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ハナ・グリントの尊敬

 アキ・レミントンは正直言って変わり者だ。

 私の方が1歳年上だが、まあほぼ同世代だ。だけど同世代と話している気がしない。

 おちゃらけたりすることも多少あるが、何と言うか達観していると言うか一線を引いていると言うか。


 そして、あいつは意外と人を大切にする。

 この私の事でさえもだ。最初こそは色々あったが、一緒にクエストをこなしたり、習練したりしているとアイツはさり気私に無く気を遣う奴であることに気づいた。

 私がそれに気づいたのは正直最近だ。

 うまいなと素直に思った。

 気の遣い方が嫌味じゃなく本当にさり気無いのだ。

 ジルバに対しても何かと気を使っているし、おちゃらけながらもパーティ全体を気にかけている。


「いわゆる世渡り上手というやつ?」


 私には無理だな。

 できるかできないかの問題もあるし、そういうのをやろうと思う性分でもない。根っからの戦士気質だ。言ってしまえばガサツなのだろう。

 そんな私でさえも、あいつの自己犠牲は異常だと心配になる。


『ほお。ハナはアキが気になっているのか』


『は? 違う。言い方に悪意を感じる。少し心配になる事があるだけで』


『わあ、ハナちゃん顔紅―い』


 うふふと楽しそうに笑うシーア。


『くっ』


 とつい最近そうケルトで零し揶揄(からか)われた記憶が蘇る。顔が、熱くなってくる。

 ……し、心配なんかしてない。なんで私がアイツの事なんか。

 心配じゃないし、そう、心配に近い別のなにか? まあパーティだから。うん。

 ……あいつは自分を使い捨ての道具の様にこき使う。

 なぜ、そこまでするのだろう。

 常に自分が考える効率で戦闘に身を投じる。ジルバは度々それを叱る。

『お前はパーティの道具じゃねえ。仲間だ! 仲間を大切にすること以外に自分の事も大切にするという意識を持て!』と。

 アキはいつでもから返事だ。飄々としている。


 トム・バウンテンハウスと出会ってからはや2ヶ月。アキは基礎体力が随分ついてきたなと感じた頃から様子が変わった。

 著しい速さで技術を吸収しているのだ。ついこの間までダメダメだったアイツが、ここ最近は私に迫る勢いで体術の質を上げてきている。

 単純な力とスピードは私の方がまだまだ上だ。あいつは技のレパートリーと身のこなしでそれを補うように闘う。

 前は余裕の全戦全勝。今ではあまり手加減できなくなり、辛うじて勝利する事も珍しくない。


「面白い!」


 攻撃の合間の小さな隙を的確にアキが突いてくる。

 躱し、私が牽制の一撃を見舞うとバックステップでアキはしっかりと躱す。

 意地と闘志を擽られ、熱くなる。

 私は心置きなく技を振舞う。技から技へ。その間隔は数瞬だ。

 アキの戦法は、省エネ。

 そうせざるを得ないのだろう。習練量とセンスがものをいう。

 私とアキとでは経験年数が段違いだ。余程の才能が無ければこの差を埋めるのは容易ではない。

 特に体力に差があるアキにとっては体力の配分は死活問題だ。

 巧妙に防御と回避で立ち廻るアキ。正直言って、このレベルでも目を見張る。どうやって短期間でこのレベルまで?

 そしてついに。


「っつ!」


 柔術!? 前の様な付け焼刃のモノじゃない! 

