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デカい 黒い 筋肉質

「おお、坊主。 ……こっちだ、俺が呼んだ」


 トリア入りして5日目の昼間の事だ。

 ギルド運営のバー&カフェ“ケルト”のカウンターにて、今後の生活費を心配して昼食は安いコーヒーにミルクと砂糖を味が許すだけ入れ、それだけで過ごしていた僕は、完全に困り果てていた。

 そんなところに顎髭を蓄えたスキンヘッドの日焼けした厳ついおっさんが、椅子3個分隣から話しかけてきた。

 筋骨隆々で、肩の筋肉が頭ほどのサイズに見える大男。

 初対面の相手だというのに、僕の心は酷く荒んでいて紳士的な返事だとかそんな事は毛頭考えていなかった。

 このオッサンの頭くらい。


「何?」


「おおお、素っ気ないな! まるで思春期の俺の娘の様だ! はっはははは!」


 控えめに言っても、ギルド内の大体の野郎たちは筋肉で考えている様な豪快な奴らが多い。

 登録後、このトリア支部を出入りする輩すべてに声をかけたと言っても過言ではない。良く言えば、このオッサンみたいに清々しいさっぱりした対応が多い。

 恨めしく言えば、その多くの清々しい対応で全てパーティを断られた。

 やれ、ミルクをもっと飲め。

 やれ、筋肉をもっとつけろ。

 やれ、もっと身長を伸ばせ。

 どうしろと? ことごとく子ども扱いされているのだ、僕は。


「坊主、初めて見るな。どこから来た?」


「北の辺鄙な地の、小さな村からだよ。名もないような村さ」


「ほーう? 名もないとは今日日珍しいが、そんなこともあるか」


 また豪快に笑う。なんだ、球が転がるだけでも笑う年頃でもないだろうに。

 単純に僕が村名を言いたくない、と思ったのか故郷に関してはそれ以上訊いて来なかった。


 何故僕に話しかけた? やはり僕の歳ではこういう場所で浮くものかな?

 まあ、そろそろ奇妙なガキがうろついていると噂されてもおかしくないか。


「時に坊主」


 笑みを浮かべながらも、鋭い目つきで僕を見る。僕は頬杖を突きながらコーヒーを一口。 

 横目にだけでも目線は向ける。特に気持ち悪さも、悪意も感じない顔だ。だけど油断はできない。


「5日前くらいに賊を退治した覚えはあるか?」


「ああ、あるね。それが?」


「なに。小童が退治したと聴いてな。大の大人が小僧にしてやられたなんて恥ずかしいじゃねえか。ましてや賊の頭となれば、けじめの一つでもつけんとやってられんじゃないかと思ってよ」


「ふーん」


 あえて興味のなさそうな装いで、素っ気なく返す。

 不穏だ。怪しい空気が漂っているのは明白だ。


「その賊の頭はまだ捕まってねえらしい、ぜ?」


「……おじさんって、その賊の頭?」


 煙幕玉に手を伸ばす。ペンダントに仕込んだ魔術コードの準備完了。


「……だとしたら?」


 オッサンの顔つきが変わった。

 もう、あからさまに怪しかった。

 報復? まさか白昼堂々と、こんなギルドの懐(ところ)で?


「なああんちゃって——」


「ジルバさん!」


 オッサンが何か言ったのと同時に、受付のお姉さんが分厚い本でオッサンの頭をぶっ叩いた。


「んふあ。ひた、ひたが……」


 オッサンの口から血が流れている。

 ああー……、あれは舌をえぐく噛んでる。少しだけど、同情するよ。


「アキ君? 大丈夫だからね? だから懐の魔具に手を伸ばすのやめてね?」


 ん? マントで見えてない筈なんだけど。まあ、ギルドだし素人の女性が受付ってこともないか。

 それよりもオッサンの出血具合と、その原因であるお姉さんの容赦のなさに引いた。


「このオッサンはね。一応ベテランのギルド職員よ」


「おま、先輩にオッサンってせんふぁいひおっふぁんっへ……」


「こんな小汚いオッサンが賊の頭領の雰囲気を醸し出したら、疑う余地ないわよね? 紛らわしいわよね、ダンゴムシとワラジムシくらいの紛らわしさよね?」


「う、うん」


 なんでこのお姉さんは、このオッサンに対してそこまで暴言(オーバーキル)を……。


「師よ。心を強く持て、とはこういう時の為だったんですな」


 あのオッサン、舌を治すのにわざわざポーションを使いやがった。


「まあ、茶番はおいて、ね。アキ君の事をジルバさんに話しちゃった」


「茶番にしては、言葉の刃の鋭さが半端()ねえぜ」


「前に! その手の冗談で店が半壊したの覚えてないんですかね?」


 殺気。


「あ、いやあ、はっははは。その節はどうも……」


 凄い。筋肉だるまのオッサンがあんなに小さく……。


「僕の事を話したって、何をです?」


「賊退治の一連の流れをよ」


 ん?


