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桜色の災難

 僕が目を覚ますと、あたりは夜の帳に包まれていた。

 見下ろす3つの月と、燦爛(さんらん)と輝く星々の群れ。

 痛む身体を起こすと焚火の向こうにジルバが微笑んでいた。

 渡されたのは、既に焼かれて元が判らない動物の肉と、水だった。寝ぼけた頭でそのまま受け取って数秒を見つめていると、香ばしい香りが僕の腹を鳴らした。


 そっか。オッサンと戦っていて、僕は負けたのか。


 そもそも勝負するつもりではなかった筈なのにオッサンは、これが一番手っ取り早いと強引に事を進めた。

 ちょっと清々しい顔をしているオッサンの顔がなんだか許せない。


「改めて、俺はジルバ・フォード」


「アキ・レミントン」


 僕がご飯を食べ終えるのを待ってくれていた様で、平らげて一息つくと、穏やかな声色でそう名乗った。

 当然、僕も名乗り返した。


「……よろしくな」


 何か思案するように、そう返事をした。


「どうかした?」


「……いや。ところで、お前が出した紹介状では師はアドルフということらしいが」


 総術を含めた体術全般を教えてくれた彼は間違いなく僕の師匠(せんせい)だ。冒険者、もといギルダーにこうして成れたのも彼のおかげで間違いない。

 オッサンはアドルフの事をなにやら知っていそうな様子で、どこか嬉しそうに見える。


「うん。そうだよ」


「そうかそうか!」


 何やら納得している様子でしきりに頷く。


「奴は元気か? 今はどう過ごしている?」


 ずいっと前のめりになって、あたかも僕がアドルフであるかのように、嬉しそうに笑い皺を刻むジルバのその様子を見ると、少し胸が痛んだ。


「アドルフは、僕の故郷で、ギルダーの後進や自警団向けに、戦闘に関してのコンサルティングをやっているよ」


 それを聞いたジルバの顔から笑みがすうと消えて、きょとんとしていた。


「コンサルティング?」


 訝し気に訊き返す。


「うん。そうだよ」


「奴は若い。腕も良い。講師だけに留めるのは勿体ないぞ」


 僕の脳裏に浮かぶのは、身体の所々が炭化して地に伏した瞬間のアドルフ。

 一人ではまともに立つ事もできない状態で、僕に総合戦闘術(総術)を教えようとするアドルフ。


「……二年前の大厄災の騒乱で、二度と戦えない体になったんだ」


 僕の言葉を聞いたジルバは黙って、目線をゆっくり焚火に戻した。

 薪が静寂の中で弾ける。

 どこからか革製の水筒を出したかと思うと、ジルバはそれを(あお)る。少しして風にアルコールの匂いが乗ってきて、それが酒である事を理解した。


「奴は、若手の中で皆から期待されていた。それだけ腕が立つ奴だった」


「うん」


「一次大厄災の騒乱じゃあ、たくさんの優秀な者が死んだ」


 急に上を向く水筒の中で、液体が暴れる音が微かに聞こえる。

 デカいため息の様にもとれる一息を吐くジルバは、悲しそうな、悔しそうな顔をしていた。


「二次大厄災の騒乱の中心地は、たしかライオット村だと聞いたな」


「僕の故郷だ」


 ライオット村は消えた。

 ライオット村の行政や機能は物理的に消滅し、隣の町に統合され地図からもライオット村は消えた。

 だから僕の紹介状には、ライオット村の住民達を吸収した、小さい町のガルというところになっている。


「……名もない村ってのは、そういう事か。お前の旅の理由はそれか?」


 それを問いかけてくるジルバと目が合う。眼差しを受け止めながら僕は頷いた。


 頭の中にはかつての故郷が灰燼に帰した風景が脳裏に蘇って、鮮明になればなる程に頭に血が上るのを感じる。


「僕はあの大厄災が一体なんなのか、それを知りたい。それで——」


「復讐か」


 僕の言おうとしていた言葉がジルバの口から出る。


「復讐なんかやめておけ。自分の為に時間を使うこったな」


 今度こそ確実に、ため息をついてからジルバはそう言い放った。


「あいつは災害に等しい化け物だ。まさしく厄災だ。あれに関わる事は森羅万象の大きな災害に自ら身投げするようなもんさ。……第一、奴は神出鬼没。今後また現れるのかどうかすらもわからねえ」


「オッサンには関係ない」


「そいつは病気の様なもんだ。一度発症したら、どんな時でも、ひょんなことから発作を起こす。人によりけりだが、寿命で墓場まで持っていければむしろラッキーだ。大抵はその発作の拍子に死んじまう」