 私は見事に宙を舞い、受け身をとるも強い衝撃で地に伏す。

 呼吸が一瞬止まるも、即座に身を翻し攻撃に転じようとするが、しかし。


「や、やった。ついに、一本」


 反撃の一撃は見事にそらされ、寸止めじゃなければ確かに私の意識を刈り取っていたであろう的確な場所に拳が添えられていた。


「……負けだ」


 クソ、悔しい! 今のは文句なしの負けだ。

 今後はもう本当に一切の手加減ができない。汗が伝うのと同時に少しずつ気持ちが落ち着き、呼吸を整える。

 悔しいなあ。いつもなら負けたアイツを叱咤するか、からかうのに。なんて声をかけたらいい? よくやった? なんか師匠面っぽくて嫌だな。

 もう正直でいいか。


「あーあ、ついに負けたよ」


 そう声に出してみれば、先ほどまでの躊躇いは嘘のように消えて


「なに? 秘密の特訓でもしてたの?」


 すらすらと言葉が出てくる。

 実際そうなのかなと思う。空き時間があればジルバが私たちに稽古をつけてくれることもある。私の知らないところでジルバと特訓していたのかもしれない。


「……」


「無視? それとも感動のあまり声もでない?」


 ほら、からかいもいつも通りに。

 そして、アキが声もなく倒れる。今日の習練はもう6時間に達する。アキにとってはハードなのに違いない。

 力を使い切ったか。


「気持ちはわかるが、ちゃんと締めまでやってこその体力だ」


 私はいつも同じことを言っているな。

 しかし、相変わらず返事はない。


「おい」


 うつぶせになっているのを仰向けにする。

 アキは気を失っていた。技を受けた衝撃で気絶などはあるが、こんな風に気絶するのは初だった。


 ○


「過労ね」


 シーアはそう言った。


「こんの馬鹿め。また根を詰めすぎたのか」


 ジルバが少し怒気を込めていた。


「ごめん。こいつのコンディションに気づかなかった」


 シーアが首を振る。


「この子、多分強壮剤とかを使っていたみたいだし、隠すから良く注意して観察しないと判断は難しいと思う。ほら、効果が切れてきたのか目元に隈も出始めた。熱も出てきたわね、余程追い込んだみたい」


「バカが、何をそんなに焦って」


 ジルバの顔は少し悲しそうで本心で心配している様だった。

 そんな私達の話声のせいか、アキが薄っすらと目を開けた。


「お、目覚めたか」


「アキ君、大丈夫?」


 気が付いたアキは2人の言葉を無視して身を起こしベッドから出ようとした。それをシーアが抑えようとする。


「ア、アキ君?」


「どれくらい寝てた?」


「3時間くらいかな」


 私がそう答えると「マジか、しまった」と少し焦った様子だった。


「ごめん、シーアさん。ちょっと離して。僕の荷物あります?」


「え、うん。無理しないでね?」


 自分の荷物を漁り、何やら魔具らしきものを取り出した。いじっているなと思えば、急にアキの身体が発光し始める。


「よかったあ、間に合った」


 ほっと溜息を零し安堵しているアキの後ろから私が訊ねる。


「なにそれ?」


「うん? これ? 秘密」


「おい、アキ」


「え?」


 ドスの聞いた声でジルバがそう呼びかけ、アキの首根っこを掴んで持ち上げた。


「僕は猫じゃないんだけど」


「アキ、俺はふざけちゃあいねえ」


 ジルバは本気で怒っている様子だった。語気も雰囲気もこれまで見た事のないものだった。


「てめえ、俺らが心配しているのがわかんねえか? 心配させるだけさせて秘密だと抜かすたあ太え野郎だ。俺は監督者としてメンバーのコンディションを把握する責務がある。パーティリーダーとして命令だ。それはなんだ? お前はなんで過労に至った」


「……わかった。言うから下ろして」


「本当だな?」


「この際しかたないよ。自分からぼろを出しちゃったんだもん。あーあ、もう少し体力があればなあ」


 アキは下ろされ、ベッドに魔具を持ったまま座り込む。


「はい。これ飲んで。栄養満点だから」


「ありがとう」


「ほんと暢気な奴」


「あれ、ハナ、怒ってるの?」


「別に」


 ジルバが咳払いをする。


「ハナから聞いたが、最近急に強くなってるんだって? お前、休んでないだろう?」


「休んでるよ」


「ほおう。平均睡眠時間は?」


「7時間たっぷり」


「お前は厳しい監視がお好みか?」


「……3時間」


 凄い、私ジルバの額にあんなに血管が浮かぶのを見たのは初めて。


「いつからだ?」


「支部長に呼び出された日からすぐ……」


「3時間より長く眠った日は?」


「……ありません」


「何をしていた」


「体術の、習練を」


「休んだ日は?」


「ありません」


「俺やハナとの習練以外でそれをどれくらいやっていた?」


「10時間は」


 寝るのに3時間、私達の習練は平均5時間程度、それ以外で10時間?

 アキの経験レベルを考えると、一日5時間のトレーニングでもハードな方なのに。

 それ以上の事を毎日やっていたなんて。


「それ以外の時間は何をしている?」


「予備魔具のメンテナンスと、研究と、調整と、あとは身の回りの最低限の用事を」


「食事は?」


「合間で、身体に最適な栄養食を適当に」


 信じがたいと言いたそうに眼を瞑り、腕組み状態で何度か首をかしげ、やがて大きなため息を室内に響かせた。


「で、それは?」


 アキは言うよりも見て貰った方が早いと言いたそうに、魔具を弄り出した。


「ちょっと下がって」


 そういわれて空けたアキの前のスペースに青と紫の混じった粒子が集まり出した。

 集まってできたのは、2人のシルエット。


「普段はちゃんと等身大で出せるけど、室内だから半分くらいの出力」


 アキが言うのと同時にその二つの人型は素早く動き出す。あのシルエットは私か? 自覚できるくらいの面影が見える。そしてもう片方はアキだ。


「魔素記憶再現魔具。これで指定された範囲の魔素の動きを記録し再現する事が出来る。この魔具自体は魔素の動きや形状を保持し再現するためのもの。記憶する魔具は別で存在するけど、こっちは軽量化だったり、処理の速さの追求などの諸々の事情で揮発性のある一時的な記憶機構だから、こっちで……」