「話しましたっけ?」


「父さんから聞いたわ」


「お父さん?」


「アキ君を乗せた馬車の人ね、私の父さんなの。褒めていたわよ。体捌きは粗削りだけど素質はあるって」


 トリアを発つ最後までアキ君の先生をしたいなあ、ってボヤいていたと何だか嬉しそうにお姉さんは話すのだった。


「ヴァルターさんがそこまで言う程の少年と聞いて、俺も気になったんだ」


 どうやら復活を遂げたらしいオッサンが会話に加わった。

 あのお爺さんの名前はヴァルターって言うんだ。

 しかし、このオッサンを不思議とすんなり会話に加えたくないと思ったりして。


「あのお爺さん、そうだったんだ。どこで繋がるかわからないものですね」


「そうね」


「それでな——」


「そういえばパーティ見つかった?」


 オッサンに被せてお姉さんが言葉を発した。


「それが全然駄目。もう最悪ですよー」


 僕も悪ノリしてお姉さんと2人で華麗にオッサンを躱してみると、


「すまんかった。悪ふざけが過ぎました。話させてくれ」


 筋肉質で大きい筈のオッサンが、少しだけ小さくなった様な気がした。


 〇


「マジですか?」


「ああ、アキ君が良ければどうだ?」


 願ってもいない展開だ。

 賊退治の件で、僕の立ち回りを聞いたジルバさんが、自分とパーティを組まないかと言ってくれた。


「最近までデカいヤマを踏んでたんだが、それも落ち着いてな。パーティは一旦解散でそれぞれ故郷に帰っている。俺は俺で治安維持部としても役割もあるから、街の秩序に関わるクエストは受注状況を見ながら定期的に消化しなければならん」


「僕としては非常にありがたい話ですけど、なんで僕なんですか?」


「まあ、実際、大抵の事は俺一人で事足りるがな。優秀な人材は早いうちから育てておきたい。こんな世の中だしな! 後進は多いに越したこたあない」


 目の前には、焼き立てのステーキとパンが置かれている。そしてミルク。

 おいしい話に、おいしいご飯。警戒するなと言うのが無理だ。


「……」


「アキ君。大丈夫。この人に遠回しな交渉や謀略の類をするだけの器用さはないわ」


「おう! そうだ! 食え食え! 男は食ってなんぼだ!」


 オッサン、半分は馬鹿にされていると思う。


「……まあ、そんな事を言い出すと、お姉さんあたりが怪しくなってきますよ」


 ほんのジョークのつもりだったけど、お姉さんが「本気でやろうものなら、そんな料理でどうこうしようとはしないわ」という柔らかな声色の反面で笑ってない眼を見て、僕は有難くステーキを頂戴した。

 なんだかんだ言ってギルドの懐だし、お姉さんとは契約の時に見知っているから、多少は信頼も出来るし、大丈夫だろうと踏んだ。


 朝と夜は食べている。だから食自体には困っていたわけではない。

 だけど、食える時に食うのはサバイバル術の基本だ。


「悪くない食いっぷりだったぞ!」


「どうも」


「さてさて、パーティを組むからには俺たちはお互いの事をしらなきゃいかん」


 如何にも。間違いない。


「郊外で力と技の見せっこだ」


 快活に。そして爽やかに。

 顔の厳めしさに似合わない白い歯を見せて笑っていたのは、移動時間も含めたつい1時間半前の事だ。

 僕は今、息を上げている。そして、身の危険を感じている。

 煙幕、閃光、携行魔素シールド、時限術式の様々を使用して何とか現状を悪化させない事に成功している。……正直、既に劣勢だけど。


 何故、こうなったんだろう?


 単純な力と技の見せ合いで、1対1の勝負をこれほどまでに本格的にやるものだろうか?

