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交易路 ルート88

「お? なんだそりゃ」


 ジルバは物珍し気に僕の両手を見る。


「ふふーん。カッコいいでしょ。僕の新しい武器」


 両の拳をぶつけ合せてみれば、金属同士がぶつかる鈍い音が響く。


「そいつあ、ただのガントレットにしか見えんが?」


「そう! 元はただのガントレットさ。それに改造を施し、加えて魔術コードもいくつか仕込んでる。まだまだ改良の余地がありまくりだけど、プロトタイプとしては上出来かな」


「ほう」


 面白いと言いたげな表情で髭を撫でている。


「あんたのせいで私の最後の準備が慌ただしかったけどな」


 不機嫌そうに見ているハナだが、何だかんだ僕のガントレットの調整にはノリノリだった。武器有の組み手でテストをしていたのだけど、やはり格闘家の性なのか熱くなると、もう逆に止めるのが大変だった。

 それを言うと噛み付かれそうだから言わないけど……。


「今度の習練の時にでも性能を見せてくれ」


「いいよ。こっちも色々試したいから丁度いい」


「ん。おい2人共、馬車が来たよ」


 ハナが指さす。

 王都フランへの中継地点のひとつである、隣の街メドへ向かう馬車。片道3日半程。

 今後の予定は王都フランにて活動中の環境調査部との合流。当初の予定通り5人パーティが編成される。

 ついでにそこで僕のプラチナコードの正式な認定登録をする事。

 主にこの2つ。

 そして、合流予定の環境調査部のメンバーと共に調査していく予定に関しての資料が手元にある。時折道が悪く揺れが酷くて読みづらい事に僕は顔を顰めざるを得ない。


「既存モンスターの特異亜種の目撃情報について……」


「何それ。あれでしょ、アルビノ種じゃないの?」


「んんんん、どうやら違うみたいだね。アルビノも亜種も云千、云万分の1とかの確立で1体とか2体だけど、この亜種ってのは群単位みたいだね」


「何それ、ジルバは何か知らないの?」


「まあ多少はな。まだ目撃箇所は少ないが範囲は広く、発見できてねえだけで大陸全土にいるんじゃないかって言われている。ゴブリンやオークの亜人種、スライム等の無定形種、鳥獣種、ドラゴンも特異亜種が目撃されている。ユニーク種の特異亜種を見た奴もいるそうだな。奇妙なのがどのモンスターの特殊亜種も外皮が淡い灰色で、オリジナル種と争うらしい。その共通の外見的特徴故に、特異亜種、だそうだ。攻撃的だが弱くオリジナル種にすぐやられるそうだがな」


「ふーん。特異亜種の話なんて今まで聞いたこと無かったな」


「んむ、いずれの目撃情報も最近だ。一般人でもまだ噂が立つかどうかだ」


「てっきり厄災の調査がメインだと思ってたんだけどね」


「ああ、そんなニュアンスで私も聞いてた」


「あれだ、まずはこの特異亜種たちが厄災(カタラ)との関連があるかどうかっての調査項目の1つだと思うぞ」


「なるほどねー」


「悪魔は?」


「おいおい、悪魔の事は迂闊に外で喋るんじゃねえぞ。この馬車は外と遮断しているから良いが……。悪魔はこの世界では御伽噺の存在だったんだ、俺だってまだ信じきれねえくらいだ。トリアでだって情報規制が敷かれている。俺達レベルよりも遥か上の極秘部署で秘密裏に調査されるだろうよ」


「ごめん、気を付ける」


「たのむぞ」


 そんな調子で、休憩を挟みながらも馬車は順調に進み2日目の夜を迎えた。

 森林地帯で遠くには切り立った崖が見え、その天辺に丁度3つの月が堂々と浮かんでいる。闇に染まった森からは不気味な鳴き声が響き渡る。

 僕たちの馬車には護衛はついていない。自分自身で身を守れるからだ。

 その分、魔除けと獣除けは入念に行う。


「この森、何だか不気味」


「そうだね、ってもしかしてハナ、怖いの?」


「は?」


 殺気。


「ナンデモナイデス」


 僕はずっとハナが怖い。


「この森は大きい。モンスターに襲われて行方不明になった冒険者やギルダーも少なくない。未確認モンスターもいるらしいし、前人未到のエリアもある」


「へえ、因みにそういうの発見したら何か報酬はあるの?」


「おお、あるぞ。悪くない額だ。名前も付けられる」


「ふーん」


 燃える薪が小さく爆ぜた。

 会話が途切れる。

 僕はガントレットの魔術コードのチューニングをし、ハナはトリアを旅立つ前に買った双剣の手入れをしている。ジルバは眠ってはいないだろうけど目を瞑って佇んでいる。御者の2人は馬の傍で寛いでいた。

