(13)~スカイツリーの大騒動~
過剰摂食を起こしたリルリーは魔力を暴走させ、シシドのアジトから脱出する。
一方で、リルリーをさらわれた神崎たちはその行方を案ずる。
その時フィーが、SNSに掲示された東京スカイツリーの異様な姿を発見する。
屋上は、強い風にさらされていた。
新小岩には、風を遮る高い建物がほとんどない。
物干し台に干してある、何枚もの白いシーツがバタバタと風にあおられ、中国人のおかみさんたちがそれを取り込もうと、必死になって怒鳴り合っている。
いつもは屋上で麻雀やお喋りに日がな一日興じている老人たちも、手摺りにつかまって東京スカイツリーを指差し、口々に「ロォン(龍)!」と声を上げていた。
真琴も手すりから身を乗り出すようにして、かなたのスカイツリーを見る。
空は暗くなり、強い風が真琴の背中を押すように、スカイツリーの方向に流れて行く。
白いスカイツリーにはフィーがタブレットで見せた通り、展望台から上に赤黒く分厚い雲がかかり、渦を巻いている。
真琴は口の中がカラカラに乾くのを感じていた。
「あの子はあそこね……」いつの間にか真琴の隣に立っていたアルメデイアが、強風になびくブロンドの長い髪を手で押さえながら言った。「すごく強い魔気。でもこれは確かにあの子のものよ」
真琴は、手すりを強く握りしめた。
リルリーは、倉庫の屋根を吹き飛ばした旋風に乗り、一気にスカイツリーの頂上六百三十四mまで飛び上がっていた。
今やスカイツリー周辺は、魔気を大量に含んだ雲がぐるぐると渦を巻き、それはスカイツリーを中心に四方から吹き寄せられた風により、更に大きくなってゆく。
スカイツリーの避雷針の上に片足でふわりと立つリルリーは、東京の街並みを悠々と眼下にしつつ、ステッキを宙から取り出す。
ステッキには、炎がぐるりと植物の蔦のように絡みついていた。
リルリーは避雷針に乗ったまま、アンテナが取り付けられているスカイツリーの丸い平らなてっぺんに、ステッキでぐるりと円を描いた。
円はたちまち赤く輝く魔法陣となって、かすかな焔を上げ始める。
「強制召喚!」
頭の中に、召喚する人物を強く思い描いて、リルリーが叫ぶ。
「はぅっ!」
神崎事務所の屋上で、アルメデイアが突然苦悶の声をあげる。
屋上には、赤い魔法陣が浮かび上がり、その上でアルメデイアは体を反らせ、屋上から二十センチほど宙に浮いて、ゆっくりと回り始めた。
「アルメデイアさん!」
真琴が叫んで駆け寄るが、アルメデイアはもはや声を上げることもできずに、回転しながら魔法陣に姿を消した。
神崎、真琴、フィーはただ呆然と見ているしかなかった。
「あれは……、確かにわが家の紋章。リルリーの魔法陣だ!」神崎が呻く。
アルメデイアは、リルリーの魔法陣に姿を現した。
リルリーは避雷針の上から、表情のない赤い瞳でアルメデイアをじっと見下ろしている。
「ちょっと、ファム。わたしこれでもグラン・マギなんだから、強制召喚なんて失礼よー」
アルメデイアは、いつもの語調でやんわりと叱りながらも、リルリーから発せられる魔気の異常さに気付く。
―これはまさか、過剰摂食?
