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シャバの空気はうまいけど現実は辛い

 目覚めると僕は野原で寝転がっていた。

 ぼうとする頭と、ぼうとする感覚。しばらく僕はそこにいるだけだった。

 風が吹いて、暖かな日差しを受けながら空を仰いでいた。


「で、僕はなんでここにいるんだっけ?」


 ようやく頭が働きだして思ったことはそれだった。

 これまでも研究で根を詰めすぎて、いつのまに眠っていたことは度々ある。

 なんの研究をしていたんだっけ、と追憶するとあのぞっとする記憶が蘇る。

 否、記憶ではない。

 夢だったんだと思おうとしたが、恐る恐る見る手の甲には監視の意味を込めた文字の様な記号が印されていた。ルーン文字っぽいが違うようだ。

 印された時の記憶は鮮明だ。シンプルに監視の効果が付与されていると言われた。

 夢じゃない、やはり事実の記憶だ。

 そこから自分が受けた事に軽く恐怖心を蘇らせてみたり、よくよく考えると野原にポイ捨てとかどれだけ雑なんだと少し苛ついてみたりして、今度は呆然ではなく意図的に気持ちを落ち着かせる。


「嫌になる」


 けど


「有益だ」


 色々とヘビーな出来事が重なったが、拘束されている間に頭の中を整理するだけの時間は十分にあった。朦朧としていたところも多分にあり記憶が抜け落ちているところもあるけども……。

 制約はついたが、同時に自分が求めている事への近道もできた。

 思わず拳を握る。胸の内に充実感が湧く。

 そこで突然、


「おーい!」


 野太い快活な声が聞こえた。

 聞き覚えのある声だった。

 見晴らしのいい野原で、声の主を探すのは容易だ。


「ジルバ、とハナか」


 目立つ巨体の横につく少女。

 どうやら迎えに来たらしい。

 タイミングよく2人が現れた事に、解放された場所はしっかりアイツらの掌の上なんだなと実感した。



 ○



 僕が無事に帰還した後、ジルバ、ハナ、僕はトリアからの外出を禁じられ通達が来るまで待機するようにギルドから命ぜられた。


「ギルドの習練場も悪くはないけど、やっぱり郊外じゃないと思いっきりやれない」


 一通りの基礎習練を終えて、ハナは零す。

 余裕な彼女の横で僕は息を上げている。僕にはこれでも十分なんだけど。

 体術のレベル差が悲しい程に目に見える。まあ、元からか……。


「もう2週間経つのに、まだ駄目なのか」


「流石にもうそろそろじゃないかな」


「窮屈。あんたがやらかすからだ」


「何言ってんだよ。ハナの追手の件も絡んでるって言ってたじゃん。自分だってやらかしてるでしょ」


「そんなの知らない。追われる覚えはないし。どう考えても一番はアンタでしょ」


 ぐっ。言い返したいけど、明らかに僕が不利だ。


「ほらほら、痴話喧嘩はそこまでだ」


「そうやって直ぐにカップリングさせるのはオッサンの証拠」


 現れ様に茶化すジルバにハナが文句を言う。


「そうだな、それもとびきりのナイスミドルなオッサンだよ。さあ、お待ちかねの時間だ。これからトリア支部長に会いに行く。準備はいいか?」


「習練後だから汗が」


「お、ハナもそんな恥じらいがある女のぐふぉおっ!!」


 おっさん……。


「シャワー浴びてからでいい?」


「あ、ああ、早めに頼むぞ」


 ふん、とハナはジルバの横を通り過ぎる。

 僕はハナの背中を見送り、そして悶絶しているジルバと目が合う。


「大丈夫さ。娘で慣れている」


 おっさん……。

 別に心配したわけじゃなかったんだけど。

 とりあえずサムズアップをしてみると、へへっと笑いながらサムズアップしてくるのだった。


「やあ、忙しいところ申し訳ないね。私がトリア支部長のトム・バウンテンハウスだ。以後よろしく頼む」


 支部長執務室にて軽快でダンディな挨拶があった。

 ジルバより小柄で、それでいて筋肉隆々で、歴戦の戦士である事が判る居住まいだった。


「ジルバの愛弟子と聞いている。本当は交流会と洒落込みたいところだが、生憎今回はギルド本部上層からのお達しが絡むオフィシャルなものとなる。時間はとらん様にする。その代わり心して聞いてくれ」