 夜が更ける。

 夜空には星々が煌めいている。

 少しだけ冷たい風が肺を満たすが、それが心地よい。

 見張りは3人で回す。何も問題はない。いつも通り。

 だけども、日付が変わる頃、異常が起きた。


「……聴こえる?」


 ハナが呟くように言った。夜の静けさはそれでも十分な程に僕やジルバの耳に言葉を届けた。


「ああ、近づいてきてるな」


 僕らの野営のすぐ横は街と街を結ぶ一本道。無論、通りには木の一本もなく向こうまで見通せる。音が聴こえる方を見てみると、粒ほどの小さな明かりが見えた。

 次第に大きくなる複数の蹄が地面をたたく音。怒号。そして影狼(シャドウウルフ)の複数の鳴き声。


「襲われているな。迎えるぞ」


「おっけー」


「了解」


「御者さん方は馬車に隠れてて。気配隠しの魔具仕込んでるから」


「ああ」


「よろしく」


 御者さん達も武器を持ってるみたいだし、いざとなれば近いし何とかなるかな。ジルバもいるし。馬には魔素シールドを展開する。


「感知式の罠を仕掛ける。閃光と音、追手と馬車との断絶」


 端的に意図を伝えつつ、急いで設置。最初に罠が発動し、それによって追手が怯むであろう事を想定して、立ち止まる追手の目の前に対物理魔素シールドが壁の様に展開される様にする。

 追われている人たちには悪いが、恐らく音響による馬へのダメージが想定される。護衛が居たならその人達にも影響はあるだろうけど、この際仕方ない。


「来た」


 罠の設置は間に合った。4台の中型馬車が月明かりに姿を現す。罠の上を通り過ぎた瞬間に発動させると、眩い閃光と甲高い金属音が炸裂する。陣頭の影狼10体程が地面に勢いよく転がり、後続の群れがそれを飛び越えるが突然現れた魔素シールドに次々激突していった。

 ざっと見て40体程はいそう。かなり多い。

 まだ無事な後続もいるが、うまい事一匹も漏らさず足止めできた様だ。


「中々の団体さんだ。大きめの個体もいるな、各自注意しろ。行くぞ!」


「応!」


 僕とハナの返事が重なる。

 両のガントレットをぶつけ合せて自分を鼓舞する。

 ジルバは豪快に巨大な戦斧を振るい、ハナは踊るように双剣を振るう。僕は体術メインで組み手に臨むかの様に1体ずつ確実に倒していく。

 ガントレットには魔術コードによる小細工がたくさん施されている。加えて嬉しいのは魔素弾と衝撃波の負担がかなり軽くなった。

 魔素弾で牽制し、近づいてきた個体を体術でいなし、タイミングを見計らって衝撃波と魔素弾の強出力で各個撃破。


 総合戦闘術(総術)の特級認定とは言え、守勢型だし僕は非力だから止めを刺すのに苦慮する。だからと言って素手で衝撃波も魔素弾も放つには負担が大きく連戦に向かないし、武器も技術がない。

 ハナのおかげで良いアイディア(ガントレット)にたどり着いた。

 武器と言う概念に囚われすぎていて、全然こんな発想できなかったので本当にありがたい。


「やるじゃねえか2人とも!」


「私はまだまだ本気じゃない」


「同じく!」


「元気があっていいなあ! がははははッ」


 油断はしていないが余裕のある戦闘だった。あっという間に殆どを撃破した、と言っても大半がオッサンとハナだけども。

 なんにせよ順調に殲滅できると思ったのだが、最後の3体が逃げ出した。


「逃がすな!」


 魔素弾を数発撃ち1体は討った。しかし、他は外し逃亡を許してしまった。


「いかん、怨恨が残る」


 モンスターの恐ろしいところは生き残りによる報復だ。だから基本は全滅させる。


「クソ、速い」


 ハナが追い付かなきゃ僕には無理だ。身体能力のブーストをかけない限りは——。

 身体中の魔術コードに魔力を巡らす。ジルバに禁止されてから久しい。

 距離をどんどん離す2体が暗闇に溶け込み始めるが、——多分間に合う!

 そう思って、発動直前までに至ったところで急に影狼が短く鳴いて地面に転げた。

 僕らはすぐに立ち止まる。


「誰か来る」


 ハナは本当に敏感だ。僕は全然気配を感知できてないのに。

 影狼が消えかけた森の暗がりから2人の人影、そして現れたのはドワーフらしき者たち。


「あ? なんだオメエら」


「人間? ……賊か?」


 うん、警戒心バリバリ。敵愾心見え見え。

 ハナが変に応えるよりも先に僕が言葉を発しようと瞬間、僕の後頭部に衝撃が。


「バッカ野郎! そんな殺気だしていたら誤解されるだろうが!」


 ジルバのゲンコツだったらしい。

 ハナより僕!?