「グラン・マギ・アルメデイアを連れ帰る。それが魔王様より下されたあたしの使命」リルリーはまるで独り言のように言った。
それを聞いて、アルメデイアは微笑む。
「面白い子ねー。ちょっと遊んであげよっかな」
アルメデイアの言葉にギリッと歯噛みしたリルリーの背後に、無数の小さな魔法陣が浮かんだ。
「絶縛!」
リルリーが叫ぶと、魔法陣から太い鉄の鎖がガラガラと音を立てて飛び出し、アルメデイアに巻き付いた。
「大事なお肌が傷んじゃうでしょ!」
鎖はあっという間に錆びて粉々に砕け、風に飛ばされて散った。
リルリーが生み出す強力な魔力は、今やアルメデイアにも強力な力を与えている。
「蛇淫縛!」
リルリーの背後に展開された魔法陣から、今度は三匹の巨大な蛇が飛び出し、アルメデイアに巻き付いた。
「うっ!」
大蛇たちがぬめぬめと体をくねらせながら、アルメデイアを縛り上げてゆくにつれ、彼女の体の芯から力が抜けていく。
と同時に、心の奥底からじりじりと淫らな欲求がせり上がってくる。
リルリーのその魔法は、かけられた者の欲望を解放し、解放された欲望が魔力を奪う。そして、欲望が強いほど奪われる魔力も大きいのだった。
アルメデイアに、初めて焦りの表情が浮かんだ。
―こ、子供のくせにこんないやらしい魔法を……。
一方神崎たちは、タクシーでスカイツリーを目指していた。
真琴はタクシーの窓から、毒々しい色の雲に取り巻かれたスカイツリーを見て言った。
「本当にあれをリルリーが?」
真琴には信じられなかった。
あの邪悪な雲、すさまじい旋風。それが真琴には、普段リルリーから感じ取る「気」とは、まるで別種のものに思えたのだ。
「間違いない」と神崎。
「しかし、あんな魔女っ子にグラン・マギを強制召喚するなんて、できるのかにゃー」
フィーも半信半疑だ。
「ありゃあ、一体何ですかのう?」
なぜか広島訛りの運転手は、やや右手にそびえ立つスカイツリーの異様な状況をフロントガラスから見上げ、気味が悪そうに言った。
「いる。二人はは必ずあそこにいる」神崎は運転手の質問に答えるでもなく、呟いた。
三匹の大蛇に巻き付かれたアルメデイアは、しだいに力を失っていく。
―勝った!
リルリーは思わず笑みを浮かべる。
しかし、やがてあたりに肉の焦げる匂いが立ち込めてきた。
アルメデイアの肉体に巻き付いて、いやらしくうねっていたはずの蛇たちは、いつの間にかすっかり動きを止め、白い煙を上げ始めている。
一匹の蛇が、皮からジュウジュウと脂を滴らせながら、アルメデイアの肉体からずるりと落ちると、残りの蛇もボトボトと落ちた。
蛇たちはみな、アルメデイアの肉体を離れた後もまだ燃え続け、口から煙を上げている。
「食べすぎちゃったみたいね、この蛇ちゃんたち。わたしの魔力を食べ尽くすにはちょっと力不足よー」
髪をかきあげながらそう言って、アルメデイアは不敵な笑みを浮かべたが、その足元は少しおぼつかない。
―もうひと押しね!
