ヴォヤガンド・ドワーフ
「君と同じ年ごろの弟がいるんだけど、暇でしょ? 暇だね! 仲良くしてやってくれ」
そう言うマリネラ・ガッディーニ。
僕が出会う大人は勢いに委ねすぎなんじゃないかと憂鬱になる。
そして、紹介されつつ胡散臭い奴を見るような目で見てくるロドリグ・ガッディーニ。
——僕らの行先は、偶然にも途中まで一緒であることが発覚した。
少なくとも次のメドまでは一緒に行くことになり、マリネラは僕らギルドへの緊急クエストという恰好で護衛を依頼した。
ただ、出発するにも僕らはギルドの査定部隊の到着まで一旦待機をせざるを得なかった。
そして、胡散臭い奴を見るような目で僕を見ていたロドリグだけども……。
このロドリグ・ガッディーニ君。
見た目で言えば僕より少し幼いが、実年齢で言えば本当に同い年だった。
「まじい!? 精霊言語使えんの!? マジ渋い! え! 妖精言語、錬金言語、機甲言語も使える? キモ! 凄すぎて逆にキモイ!」
僕がコーダーだと判ると、打ち解けるのは秒だった。
さっきまでの死んだ目が嘘みたいに輝き始める。ハナとは違う判りやすさで苦笑いを禁じ得ない。
ロドリグは鍛冶職人として修業中で、その過程で錬金言語と機甲言語が得意になったんだそう。
「って言っても僕が得意なのは精霊言語だけで、それ以外は一応コーディングできる程度だよ。一芸特化と言っても過言じゃないよ」
「だとしても同い年でそれだけ出来るのは凄い! 良かったら少し教えてよ!」
「ん、いいよ。代わりにも僕にも錬金言語と機甲言語の事を教えて欲しいな」
「ボクなんかで教えられるなら喜んで!」
ああ、わかる。彼の気持ちが判るよ。シンプルに彼も僕もオタクだ。彼の様子だときっと共通の話題で話せる人が限られるのだろう。
「ふふん、あんたがすぐにそこまで親しくなるのなんて珍しいねえ」
マリネラが煙管をふかしながら口角を上げて面白そうに笑う。
煙管なんて珍しい。東の小国の嗜好品だよね、確か。流石、商人か。
「な、なんだよ。姉貴は黙って自分の仕事でもしてろよ」
「おやおや、私が来たとたんに照れちゃって」
ロドリグはバツが悪そうにそっぽ向き、マリネラがそれを見てまたニヤつく。
彼らの容姿はよく似ていた。僕が知るドワーフと違って背丈は僕ら人間と同じくらいで、筋肉質ではあるが絵で見るようなドワーフほどではない。
2人は褐色の肌に銀髪が良く似合っていた。マリネラはショートで、ロドリグは逆に目元を隠すくらいの長さだ。
僕は興味を抑えられず、一応断りを入れながら訊いてみた。
「私らの先祖はダバーブ・ハララからいち早く飛び出した好奇心の塊さ。遊牧民の様に彷徨って、自前の鍛冶の技術を活かしながら商いの業を身に着けて、おかげで私らの一族はこの業界では有名な商人一家さ」
誇らしげな表情で紫煙を吐き出すマリネラの表情は、凄く様になっていた。
彼女らは自らをヴォヤガンド・ドワーフと言った。旅人の意味が込められているらしい。
「別に故郷に疎まれている訳でもない。人間との混血だったりで、私達は純血のドワーフとは違う変化を辿っている。容姿も然り。因みにドワーフなら基本は使える筈の火魔法を私は使えない。弟は使えるけどね。私のそれは血というよりは個人としての才能かな」
そう。羨ましい事にドワーフやエルフは規模こそは小さいにしても魔法が使える半人半精の種族。
マリネラは自分が魔法を使えない事を特に気にしていない様だった。
「私ら以外にもヴォヤガンド・ドワーフはいる。私達が外の情報や技術を持って帰って、故郷のドワーフ達がそれを研究し醸成する。故郷ダバーブ・ハララはそうして今日も技術を発展させている」
今日日ドワーフ族は世間的に珍しくないとは言えど、交流しやすいかどうかは別だ。
元々人間に比べたらその数は少ない。かつドワーフの国ダバーブ・ハララは、世界地図ではこの国ベルム・リーゼの西側で海を渡ればすぐなのだが、実際はダバーブ・ハララのある大陸の東側は、基本的に断崖絶壁が続き加えて海の気性が荒く海路からは上陸困難とされている。
