年上の方々はすぐに色恋沙汰にしたがる
「アキ、お前も隅に置けねえなあ」
「トリアに来てまだ日は浅いのに、見た目に似合わず手が速いのね」
僕を置き去りにして、僕という人物像が勝手に形成されていく。
「なんだあのガキ。ガキのくせに盛ってんのか」
「馬鹿だな。ガキだから盛るんだよ」
「おめえは良い歳こいていつも盛ってんじゃねえか」
「んだと?」
「あんだ?」
僕の手に負えない速度で、心外な人物像が形成されていくと思えば、今度はなぜか知らない誰か同士で喧嘩が始まっている。
大人って勝手だ。
それはいいとして、この子をどうしたものか。
「人違いだと思うんですがね」
「しらばっくれるな。私は覚えてるぞ! その顔、体格、声! そして」
ジルバが小声で「聞いてる側が恥ずかしいぜ」なんて、ニヤつきながらお姉さんに話しかけている。
あのハゲのオッサンめ。
「うんざりするような蒼月花の匂い! 鼻の奥の奥までこびり付いて、もう一生忘れない。おかげで一番嫌いな匂いになった!」
「あー……」
「分かるかな? 歩く公害に成り果てた私が、どれだけ! 肩身の! 狭い思いを! したか!」
充血した眼。額に浮き出る血管。
気づけば胸倉を掴まれ、ぐんぐん目線が上がる。
あるえ? なにこの子、すごいパワフル。
「ぐ、ぐるしい」
「アンタに文句の十や百でもぶつけてやらなきゃあ、この怒りの吐きどころが無いんだよ」
多いし、絶対文句だけじゃすまないでしょ、これ。
「や。でも、助けた訳だし」
「ああ?」
「げえ」
やだよ、この子、ただの不良だよ。
あのハゲは、まだ痴話喧嘩だと思って、ニヤニヤしながらビール飲んでやがる。
「言っただろ? 助けられるまでもなく、私一人で何とかできたって」
「知、ら、ないよ」
まずい。頸動脈が締まり始めている。本当に意識が……。
落としどころを探す前に、僕の意識が先に落ちてしまう。
「まあまあ、二人とも。一旦落ち着いて、一度話しましょう? ね?」
ああ、救世主だ……。
しかし、そんなお姉さんの言葉に耳を貸す様子もなく、この暴力的な女はより目つきを鋭くする一方だった。
でも、時折助けとは、思いもよらないところからやってくる事もある。もう駄目だと本気で思った時、まさに助けは違うところから来た。
突然、入り口から大きな音が聞こえた。半分意識が落ちかけているところで、くぐもった男の大きな声が耳に入ったかと思えば、気づいたら僕は地面に落ちていた。感覚も鈍っていて、落ちた時の衝撃は曖昧だった。
「おおい! グリント。この中にグリント姓の奴はいるか?」
「女だと聞いている。髪は桜色のショート、気の強い女だ。誰か見かけなかったかあ」
急に呼吸ができる様になったもんで、反射的に一気に空気を吸い込み、噎せた。
ああ。僕は、助かったのか?
気付けば視界が涙でぼやけている。
「ふうん、俺は知らんがな。アンタら何者だ? あまり不穏な空気を持ち込まれると困るんだがね?」
ジルバが言う。男は5人組で、冒険者風だったが装備は整っていて、どことなく質の良さを感じる。
人心地ついて、僕もさりげなく男たちと相対していた。ジルバは真正面に立ち、男達を牽制している。
「その装備の小奇麗さを見る限り、どっかの国の調査団とかか?」
先頭に立つ男の眉間に、僅かながら皺が寄ったのを見た。
「ふははは。わかりやすいな。まだまだ青二才ってことだ」
煽られて、男の額に血管が浮く。直情型らしい。苛立ちを隠さない目つきでジルバを睨んでいる。
あれ、そういえばあの女の子は?
