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ハナ・グリントの災難2

 落ち着いたころには、本当に衛兵が到着しかけていて私は逃げ出した。

 酷い目にあったと宿への帰路につけば、夜の蝶達が私にお節介を焼く。


「あら? あなた、どれだけ香水をつけたの? やあね、初めて使ったのかしら?」


「付け方を教えてあげるわ。手首に少しつけて、って本当に酷い匂いね……」


「どれだけ張り切ったのよ」


 私と蝶達は割と距離があるのに、この言われようだ。


「違う。そんなんじゃない。ほっとけ」


 嫌でも慣れてきて、そこそこ麻痺してきても酷い匂いなのは変わりなかった。吐き気がするほどに。

 絶望したのはその後で、宿から入室拒否されかけたのだ。口論の末に今晩は部屋から出ないでくれと懇願され、なんとか一泊はできたが翌日はチェックアウトを強制された。

 少し粘ったが、ならば部屋の中を丸々弁償するかと迫られ渋々出て行った。

 まだ一泊程度ならクリーニングできるかもしれないが、それ以上になるなら寝具などの弁償を前提にしてくれと言われた。

 それでも寛容な対応だったかもしれない。

 最後の宿屋で、夜も出発の朝にも湯浴みをし、服も洗ったが臭いは落ちなかった。

 その後の行先はことごとく拒否。悲惨なのは、昨晩のあれが悪臭事件として話題になっていて、その時の強烈な匂いをまき散らしている奴がいると通報されかけて、私は郊外に逃げ野宿を強いられた事。


 湖で一生懸命に何度も体と持ち物を洗い臭いが取れてきて薄れたころに、それが蒼月花だと気づいた。

 ちくしょうが、結構好きな香りだったのに。

 その後に、私を悪臭地獄に落としいれたアキというクソ野郎と再会を果たした。

 怒髪天を衝いた私は、もはや何度殴り倒しても気が収まる自信がなかった程。

 しかし、その後にまたアキに助けられた。色々あって正真正銘に手助けされ、怒りもあるが何とも言い難い状態になってしまった。


 その後に、縁があって治安維持部長であるジルバとアキとパーティを組むことになった。

 不思議なのは、あの逃走劇の際にアキが私に追いついた事から、そこそこ身体能力はあるのだろうと思い込んでいたが、てんで駄目な奴だった。

 不思議な魔術コードを使って身体能力を強化しているだとかで、もともとの素質は酷い。

 総術は中級認定らしいが、嘘だと思った。

 普段の習練は彼の基礎体力向上等を併せたものが多く、それを踏まえて連携の習練もした。


 しかし、魔具が異常だ。

 魔具は上等なものだと高価で貴重なので、いわゆるハイエンドクラスを見る機会は今までない。

 ミドルレンジクラスまでは見たことがある。ミドルレンジでも高価な事もある。

 アキは自分が普段使う魔具はミドルレンジまでだと言っていた。だけど、実際はミドルクラスの魔具には思えないモノばかりだった。明らかに“それ以上”なのだ。


 ドラゴンを相手どった時も、カテゴリの程度はあれどドラゴンの鱗の鎧を通すには、それなりの威力が必要だ。

 ジルバはギルダーズランクAA。最高のSから2つ下だ。彼がチームリーダーとしていたから、受けられたクエスト。

 私やアキには度が過ぎた相手。ジルバは、アキの魔具と自分がいれば前衛と後衛のバランスは何とかとれると言った。

 なぜ彼の魔具をそこまで信用できる?

 最悪の場合は俺が殿をすれば逃げる事もできるし行ってみるか、と勇み足に引き連れられて3人で戦った。


 私の攻撃は鱗を通すことはできなかった。出来る限り肉質の柔らかいところを狙いながらではないと、ダメージは通らない。

 これが私とドラゴンの1対1でも無謀も甚だしかっただろう。生きて帰れる自信も希薄。

 私より身体能力が格段に低いアキは、同じ条件下でなら生存率は私より下だ。

 だから、アキの魔具の事をそこまで知らない私は、バッカーとしての実力も低いモノだと思っていた。


 が、しかし。

 あいつの使う魔具はおかしい。一般で販売されているモノとも、他の冒険者やギルダーが使うモノとも似つかないのだ。

 ドラゴンの鱗を穿った数々の魔具。形状や性質はいずれも私のこれまで見たものとは違う。

 とは言え、私自身が旅を初めて間もないし経験だって浅い。私が知らないだけで、この界隈ではよくあるものかもしれない。

 だから、あえてあまり突っ込んで聞かなかった。

 本当に自分で作っているのかすらも疑っていたが、補充している時に作っている様子を見て信じざるを得なかった。


 奴が言うミドルレンジは、ハイエンドだろう。


 少しして、私はそう結論付けた。

 よしんば技術は確かでも、あの規模と威力がミドルレンジと言うのは飲みこめない。

 ギルドへアピールするために見栄を張っているのかもしれない。

 アキを陥れたいとかではなかった。

 どうしても知っている現実と、アキの示す水準のギャップを埋めるための判断材料がなかった。

 気づくとそんな風に疑心暗鬼になっている自分がいた。



 私は、アキの攻勢が開始されて直ぐの魔具の出力に言葉がでなかった。

 厄災の出現までの猶予を聞いて、参戦にこぎ着け、お手製の魔具を使わせろと言って、ジルバがそれを承諾したところまで、私は流れに半分ついていけなかった。


 大厄災と対峙した事がある? その時の事を基に研究して作った自分の魔具に自信があるから使わせろ? 

