証人喚問という名の尋問 1
2週間前、ここは世界の中心だと告げられた。
地図上の“始まりの円環”と呼ばれる領海の境界線上を巡回するように浮遊する大きな島。
9人の魔法使いが一般人の中で御伽噺や神話で終わりそうで、そうならない所以。
その作り話の中でも世界の中心と9人の魔法使いは密接な繋がりがある様に書かれる事がほとんど。
その世界の中心が薄っすらと昼間の月の様に見える事は珍しい事ではない。
だから、世界の中心を見かけ、9人の魔法使いの噂を聞くことさえあれば、神話などの架空の登場人物に近いが、どこかで実在する者であるという認知に留まる。
そんな9人の魔法使いだから物語の中では、様々な書き方をされる。秩序を守っている、というのが僕ら一般市民にとって馴染みの深い彼らの役割。
そうそれは飽く迄、役割なのであって、実際の人間性等の話は別なのだ。
そもそも人ではないかもしれない、と言う噂もあり創作物において作家たちは想像力を働かせている様だ。
「アキ・レミントン」
僕は控えめに言って恐怖でしかない。
身体中が痛む。口の中は鉄の味しかしない。もはや頬の内肉なんかはぐずぐずで常に感覚が鈍い。意識がたまに飛びそうになる。
「最後の喚問だ」
喋る事はない、と言おうにも言う気力もないし口内がボロボロで喋れない。
“さいご”と言うのはどういう意味なのだろう。最後なのか最期なのか。
考える事すらやっとなのだ。その少ない気力を思考に費やしていると、急に暖かな光に包まれた。不思議な感覚で、ぬるま湯の上に浮いて漂っている様な感覚と、引いていく痛み。
治療……“魔法”?
「時間は少しある。飯を食え。安心しろ、毒はない」
掌を返す対応。なぜ急にこんな待遇を?
僕は二つの嫌疑をかけられた。
一つは、“世界の理”を逸脱した疑い。
もう一つは、悪魔を召喚した疑い。
いずれも、この世界の生きるモノ全てに適用される“世界の理”は、僕たち人間が普通に生きていたら基本破られる事の無いモノだそう。
故に、“世界の理”なんて単語とその定義を知る事はなく生命を終えていく。
わーい。僕はそんな知識と経験を得られてラッキーだな! なんてなる訳ない。
床で固まっているモノから、まだ流動するモノまで全て僕の血だ。
生きている事が不思議だ。
10日ぶりの食事は、うまく喉を通らなかった。
「30分後だ。それまでに食っとけ」
5番目はそう言って部屋を出て行った。
僕は不審さと恐怖と憎しみが入り混じる思いで、彼の背中を見送った。
○
「これより4度目の証人喚問を行う」
場所は裁判所の様な部屋。異様な圧迫感は不快でしかない。
皆それぞれ仮面を被っている。
僕の前に並ぶ9人が恐らく9人の魔法使いだと思う。内一人は5番目だ。あの仮面の印はもう覚えた。
その後ろの高所には7人の影。
シルエットしか見えない。後は僕を囲むように幾人もの人影。
「今回のアキ・レミントンの嫌疑は、世界の理からの逸脱と、その中の悪魔召喚という禁忌のひとつを犯したこと。異論は?」
沈黙。
「ならば進行する。今日まで調査及び情報収集を行い、彼の者の処遇を決めるだけの証拠が集まった。それについて、当該被疑者への質疑応答をこれより開始する。異論は?」
また沈黙。
「進行する。まずは状況を確認する。アキ・レミントン。貴方の使用したものは魔法ではなく、精霊言語による魔具である事。加えて、それは厄災を討つ為の技術であるという主張に相違はないか」
「ありません」
「先のトリアでの厄災出現時に出現した悪魔は貴方の召喚ではないという申告。これも相違はないか」
「ありません」
「精霊言語の他に使える言語は、妖精言語、錬金言語、機甲言語で相違は?」
「過不足も相違もありません」