 支部長を名乗る目の前のナイスミドルなオッサンは表情、声色、口調からフランクな性格を滲ませ緊張感を解しながらも、空気はしっかり締める。

 単純に、“ああ、大人だな”と感じた。


「さて、ジルバから何となく聞いているだろうし、当事者だからそれぞれ察しているだろう」


 さて、どっちから話そうか、と僕とハナを交互に見ているが、わざと間を作っている様に思える。


「まあ、じゃあ話がシンプルな方から行くか。嬢ちゃん」


「なに」


「こら」


 ハナの態度にジルバが口を挟むが、トムが片手を上げて制す。


「若いころはそれくらいでいいだろう。さて、端的に訊くが君の父はゲイルス王国の伝説的英雄ブラッド・グリントの娘という事で間違いないか?」


「……そうだよ」


「虚偽はないな?」


「本当だよ、嘘なんかつくか」


 あ、少し苛ついたな。


「先日の君の追手の事だが、心当たりはないか?」


 先ほどの即答に反して、少し間が空く。……ハナ?


「……まあ」


「歯切れが悪いな。正直に言ってくれ。今後の動きの為に正確な情報が必要だ」


「なんもないんだろう? そういっていたじゃないか」


「……す……、ら……い」


 消え入る声。ハナはトムから目線を外してバツが悪そうな顔をしている。まさかお前……。


「ん? なんだって? すまないがもう一度頼む」


「こ……」


「こ?」


「心当たりがあり過ぎて、わからない……」


「お、お前……」


 僕とジルバの声がハモる。言ったのは2人なのに、ハナは何故か僕を睨み足を踏む。

 なんで? 痛いし。


「ハナ、お前俺には身に覚えないって」


「僕にもそう言っててててててでで」


 踏みつける足に更に力と体重を乗せるハナ。

 骨が折れる、歩けなくなる!


「はははは、君は随分と腕白なようだね。そうか、君に恨みや怒りを覚えている者はいなくはないのか」


 苦笑いを零すトムは、咳ばらいを一つ。緩みかけた空気がまた締まる。


「ハナ・グリント。君は護衛対象に認定された。ゲイルス王国とその他の国との国際情勢上、中立機関である本ギルドは君ら家族を保護する。適用される法律の諸々はこの際省略させてもらおう。母親のところには既に腕利きが向かっている。安心してくれ」


「……は? 何言ってんの? 勝手な事抜かすな!」


「君は、自分の素性を理解しているのか?」


 ゲイルス王国の英雄については調べた。

 数々の戦で輝かしい武勲を誇る王国始まって以来の天才。

 ゲイルス王国近衛第1聖騎士団長、後の王国統合近衛軍団長を若くして務めた男。

 9人の魔法使いばりに伝説的な人物だ。世間で言えば9人の魔法使いよりも現実的で身近な伝説。


「英雄の娘であり、ゲイルス王国の王族の末裔。母の旧姓はリュエール・デ・ゼトワール。正真正銘の王族だ。ハナ・グリント、君は政治的カードに成り得る存在だ」


 は?


「は?」


 ハナを見るが、ハナはトムから視線を外さない。

 ジルバに目線をぶつけると直ぐに気づいてくれた。


「悪いな、立場上俺も調べて事前に知ってたんだ」


 ああ、まあ、そうだよね。うん。むしろ僕が知らなくても不思議じゃないし。


「でもこんな粗暴な女戦士がお姫さヴァ」


 喋ってるときに殴るのはやめてほしい。なんかこの間の尋問でこの手の痛みには慣れたけどさ。

 ていうか、すげえ、こっちを見ないでクリティカルに殴ったの? 目線はトム支部長に合わせたままだけし、シリアスな空気が崩れない、様に見えなくもないけど……。

 でもトムさんが少しだけ苦笑している様に見える。堪えているんだなと思うとやはり大人だな。


「君を追う者の正体、狙い、規模が判らない以上、君を野放しにすることはできない。判ってほしい、ここ最近のゲイルス王国は明らかに動向がおかしいんだ。王国内のギルドも強制閉鎖に追い込まれかけているくらいだ」


