色の方々」
「これ、もう戯れ言は申すな」皇子は笑ってシシドを軽くたしなめると、三人の男たちを向いて言った。「三暗公よ、これが例のシシドだ。一人ずつ挨拶せよ」
三暗公と呼ばれる男たちは、むすっとして皇子に近い方から順に立ち上がる。
「エリファズ大将だ」
エリファズはがっちりとした大柄な男で、太い眉にギョロリとした目でシシドを睨みつけて名乗った。
「ツォフォイル少将だ。よろしく」
ツォフォイルは顔立ちの整った細身の優男で、銀色の髪を肩まで伸ばしておりまったく軍人には見えなかった。
「ビルダド大佐である!」
三人の中で一番背の低いビルダドは、禿げ上がった頭をてらてらと光らせ、怒りの冷めやらぬ赤い顔で怒鳴った。
シシドはニヤニヤと三人を眺めながら言った。
「ごていねいな自己紹介、恐悦至極にござります。私はシシドというケチな野郎でして。早速だが皇子と余人を交えず話してえ。ちょいと外していただけませんかねえ?」
一瞬、エリファズが色をなしたが、皇子は無言で手を振ってそれを遮った。
三人は謁見の間から出て行った。
三人が部屋から出るのを待って、皇子が口を開く。
「シシドよ、例の魔装甲機の開発は上手く進んでおるようではないか」
「はい。しかしまだ量産にはいくつもの課題がありまして。それより皇子、この城下の騒ぎは何事ですか」
謁見の間の奥に、三暗公たちは控えていた。
その薄暗い部屋の真ん中で、さらに漆黒の闇が炎のようにゆらめいていた。
三人はその黒い炎にひざまづき、魅入られたようにそれを見つめる。
エリファズが重々しく呟いた。
「マヴロス・フロガ、黒き炎よ。我々こそあなたの忠実なる下僕。誓います、いつの日かあなたを煉獄の苦しみから解き放つことを」
ツォフォイルがそれに続く。
「その時こそ、世界が黄金の光と希望で満たされる時」
最後にビルダドが詠唱する。
「すべての民をマヴロス・フロガの下に」
漆黒の炎は一瞬、大きく燃え上がった。
次回「下町異世界探偵2」(22)につづく
今回も読んでいただき、ありがとうございました。
次回は7月4日(土)午後10時に更新予定です。
ご期待ください!




