旅立ちの洗礼
昼前の麗らかな日差しが、森に入ると木漏れ日となってちらちらと輝く。
干し草の山の中腹で、僕は馬車に揺られながら空を見上げていた。
二次大厄災の騒乱から、今回の旅立ちまではあっという間だった。反対を押し切って、最低条件を満たして、準備して——。
「坊主、どこまでだ?」
「トリアまで」
「そうかい、乗ってくか? 丁度俺もトリアに行くんだ」
そんなやりとりで、通りすがりのお爺さんに拾ってもらってから3日目。夕方前にはトリアに着くらしい。
僕は馬車に揺られながらたまに爺さんの話し相手をし、野営の準備を積極的に手伝って、馬の世話をした。
馬の気質は故郷の馬に似ていて仲良くなるのに時間はかからず、すぐに懐かれた。
爺さんとしては、強いて見返りを求めるとするなら、それで充分だと言う。
「俺はな、自慢なんだが昔は腕がたつと評判でよく高ランククエストの依頼が来たもんだ。今のランク制は変わっちまって、今でいえばどれくらいかは判らんがな」
憚らず自慢されるも、嫌な気もせず僕は相槌を打った。
引退時期は人によって違う。武術家や剣豪なら生涯現役を謳う事もある。
朗らかに笑い優し気な目で笑うお爺さんからは、そういった覇気らしいものを感じず、何となくだけど現役バリバリだとは思えなかった。
「今でも高ランクじゃなければクエストを受けられるかもな」
うははははは、と笑いながら言う。ホントか嘘かは分からない。
もし戦闘が必要なら僕がやるよと言うが、お爺さんはもし見返りでというなら気にしなくて良いと言う。
それでも——。
「お爺さん、下がってて。これくらいのモンスターなら僕でも対処できるよ」
「しかしなあ」
「まあまあ。恩返しの一部だよ。休んでて」
僕でできる事なら、できるだけ恩は返したい。
さっきの会話してからそんな経たない内に、そいつは呼ばれた様に現れた。
「気をつけてな」
「うん」
牛系統のモンスター、レッドバイソン。
普段は自ら人間を襲いに来るタイプではない筈だけども……。
群れからはぐれたのかも知れない。群れからはぐれたパニックの所為か手負いの所為か、あるいは両方か。レッドバイソンは少なくとも興奮状態にあった。
つまり、僕たちにとって危険だ。レッドバイソンは僕らの事を威嚇している。引き下がる様子もない。
大事をとってお爺さんの前に物理攻撃に耐性を強めた魔素シールドを展開する。
「ほお」
背後からお爺さんの感心する声が聞こえた。
警戒はしていたけど、シールドの展開に刺激されてレッドバイソンが突進してきた。
魔術コードを書いたカードを地面に置き発動すると、淡い光を発しながらあっという間に土でできた厚い壁が僕とレッドバイソンの間に現れ、突進を受け止めた。
僕は壁を飛び越えてレッドバイソンの背中に乗り、今度は両の掌の魔術コードを発動させる。
「ごめんね」
両方の側頭部に掌を当てて、衝撃波を発生させると、レッドバイソンは泡を吹き糸が切れたようその場に倒れた。
「慣れてるなあ」
「僕の地元でも生息してたからね、慣れた相手だよ」
「見事見事。肉付きの良い奴だ、今日のご飯は豪勢に行こうか」
「やった、ありがとう」
緊張はしたが、無事に事なきを得て食料もゲット。余った素材や食材はトリアに着けば売れるだろうし、嬉しいおまけだ。
「だが」
お爺さんが声色を変えて一言場に落とす。緊張感を孕んだ声質だ。
「お客さん方を相手してからだなあ」
「え」
僕は気づくのが遅れた。
お爺さんの視線につられて振り返ると、眼をギラギラさせた男たちが何人か武器を手に持って近づいてきていた。
旅立ち早々に相次ぐ災難。旅とはこういうものだと誰かに言われている様な気さえする。
旅立ちの洗礼か、と胸の内で呟いた。