不意に、あの娘の姿が見えない事に気づき見渡していると、外野に紛れて窓から出ようとしているのが見えた。
忙しい奴だなあ。
ジルバがやり取りしてくれているおかげで、相手は完全に注意がジルバに向いている、と思いたかったが、流石に5人も居れば誰かは周辺をしっかり見渡していた。
彼女は惜しいことに窓枠に足をかけたところで、その一人に見つかってしまった。
「隊長! あの娘!」
「馬鹿者! 隊長と呼ぶなと言っているだろうが! 行くぞ!」
「おおっと、そう簡単にトラブルを見過ごすわけにはいかねえな。なんせ、ここはギルド。俺は治安維持部長。若い女子を追いかける野郎が5人。どう見ても穏やかじゃねえだろうがよ」
それっぽいことを言っているが、駄目だよ、顔がニヤついてる。やっぱこの人、この手の事が楽しいタイプだ。ていうか、職員とは聞いていたけども、治安維持部長だったのか。
隊長と呼ばれた男は舌打ちをし、仲間の二人に目配せをするとジルバの前で二人が構えた。
他の三人は早々に追いかけ始める。
「アキ、行けるか?」
「任せて」
頷くジルバを一瞥して、僕も後を追うべく駆け出した。
走りながら術式を一部発動させ、身体能力を上げる。
追いかけられている彼女も、追手もどちらも速く、方向を確認した時には既に街角に消え入りそうだった。
「まずい」
思わず呟いてしまう。
見失う可能性も否めないが、このままでも見失いそうだ。少し賭けの要素もあるが、やってみよう。
歩幅を数歩の中で延伸していき、程よいタイミングで脚に力を込め、解放する。
まだ、術式を発動して間もないのもあり、跳躍は全力には遠く及ばない。代わりに、通りに連なる3階建ての建物の壁を蹴り足場代わりにする。
向かいの建物から向かいの建物へ、4回ほど跳躍すれば様々な色が並ぶ屋根の道が広がる。
大体、似たような高さの建物が多いから移動もしやすいし、上から見えれば遠くまで通りも見渡せるから見失いづらいと考えた、のだけど。
「マジか」
彼女も平然と屋根の上を駆けていた。
身体能力は随分と高めらしい。
通りを走り続けるものだと思っていた。
まあ、探す手間が省けるのはうれしい。
しかし、その後方で2人程追っているのが見える。
もう1人は下だろうか。あるいは既にダウンしたのだろうか。
攻撃系の魔具を街中で使用するのは禁じられている。装備の補充もまともに終えてない今の僕には、それ以外で逃走を補佐できる遠隔・遠距離系魔具が無い状態だ。
ひとまず、彼女を追う追手の後ろに食らいついていくしかない。
それにしても、このままどこに向かうつもりだ? 彼女からしたら人ごみのある通りで逃げた方が撒きやすい筈なのに。
追手の1人が何かを構えた。
何をするつもりだ?
細い光線が走り彼女の背に繋がるが、光線自体には攻撃力は一切無いようだ。
間髪入れずに、何かを放ったのが見えた。彼女にぶつかる手前で、それは形状を変え交差している4本の爪へと変貌した。
どうやら追尾式の捕縛用魔具らしい。
駄目だ。あの速度と、恐らく気づいてないであろうあの様子じゃ捕まってしまう。
彼女が行動不能になると同時に、追手の方も止まるだろうから、そこで不意打ちをかますしか——。
「おおー……」
結論は、彼女はあっさりと迎撃して見せた。
後ろから見ていて、気づいている様子は見えなかった。それなのに、彼女は走っている状態にも関わらず、華麗に身を翻して、しなやかな蹴りでそれを迎撃した。まるで、後ろに目があるかの様に。
そして、それを機に立ち止まった。
屋根の上では監視をしている者はいない、というのもあり追手達は遠慮なしに得物を手に構えた。
一体何をしたら、そんな物騒な野郎どもに追われるんだ?
あの女の子の経歴が気になった。食い逃げでもしたか、カツアゲでもしたのか。
幸か不幸か、微妙に距離があったおかげで、誰も僕には気付いていない様だ。
「このじゃじゃ馬であってるんだよな」
「恐らくそうだろうぜ。じゃなきゃ早々に逃げやしねえ」
「髪色だけで決めつけられかねないから逃げたまでだ」
「ほざけ。潔白は後でじっくり証明すりゃいいさ」
「もっと御淑やかだと思ってたんだがな」
と言って振り回されるククリナイフ。バックステップで躱す彼女。
追って、別方向からもう一人が棍で突きを連続で放つ、かと思えば一方は足元を狙った攻撃。そのまま交互に、あるいは同時の連続攻撃が繰り返されていた。
連携は見事だった。
一見危機と思える状況の中で、彼女はまるで踊っている様だった。身体を仰け反らせ、跳ね、回り、舞った。
その一連の流れの中で、彼女は反撃を見舞っていた。
気づけば、男二人は伏せていて、最後の蹴りの後に片足で立つ彼女のその佇まいに、つい無意識に感性を揺さぶられた。
彼女はため息をついた後、すぐに僕に気づいて構えた。
僕は魔素弾を撃った。問題ない、的は外さない。得物は先にあちらが出している。正当な防衛を主張できると思う。
その一撃は彼女の横を通り過ぎて、後ろの男に直撃した。何かを羽織っているが、恐らく隠密魔具だと思う。
じゃなければ、先ほど見事な回避をした彼女が気づかない訳がない。
崩れ落ちる3人目の姿を振り向きざまに見て、どうやら僕の意図を理解したらしい。
「悪いね。きっと助けられるまでもなかったのだろうけど、つい手が出ちゃったよ」
「……いや、今のは素直に感謝する。ありがとう」
「はいはい、ごめん……ね?」
まだ出会って間もない彼女の事など、殆ど知らない。
他に追手がいない事を確認しながら、僕は思った事をそのまま問う。
「なんで今のは素直に感謝するの?」
「全然気づいてなかったし、アンタが居なければやられていた」
んんんん? 本心から、助けられたから事に感謝している、ってことだよね? なんでこんな事に疑ってかからなきゃいけないんだ。
そうだ、以前この子が僕のヘルプに文句をつけてきたからだ。
「人通りに駆け込めば、もっと逃げやすかったと思うけど、なんでそうしなかった?」
「馬鹿? 他の人に迷惑がかかるだろうが」
なんだろう。僕の第一印象の認識が間違っているのかな。なんだか、良い子な気がする。
そんな拍子で、伯父さんの「決めつけは良くない」という昔の警句を思い出した。
後ろから「無事か!」という声を聞き応援が来たことに気づくが、西日に照らされる彼女の凛とした表情から視線を外せなかった。