 僕は何故話してしまったんだろうと後悔した。その後悔が内心の怒りの炎を大きくして、いたずらに自分自身を焙る事になってしまった。

 オッサンは少しだけ悲しそうな顔をして、僕の事をぼんやりと見ていた。


「……まあ、出会って間もないオッサンに言われるのも癪だわな」


 だが、と言葉を置いた。その一拍の間に、横目にオッサンを見ると葉巻に火を付けていた。


「俺も伊達に長く生きちゃあいねえ。色んな奴の、色んな復讐劇を見てきた。俺自身も何度も復讐心にかられて、数え切れねえ程の命を奪ってきた。……だが、復讐が果たされても一度だって、気分が晴れたことはねえなあ」


「オッサンの復讐劇って?」


「小僧には刺激が強えわな。酒がまともに飲める頃合いになったら話してやってもいいな」


 夜の静寂の中に、控えめでも豪快さが残る静かな笑いが響いた。


「まあ、旅自体は良い。復讐には賛成しないがな。色んな世界を見てみるがいい。 

 にしても何だ、お前の粗削りな総術は? ありゃ気合だけで戦ってるもんじゃねえか。これから一緒に鍛えてやるよ、楽しみにしておけよ。な」


 な。じゃないんだよ。だけど、それは信頼問題をクリアできた、という事で良いんだろうか?

 不敵に笑うオッサンを見て、僕は苦笑いしか出てこない。

 この無茶苦茶なオッサンの鍛錬なんて受けた日には、僕は人の体を保てるだろうか。

 オッサンの程よい好い加減さが、僕の留飲を押し下げたのだった。

 そんな一連の流れが、僕がまだ14歳のお子様で、オッサンが人生経験を積んだ大人で戦士である事を自覚させたのだった。


 その翌日は、前日の戦闘の反省と改善をメインにした習練を行った訳だけど、オッサンの指導がスパルタ以外の何者でもないのだ。

 実際にゲロ吐いた。


「ふっはははは! いいなあ! ぶっちゃけまだまだ下手糞だけど、ガッツは同じ歳頃の俺よりあらあな!」


 下手糞はぶっちゃけすぎだし、褒められている気もしないし。

 また翌日にはボロボロの身体で、馬に跨りながら脱力する身でトリアへの帰路についていた。

 色んな思いを月日の中で渦巻かせて、旅をして大厄災の調査をしようと思い立ったのは、確か1年半前だったかな。

 そこから体力づくりと、ギルド認定の指定汎用戦闘術、通称総合戦闘術(総術)をアドルフに指導してもらったのが、奮起してから出立までの丸1年半だった。

 その時まで、研究の虫だった僕の身体では、戦闘においての最低限の基本体力を身に着けるまでが限界だった。

 僕に中級を認定した試験官とアドルフが、苦虫を噛み潰した様な表情をしていたのをよく覚えている。

 その認定は僕が1人で旅を始める為の最低限の条件だった。


 恐らく、僕のコーダーとしての腕と魔具使用の腕を前提として、ギリギリの認定だ。

 良くて中級の入り口に立ったかどうかくらいのモノだと自分で思う。


「時に、アキ」


「何?」


「お前、あの魔具? か? 悪い事は言わん。使うのはもう少し止めとけ」


 おおよそ、何を指しているかはわかる。

 身体能力強化(ブースター)の事だ。

 だけど、それは——。


「オッサンには関係ないでしょ?」


「……ったく。生意気だな」


 嫌味なくジルバが笑う。

 こんな調子で、つっけんどんにやり取りをしている訳ではあるが、僕は何だかんだでオッサンの事は嫌いではなかった。

 向こうも似たような判定を下したのだろう。帰路ではお互いがパーティである事が前提で、今後のクエスト受注の予定が組み立てられていた。

 そして、大した事のないものから大したことのある案件まで、オッサンと幾つかクエストを消化した十数日後の事。

 その日は、郊外のモンスター討伐のクエストを終えて帰還した日の事。

 最後の最後で、クエストには関係のないモノの、執念深いモンスターに帰路で襲われ撒くために臭い付きの煙幕を使った日の事。

 連続でクエストをこなし、街にはクエスト受注の為にだけ赴き、郊外で殆どを過ごす日々に一段落がつこうとしていた、そんなある日。


「やっと、見つけた!」


「……えー、と。どなた様でしょう?」


 ギルドの、トリア支部の懐、カフェ&バー“ケルト”の扉を開け、いつもの様にカウンター席に向かう時の事。僕は桜色とも珊瑚色とも取れる綺麗な髪色のショートヘア女子に、腕を掴まれ、力強く、良く響く声で言われた。

 ついさっきまで程よい喧騒を奏でていた外野達は、一斉に僕の方に目を向けるし、オッサンは口笛を吹いて低い声で笑うし、お姉さんは「あらあら」と微笑むのであった。

 どなた様ですかと訊くのとは裏腹に、僕はその声色に聞き覚えがあった。

 屋内に差し込む陽光が、彼女の透き通るような瞳の琥珀色を強調する。

 射貫く眼光はあの時のモノと変わらない、いや今日の方が一段鋭い。

 蛇に睨まれるカエルの気持ちがわかる様な気がした。

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