「いったああああッ! ねえ! 僕の頭を少し労わってくれてもいいんじゃないかな!?」


 摩っても摩っても頭の痛みが引かない。

 思わずうずくまって悶絶する。


「いやあ、すまない。こいつはまだ若くてな、どうしても熱くなると殺気だってしまって。俺達は統合防衛協会(ギルド)の職員だ。この2人は新米で、俺が監督役だ。影狼は俺達が殲滅しあんたらが仕留めた2体が最後だ。先の3台の馬車は無事な筈だが、今誰も護衛についていない、早く戻ったほうがいい」


 喋りながらギルドパスポートを見せ、2人のドワーフに手渡した。


「……ああ、ギルドか。本物の様だ。わかった、ついて行こう」


 ジルバとドワーフ達が一緒に駆けてく。


「ほら、行くぞ。突っ走り馬鹿」


 ハナが僕の頭をはたいて走っていった。

 どいつもこいつも僕の頭をポンポンポンポンと……。

 痛みが残る後頭部を摩りながら、僕も駆け足で皆の後を追った。


 ○


「いやあ、本当に助かった!」


 僕らが助けたのは、キャラバンから逸れた商人だった。今お礼を述べているのはこのグループのリーダーらしい。

 野営の準備に取り掛かって間も無く影狼とは別のモンスターに襲われ逃げていたところ、影狼の群れと出くわし追われていたらしい。

 とりあえず僕らが戦った場所の死体と血に塗れた道を浄化し、道のわきに死体を寄せておく。ジルバが既にギルドへ討伐報告を出していた。

 ちゃんと僕らに還元されるんだって。


「なんで2人は荷馬車に乗ってなかったの?」


「あいつらの群れは最初もっと多かった。先頭の影狼たちが荷馬車に追いつきそうだったから俺達が囮になる為に降りた」


「え、あれより多かったって……」


 僕らの時でも40体はいた。

 そもそも影狼はそんな大きな群れをつくるモンスターではなかった筈。


「俺達が半分くらい屠ったあたりで、奴らがまた馬車を追い始めてしまった」


「もっと速さに特化した戦闘ができていれば……」


 ドワーフは種族を通してパワー型が多いと本に書いてあった。速さに特化した身体能力を持っている者は珍しいと言われている。


「って言っても影狼は頭がいいからな。多分、本来はそこまで被害が出る前に追いかけ始めていただろうし、半数を倒して無傷のアンタら2人の腕は間違いなく良い」


 ジルバがそういうと、2人はふるふると首を横にふり、


「いや、褒められるほどではない」


「何より俺達の代わりにリーダー達を助けてくれて感謝に尽きない」


 と謙遜した。

 僕はドワーフとちゃんと面を合せて話すがこれが初なんだけど、皆堅苦しいのかな?

 頭を軽く下げると、褐色の肌に影が落ち少し迫力が増す。

 2人ともジルバよりは年下そうだけど、ドワーフは確か人間よりも長生きの筈だから見た目では実年齢やらの判断は僕には難しい。


「ねえねえ、2人って今いくつなの?」


 我慢できず訊いてみる。

 突拍子もなく少年がそんな事を訊いてきたら、そりゃあ怪訝そうな顔の1つや2つするよね! 顔が恐い。


「あんた馬鹿なの? 空気読めないの? 馬鹿なの?」


 ハナが湿った眼で僕の事をねめつける。


「初めてドワーフに会ったから、つい訊いてみたくて……」


「はあ?」


「あっはははははは!」


 ハナが顔を(しか)めるのと同時に笑い声が響くもんだから、ハナがそういう顔をして笑うようになったのかと思った。

 あれ? そもそも僕ってハナの笑うところを見たことがないような気がする。


「初めてドワーフに会って訊きたかった事がそれかい! ぶふッ、子供か! いや、子供か! はははははははッ。いいじゃないか、答えてあげなよ、2人ともさ」


 例の2人は2人で少し戸惑っているが、答えてくれるようだった。


「新央暦で言えば俺は、59歳」


 短髪の髭もっさりが言う。


「同じく新央暦で62歳」


 髭も髪もない厳ついオッサンが言う。


「おお、お2人さんは俺の先輩だったのですな、失礼」


 マジで?


「いや、いいんだ。俺達ドワーフはあまりそういう細かいところは気にしない。互いに楽にしよう」


「そう言ってもらえると助かるな、どうも」


「因みにアタシはどう? いくつに見える」


 ん? 私? 中性的な顔立ちだけどガタイがいいから男だと思ってたけど、ああそうか。ドワーフ族は基本筋肉質なんだっけ。あっぶな! 下手したらナチュラルに失礼をぶっこくところだった!

 という具合で勝手に冷汗をかきつつ考える。

 んんん、少なくともさっきの2人よりは若いし、人間で言うと20いくかどうかくらいかな? 今の二人の調子だと……。


「40歳、くらい」


「殺すぞテメエ」


 ハンマーが僕の頬を掠めていった。

 え、ええええええ。


「り、リーダー! 落ち着いて! リーダーはクォーターなんだから! 純血2人の後に何も知らない人に訊くのは酷ですって!」


「……ん、それもそうか。あっははは、失敬! ごめんね!」


 え、えええええ……。


「あんたってホント、デリカシーがない」


 ハナが湿った横目でそう呟く。

 え、ええええええ。

 く、クソう。はめられた気分だ……。


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