「ああ、わかったわかった。それ以上は説明されても俺にはわからねえ。で、あれか。それを使って俺たちの習練を再現して、秘密の特訓していた訳だ」


「秘密じゃないよ。言う必要が無かっただけさ」


 こいつ、自然に煽ってくるな。

 ジルバの苛つきが増しているのを感じる。私も少し苛ついている。


「……で? それだけじゃねえんだろ?」


「ううん。これが全部さ」


「な訳ないだろう。こんな短期間の反復練習だけでハナと同じくらいのレベルまでこれるか。お前まさか俺との約束を破ってねえだろうな」


「破ってないよ! 身体能力強化(ブースト)は使ってない。ちゃんと地力を鍛えてる」


「お前の体力じゃ1日だけで見てもそんな長時間の習練ができるとは思えねえ」


「気合だよ」


「アキ!」


「……わかったって、ちょっとした冗談だよ。……魔術コードと神経を繋げて身体を動かしているのと、最近研究している回復系の応用で栄養剤や強壮剤を使ってる」


 魔術コードと神経を!?

 そんな事ができるのか? ジルバとシーアの顔を見ると、2人は青ざめた顔をしていた。

 少なくとも常識外のものらしい。


「……最近、体術の達人が勝負を挑まれる事が多いらしい。特に柔術を取得しているものが。まさかと思うが、お前か?」


「……うん。この際隠してもね。でも犯罪じゃないでしょ? お互いの習練の為っていう名目でちゃんと合意の下でやってる。お礼として自作の魔具や回復薬だったり強壮剤を上げたりしてね。あ、ちゃんと公式レシピのだよ?」


 どおりで、私達が教えていない柔術を出せるわけだ。あの魔具を使って記憶しつつ身を持って体験して習練していた訳だ。

 ここまでくると、言葉がでない。

 ジルバも口を噤んでいる。


「アキ君、なんでそこまで」


「できる事を出来る時に、最大限できるだけやっているだけだよ」


「そんなに追い詰めて、苦しくないの?」


 シーアさんの問いに、アキが首を傾げた。


「苦しくない事なんてあるの? そもそも、“苦しいだけ”だよ。それ以上もそれ以下もないでしょ? ベストを尽くすのは当たり前だと思う」


 私もシーアもジルバもそれを聞いて絶句した。

 こいつが言っているのは一般的な努力の美学とは違う。

 何が私達とここまで感性を分かつのだろう。私が違うのだろうか? アキの感覚が正しいのだろうか。問うたのはシーアやジルバで、私はその顛末を邪魔しないように横で見て聴いていただけ。

 その会話の一部始終は、私の中の感覚が狂うものばかりだ。


 その後、ジルバの指示でシーアが無理矢理アキを眠らせた。抵抗しようしたところを、恐らく魔具か何かを使って。あっという間に眠りについた。

 アキは1週間そのまま眠りについた。死んでしまったのかと心配になるくらいに静かに眠った。

 後から聞いた話、大事をとって医者を呼び検査してもらったところ、酷く体中が痛んでたそうだ。筋線維はボロボロ、生傷は大量に。

 ただ、経過観察をした上で、いずれも回復はかなり速いらしい。『短期間で筋力も体力もつくはずだ』だとジルバが神妙な面持ちで独り言ちていた。


 それから1か月。

 バウンテンハウス支部長と話をした日から3か月。

 私は無事に試験をクリアし特級認定された。

 そして同日、今、私はアキを何とも言えない気持ちで見ている。

 ジルバもシーアも、複雑そうな表情をしている。

 アキは私と同じタイミングで受けると言った。

 想定よりも早く総合格闘術(総術)認定試験を受けるアキを見に来たトム・バウンテンハウスも難しい顔をしている。

 当初はその意気や良しと笑いながら言った。“最初は上級を”と言われていた筈が、アキは自信満々に特級を受けると言った。

 受かるモノなら受かってみろと言わんばかりにバウンテンハウスは承諾した。


「休みってやっぱりちゃんと取った方が良かったんだね」


 試験場に転がる試験官達。試験場の端には倒されたモンスター達が転がっている。

 総術の特級認定の条件は3つ。

 カテゴリ5に属するモンスターの大型と1対1、中型小型をそれぞれ3体ずつ相手にできる事。

 対人戦闘で5人を一度に相手にできる事。

 そして最後は、現役特級者と戦い勝ち負け問わない審査をしてもらう事の3つ。


「アキ・レミントン。 ……合格だ」


 やってやったと言わんばかりの顔でアキはバウンテンハウス支部長を見ていた。

 体つきは服を着ていても判るくらいには、以前よりも逞しくなっている。

 アイツのストイックさにはうすら寒さを覚える。

 だけど、


「努力の天才、か」


 私は、心の底からアイツの事を尊敬した。


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