リルリーは人差し指を天に向けて叫ぶ。
「天上天下!」
どんよりと曇った空から突然、リルリーの人差し指に一筋の稲妻が走った。
「くっ!」
全身を焼き尽くされるような痛みを堪えたリルリーの全身が、電気を帯びて青白く光っている。
「雷網!」
リルリーが両手の十本の指からアルメデイアに向けて放電すると、電気の糸はアルメデイアの頭上で交差し、その身体を投網のように包み込んだ。
「あっ! ああああっ!」
アルメデイアは肉体を反り返らせて絶叫しながら、ガクンガクンと痙攣し、失神した。
リルリーの捨て身の一撃をはねのける力は、もうアルメデイアには残っていなかった。
いつの間にか周囲の魔気が、少し薄れている。
スカイツリー周囲の路上には人だかりができて、タクシーは前にも後にも進めなくなっていた。
「お客さん。こりゃあ、もういけん!」運転手はしきりにクラクションを鳴らしながら叫んだ。
「ここでいい!」
神崎はポケットから一万円札を出し、運転手に渡して助手席から降りた。
「お釣りは?」
「いらにゃーい!」
フィーと真琴も後席から降りる。
神崎たちはスカイツリーに近づこうとするが、周囲は野次馬でごった返していて、とても前には進めない。
「押すんじゃねーよ!」野次馬の一人が、真琴に殺気立った怒鳴り声を上げる。
「上に友達がいるんです! 上がりたいんです! 通して下さい!」真琴も負けじと怒鳴り返す。
「無理だってば! エレベーターは強風で止まってるってさ!」別の野次馬が、大声で真琴に言った。
真琴は唇を噛んで塔のてっぺんを見上げるが、スカイツリーの上部を取り巻く魔気の雲に遮られ、その先は何も見えない。
時折、雲の中を閃光が走り、天から降ってくる雷鳴は地鳴りのように地面を揺さぶる。
群衆はその度にどよめき、人波がうねった。
「勝った……今度こそ」
リルリーはそう呟いた。だが彼女も、もはや力を使い果たしていた。
たとえその場に魔気が残っていたとしても、それを使う気力と体力が残っていなかった。
リルリーの瞳の色が、燃えるような赤から元の深い群青に戻る。そして気を失い、高さ二メートルの避雷針から真っ逆さまに落ちた。
その時、魔気の雲海を割って巨大な鋼鉄の手が伸び、リルリーを優しく掴んだ。
雲の中から、銀色の魔装甲機が全身を現した。
それは、リルリーがバラバラにした物より幾分細身で、何より胸から生えていた第三の腕がなかった。そしてその機体は鏡面仕上げで、周囲の景色に溶け込んでおり、その肩に乗った悪ノ華博士はまるで宙に浮いているように見えた。
「シシド君、魔気が薄れておる。急がんと墜落してしまうぞ」
魔装甲機は、悪ノ華の魔法陣に乗って雲海に浮かんでいる。
兜のバイザーを自分の両手で上に開いて、シシドが顔を出した。
「そいつぁ、ヤバい。虎の子のティーガーⅡがオシャカになっちまう」
シシドがそう言ってバイザーをガシャンと閉めると、魔装甲機はマントを翻し、軽々とスカイツリーの頂上に飛び移り、気を失っているアルメデイアをもう一方の手に掴んだ。
「さすが! これだけたっぷり魔気が使えると身が軽いやね」
彼方からヘリコプターが、徐々に近づいてくる。
「へへ、両手に花のキングコングとくらあ」
シシドはそう言い捨てて、塔から魔法陣へ飛び移った。
「博士、この子はどうするよ」
魔装甲機がリルリーを掴んだ右手を上げる。
「さよう、わたしは子供が嫌いだ。特に才能のある子供は大嫌いだ。過剰摂食は滅多に起こることではないが、その時の状態でその子の将来の伸びしろもわかる。この子の才能は、ちと危険すぎるのである」
「じゃ、ここで握り潰しちまうかい?」
「ふん」悪ノ華は鼻を鳴らして言った。「わたしは子供が嫌いだが、子供を殺すのはもっと嫌いでね」
「じゃあ決まりだな」
魔装甲機は、両手にアルメデイアとリルリーを掴んだまま、魔気の雲に沈んだ。
リルリーという主を失った途端に、風はてんでに向きを変え、禍々しい魔気の雲は、あっという間に文字通り雲散霧消してしまった。
次回「下町異世界探偵2」(14)につづく
今回も読んで下さり、ありがとうございました。
色々と呪文が出てきますが、すべて作者の妄想ですので、あんまり深く考えないでくださいね(笑)。
呪文に限らず、それらしい造語を作るのは楽しいのですが、苦しくもあります。
それっぽくカッコイイものでなくてはならないし、魔法の効用と全く関係ないのも考えものでして。
さて、物語はこの辺りで丁度折り返し地点ですね。
復路の方が長いのかなあ。
頑張って面白く書きますので、これからもよろしくお願いします。
なお、次回は5月9日(土)夜10時に更新予定です。
ご期待ください。