だから、僕らの国こそ交流がありそうでない。
昨今はドワーフの留学というのも増えてきてはいるらしく、工業が発展している地域では良く見かけるとも聴いたことはあるけども。
「本とはもう違うんだね」
「まあ、本は素晴らしいけど、いつ書かれたかで情報の精度は変わるからね。私達の存在は別に珍しくはないよ。交易が盛んな街の商人なんかは知らない奴はいないくらいの常識だ。もう少し情報の伝達方法が発達すれば大陸の隅々にも情報が行くのにね。ま、そのおかげくいっぱぐれないところもあるけど」
呵々、と笑うのはマリネラ。
僕はこんな交流が好きだ。マリネラの言う通りで本は素晴らしいが限界がある。
僕は両親が残した本と、おじさんおばさんが買い与えてくれる本が僕に世界を教えてくれた。
本に書かれている事が本当なのか見てみたいし訊いてみたい。本に書かれていない事も知りたい。
「姉貴はもうあっち行ってくれよッ、せっかくコーディング話で花咲かせようとしてるところだったんだから」
しびれを切らしたように言うロドリグ。
あ、横でそわそわしていたのはそういう事ね。
「はいはい。あー、そうだ。コーダーの坊や」
「アキだよ」
「んじゃあアキちゃん。私らで持ってるモノなら特別価格で卸してあげるよ。必要ならいいな」
アキ“ちゃん”って……。
「うん、ありがとう……ございます」
「いいって、ロドリグの友達なら同じぐらい馴れ馴れしくって構わないさ」
言いながら片手をひらひら振って、少し離れた荷馬車に向かっていった。
まだあって間もないのに友達とは、随分と友好的だね。
てっきり社交辞令かと思ったりもしたけども、隣のロドリグは満更でもない様だった。
「僕はこんな生活だから、友達は正直ほとんどいないんだ」
お互いに研究資料や開発資料など見せあっていた時に、ロドリグは呟くようにそう言った。
「それも、コーディングの話ができる近い歳の奴も出会わないしね。会っても商人。商人はその物が役に立つのか、売れるのかが大事だから基本的に技術的な話には花が咲かない」
資料の上を走らせていた目線をロドリグに向けてみると、寂しそうな眼を資料に落としていた。
おいおい、僕の自慢の資料をそんな眼で見るなよ。
「っと、ごめんごめん、本当にこんな技術交流もないから感極まっちゃった。……ところで」
「別にいいよ。話を聞くくらいならできるし。どうしたの?」
「そのボロボロのガントレットは何? 大切なモノ?」
僕の腰にかかったそれを指さす。
そう、そうなんだよ。先の影狼との戦闘で僕のガントレットは瞬く間にボロボロになってしまった。
愚痴る様にその経緯を話すと、例の如くまた目を輝かせて話に食いついた。
「ガントレットを主武器にしようなんて面白いね! 騎士団の鎧なんかで補助機能がついているくらいは良くあるけどさ。市場でも主武器として出回っているのは見かけた事がないなあ。ガントレットが出回っていても鎧のばら売りで回ってきた補助機能付きのガントレットだろうしし」
実際そうだと思う。使ってみて感じたけど主武器としては腕力が無い僕には威力で決定打に欠ける。柔軟性には富むが結局それはあくまで補助的な性能だ。殺傷能力は剣だとか斧だとかのレベルが欲しい。
「けど僕は……」
そこに思い至った過程を話そうとするとロドリグが僕に掌を向けて、喋る事を制止した。
「わかるよ、ロマンだろ?」
「ん?」
「職人ならついついロマンを求めるよね! すっごいわかるよ!」
ロマンってよりは現状を踏まえた最適性と合理性が……。
「僕も改良を手伝う! どこまでやれるか分からないけど、是非!」
「え、お、うん……」
駄目だ。気圧された。でもまあ、悪い話じゃないし、僕も彼の技術は見てみたいし、いいっか。
「よろしく」
僕がそう一言いえば、僕の手を強引に掴んで上下に激しく揺らした。
血は薄まっても流石はドワーフの血族。力強い。
僕は不意な激しいハンドシェイクに身体を揺らされ舌を何度か噛んだのだった。