 ハナの表情は、何とも言えない。怒っている様にも思えるし、悲しんでいる様にも思える。

 この話の流れは、ハナの自由が奪われる。

 父親探しができなくなる。すなわち母親を喜ばせる事が、安堵してもらう事が出来なくなる。

 志が、半ばで潰えてしまう。

 目下の大きな目的を取り上げられることになるんだ。

 僕に当て嵌めたら……、僕からしたら……、一気に生きる目的を取り上げられたことになるなあ。

 と考える、話の流れを察するにハナの心境を幾らか知る事が出来た気がする。

 何故だか僕も心持ちが重くなっていくような気がした。

 トムが、だがと加えて、


「将来有望な若者を遊ばせておく訳にもいかないぐらいには色々と平和ではない。……情けないがな」


「ハナ・グリント。君の実績・評価、治安維持部長かつAAランクギルダーのジルバ・フォードの推薦を加えて、君をギルダーズランクCと認定した上で、一般ギルダーからギルド職員の正規ポストを用意しているんだが、どうかな?」


 ハナはぽかんとしている。口が半開きだ。


「もしこの話がお気に召してもらえないのなら、恐らく君が想像している通りで私達は裏方で君を守らなければいけないので、生活圏と生き方を制限しなければいけなくなる。

 だけども、今の条件で問題なければ我々と君と正式な絆を約束する事になる。

 我々は組織人であり、共に働く者は仲間であり互いに守らなければいけない。そうだろう?」


「え? あ、はあ……」


 珍しい。ハナがたじろいでる。


「我々にも職務規定や信条、理念、目的、在り方がある。その中でなら君は自由であり私達は君を守れる」


 ああ、駄目だ。ハナが見るからにパンクしてる。

 このオッサンも癖が強いなあ。喋るのが好きなんだろうな。


「まあ、あれだ。ギルドの正式な職員になれば、お前さんは自由を奪われる事もないし、ギルドの大義名分と国際条約の下で正式に守れるから仲間になれってことだ」


「あ、ええ? なるほど、それなら何とか理解できる……」


 ホントかよ。怪しいモノだと思うけど。

 けどジルバのオッサンがこんな的確に簡潔にまとめるとは、なんか驚きだ。


「アキ。わかるぜ、失礼な事考えているだろう?」


「ううん。考えてないよ」


 ジルバが怪しく口角を上げている。


「まあまあ、ハナちゃん。そういう事だよ。どうかな? もちろん、ちゃんと待遇の事や職務内容の事を話したうえで決めてくれれば良い」


「……そうだね、とりあえず話を聞いてみるのも悪くない」


「了解、じゃあまた後程詳しく話そう。ジルバ、諸々の資料の準備よろしく」


「あいよ」


 ああ、何だか平和的に話がまとまりそうだ。良かったね、ハナ。

 さて、恐らく次が。


「さて」


 トムが手元の水の入ったコップを呷る。


「次が君だね」


 トムの先ほどの柔和の笑みが、不敵なものになる。背筋に寒気が走る。


「君、わかってるよね?」


 何を、ですか?

 冗談でもそんな事は言えない、そんな圧力を感じた。男の子には厳しいタイプかな。


「先に言おう。ジルバが君とした二つの約束は守れない」


「と言いますと」


「一つ、厄災のサンプルは公的な管轄にある。一般人の君には渡せない」


 ああ、あの時の約束か。その後のイベントが濃すぎて忘れていた。

 まあ、想定していたし貰えたらラッキーぐらいだった。

 本命はもう一つだ。だけど、今の調子だとダメってことなんだろうなあ。

 なんでも近道できる訳でないしね。しっかり地道にやりなさいということだ。


「一つ、君には無期限のコーダー試験受験禁止を命ずる」 


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