 そもそも想像した力や技の見せっこてのは、対象を岩や木にした本当の披露会だった。


 ——1時間程前。

 オッサンの半馬身後ろを僕は馬に乗ってついていく。

 オッサンの乗っている馬は通常種よりも大きく、筋肉が隆起し古傷が目立つ黒馬だった。

 黙っていれば、その馬に毅然と騎乗するオッサンのその佇まいたるや、歴戦の戦士の風格が漂う。さっきまでの様子からはわからない。

 時折、後ろを振り向いて僕に見せる微笑みは、先の親しさを思い出すには十分な柔和さだ。


「聞けば14歳か。その歳でギルド入りするのは、珍しい。なんでだ?」


 遠慮もない。嫌味もない。気持ちいくらいに率直な問だった。


「……それは答えなきゃいけない?」


「まあ、そうだな」


 少し空いた間には、蹄の硬い音がいくつか。


「これから俺たちはパーティを組む。となれば少なからず背中を預けあう訳だ。信頼が必要だ」


「うん」


「パーティの在り方は様々だ。利害関係上の一時的なもの。友情の延長線上のもの。多少の気心の知れたビジネスパートナー同士のもの。企みや、悪意があるもの」


 僕は相槌を打たなかった。オッサンは振り向かない。僕は少なからず緊張していた。明確に言われたのは信頼関係。オッサンの身元はトリア支部の受付のお姉さんの言質と、ギルドパスポートである程度まで証明されている。


「困る事の一つは、メンバーのモチベーションの質だ。これが低い奴は、ここぞという時に裏切る」


「お前のモチベーションの質を、しっかりそれを見せてみろ」というオッサンの顔は、笑みこそは浮かべていたものの、決して先ほどの柔和なものではない。

 僕をただの子供としてではなく、一人の戦士として見ているかのような眼差しだった。


 ——そして今。


「どうしたあ! 逃げてばかりか!」


 剣の一振りが、大地を穿つ。間一髪で躱した。土煙の中でオッサンの眼光が揺れる。

 思考なんて追い付いていない。咄嗟の判断で行動する。

 魔素シールドを三重で展開すると、展開した端から“突き”が貫いてくる。

 もう、この携帯型では防げない事は知っている。距離をとるための時間稼ぎだ。

 単発型の魔素弾カードを空中に7枚展開し、シールドが砕けきったタイミングで、魔素弾の散弾式を放った。細かい針状の紫の閃が無数に、広範囲に放たれる。


「いい反撃だ」


 頭上からの声。来るかもとは思っていたけど、本当にくるなんて。

 見上げる暇はない。真上にいるイコール、もう相手は攻撃を開始している。

 横に飛び、僕に向かって突っ込ん出来た時の為に仕掛けた設置式魔具が発動したのを、起動音だけを頼りに確認して短剣を構える。


 この時点で手札は多く切った。

 後は、申し訳程度に取得している総合戦闘術(総術)をメインに立ち回り戦術を変えていく。

 構えなおしてオッサンが居るであろう方向を見れば、余裕の表情で僕を見下ろしている。


「おかしいなあ……」


 僕は思わず呟く。

 賊に使った魔具よりも強力だったんだけどな。

 地面から生える何本もの土柱の天辺でオッサンは座り込んでいた。


「出し惜しみしてると、本気でやっちまうぜ?」


 今度のは微笑ではない。純粋な笑顔だ。あれは、楽しくなっているパターンだ。 

 次の思考をする間もなく、次の攻撃が降りかかる。対人戦までなら対応できるにしても、中級になりたての僕の身体能力では1分も持たないだろう。

 単調な攻撃を、苦し紛れにいなしてはみるが、威力が違いすぎて軌道を変えたうえで身を捩らすのが精いっぱい。


 どれくらいこれが続く? これはなんだ? ——ああ、信頼問題だっけ。

 僕がパーティを組むだけの能力と信用があるかどうかって話か?

 なら、確かに、出し惜しみはできない、か?


「出し惜しみさせてよね」


「ふは。ならねえな」


 不敵に笑む。だよね。

 術式起動。身体能力強化(ブースト)。対象は四肢と他の要所に。まずは光が灯る。そしてほんのり熱が帯びた。

 起動5秒で理論値の2割の出力。オッサンに数発殴打をかまして、離脱。ヒットアンドウェイを繰り返す。

 起動から30秒後で4割。加速。後ろに回りこんで、中段回し蹴り、掌底、中段突き、膝蹴り、そして高速回転でのテンポずらしの裏拳。


「うん。いい! 合格だ!」


 突如の衝撃。湿った鈍い音が聴こえた。暗転する視界。


「やべ。強くやりすぎた」


 憎たらしいオッサンの陽気な声が聴こえた気がしたが、僕は意識を間も無くして手放していた。


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