「次いで、ロードリック・リリーホワイトに問う」
呼ばれて立ち上がったのは5番目だった。どうやら、9人の魔法使いにも名前があったらしい。他は知らないけど。
「彼の者を尋問した結果を発表しなさい」
「はい。まずはかねての報告通り。悪魔との契約は、血のモノも魂のモノも認められませんでした。極限状態まで追い詰めた際も、手元にある映像資料とリアルタイムで飛ばしていた映像通りです。いずれも相違のない内容ですがね。44の結界術と、108の破魔術を検証しましたが、はっきり言ってシロです。もとより召喚の思惑すらないと言えます。そして、魔法に関してもやはり権限は持っている様子はなく、“それ”に準ずるものも該当しませんでした」
と言うのは? 僕は潔白だといっているのか。
当然だ。
問答無用で連れて来られ、身体の隅々まで調査され、挙句の果てには生死の境を彷徨うレベルで痛めつけられた。こんな理不尽があるだろうか。
しかも、何だか僕にはわからない様に巧妙に情報が伏せられている様だ。
「わかりました。次いで、オリアーナ・シーリー。彼の魔具とコーディングの解析結果を発表しなさい」
9人の魔法使いの中の1人が入れ替わりで立つ。
「はい。彼の魔術コード定義書、使用言語のコードの解析と、実際の魔具発動時の術式をホワイトボックス化する事に成功しました。結論は、グレーです」
白衣を纏っている細身のその人は、女性だった。
「グレーとは?」
「はい。限りなく魔法に近い魔術コードです。正直、前例はありません」
「想定される実害は?」
「はい。彼だけがこの魔術コードを使用する分にはいいでしょうが、もしこれが普及し始めたら世界の理の禁足事項に抵触します。もっとも、この技術を操る事が出来る者がいるかはまた別ですが」
「なるほど。その魔術を使用禁止させることは可能ですか」
「はい。可能です。技術自体を封印するか忘却させることも含め可能です。ですが、推奨しません」
「理由を述べなさい」
「現状では、世界的に対厄災の技術は理想水準よりも低いです。技術共有はできませんが、監視下に置き、出先でのトラブルに積極的に対応してもらう分には、些かながらも被害は減らせると考えます」
「ふむ。一理ある。今の提言は一度保留する。最後に決をとる。次いで、調査団長チョウ・アサーダに問う」
「はっ」
今度は横の列から人影が立った。
「各方面の聞き込み調査の結果を発表しなさい」
「手元の資料№11の通りです。現場に居合わせた不特定多数の統合防衛協会に属する者及び国軍兵士、周辺にて居合せた目撃者4人、第21から第26までの天空観測所、避難民を含めた不特定多数の一般人より情報を収集しました。証言は合計で512件、虚偽審査は実施したものです。結論はシロ。彼の証言通り、悪魔は厄災の体内より出現したもので間違いありません」
ここに来て初めて知ったけど、僕らがギルドと呼ぶ組織の正式名称は“統合防衛協会”と呼ぶんだそう。昔に冒険者ギルドだとか警防ギルドだとかの役割が類似するギルドが乱立していたものを統合し、各ギルドの存在意義だとか性質や効果を練り合わせて今に至るらしい。
結局、一般人からしたらギルドとギルドを足してなんかのでっかいギルドになったけど、結局今までより出来る事が増えたぐらいの違いだろうという事で、何々ギルドではなく、諸々を包括して“ギルド”と呼ばれる様になったんだそう。
僕は勝手に冒険者ギルドの略称だと思っていた。
意外と変なところが柔軟で、ちょっと屁理屈を言えば多少の回答は貰える。これも何気に知っていて損はない知識だ。
まあ、それらを訊けたのも最初の内だけで、尋問がきつ過ぎて後は訊く気力は起こらなかった。