 何を言っているんだ。

 出現までの猶予を確認し、ギルドトリア支部の魔具を一通り確認すると、恐ろしい程の手際で改造し始めた。

 普段の早さとは全然違う。

 そして、ついに厄災と対峙。

 私は厄災を見たのは初だった。地域によって厄災と縁がないところはとことん無いし、大厄災の出来事をどこか御伽噺の様な感覚で聞いていた。

 邪悪なものを寄せ詰めて生まれたかのような異形。禍々しいとしか言い様のないその姿。

 ジルバは毅然としているが、緊張している様子は見てわかる。

 そんなジルバからアキの事を頼まれた。


「ああ、まかせて。最悪失神してもらうよ」


 こいつはとりあえず、冷静に猪突猛進するタイプだ。

 通用しないと分かった時点で、本当に失神させて撤退するつもりだった。

 とは言え、


「私は何もできないからな。手伝えることがあったら言ってくれ」


 私だって指をくわえて見ていたいわけではない。

 魔具の事はよくわからないが、役に立つのであれば手伝いたい気持ちは間違いなくあった。

 私もジルバも近接戦重視だから、最初の防衛でできる事は殆どない。

 特に今回は厄災。近接戦でできる事は私にない。


 だからせめて、手伝えることは手伝って、何かあればジルバの言うとおりアキを連れて逃げるつもりだった。

 ——それが。


 厄災の巨体を隠すほどの炎柱が幾つも立ち上がった。あれは本当にアキが用意したものか?

 改造前がどれほどのものかは知らないが、こんな規模の魔具が存在するのか。

 離れている筈なのに、ここまで熱を感じる。

 その後の眩い光の後、いつかドラゴンに使用したものに似た巨大な雷が厄災を射貫いていた。

 計画通りにいかなかったみたいだが、なんとか発動させた様子だった。余程の大規模な魔術らしく、弾かれる様にアキが飛んできた。

 魔術の発現を見る前に、アキに駆け寄って心配してみれば、あいつは術式に問題ないと言ってきやがった。

 手は皮膚が裂けてボロボロで血も出ているし、アキの身体が大丈夫かというつもりで訊いたのに、あいつはそ自分の事を心配されている事に気づいていない様で、きょとん顔に腹が立つ。


 アキはジルバの手を借りて立ち上がった後、厄災がいる方を見てため息をついている。

 そういえば3番目の術式はどうなったのだろうと、見てみれば3番目の魔具は尚異質だった。

 地形が変わる程の干渉がなされて、大地から大きな槍が幾つも発現し、厄災を突き刺していた。

 アキは涼しい顔をしていた。想定内だと。魔術の規模も威力も、厄災へのダメージの程度も、全部想定内だと言いたげだった。

 私は怖くなった。いつもの柔和さを感じる少し上がった口角はそのままだ。でも目つきは、鋭く凍てついている。


 魔具のハイエンド、というのは皆あんな威力を出せるのだろうか。

 魔術コードはあそこまでの威力を発揮できるものなのだろうか。

 才能や努力という枠組みの中で、あんなものが生みだせるものだろうか。


 私は正直、戦慄していた。アキになのか、あの魔具になのか、厄災になのか。

 わからない。処理が追い付かなかった。


「2人とも下がってて」


 そういって次の発動準備を始めたアキ。

 その規模は先ほどの規模ではなかった。

 アキの頭上に巨大な陣が出現した。アキの足元にある陣と酷似している。厄災も巨体だが、この陣も相当にデカい。

 そんなのが、左右に分身していき最終的に5個並んだ。こんなデカい術式を使って、一体何が起こるのだろうか。


「発動!」


 アキが両手で狙いを定める様にして、最後はそう叫んだ。

 陣に光が集約され、蒼とも紫ともとれる発色で輝きを強めていき、音もなく太い閃光が走った。5個の陣から同じ閃光が走り厄災に照射される。

 耳を劈く叫びが響いた。相当な熱量を持っているのだろう、厄災の身体から煙があがり赤熱している。

 ここに届く熱が、先ほどのファイアウォールよりも凄まじい。


 厄災は暴れるが、大地の槍でうまく抜けられないらしい。されるがままに照射されている。

 意外にダメージを負っているのか、段々と抵抗が弱弱しいモノになっている。

 また咆哮があがるが、先ほどの比ではなかった。

 いけるかもしれない。


 そして、厄災は最後に鋭い叫びを上げて倒れながら、盛大に青の体液を上空に噴射して地に伏した。


「お、おおお! やったか!」


 ジルバがそう叫ぶと、遅れて後ろからも喜びを込めた雄たけびが上がった。

 なんだ、私の出番なんてなかったじゃないか。

 気づけば私はそう安堵していた。上空の陣が消えていくのを見て、あっけなく事は終わったのだなと思った。


『——————っ!! ———!』


 唐突に。聞こえた、というよりは頭の中で響いたという感覚。

 目の前で頭を押さえてよろめくアキと、険しい顔で頭を抑えるジルバを見ると私だけではないらしい。

 後ろにいる皆も各々訝し気に反応していた。


『ああああ、ああああ。こんな感じか? まったく人間語なんて何百年振りだろうなあ云千年か? まあ、なんでもいいか』


 寒気が走る。なんだ? この声は一体なんだ? 人間の様に言葉を発しているが、人間の声なのか? 身体の芯を震わすような不快な声。

 どこから発せられているのか視線を走らせると、厄災が倒れている場所の上空に何かがいる様子が見えた。


『ふひゃひゃひゃひゃひゃ! いつ見ても間抜けな顔するよなあ! んんん~、いつ嗅いでも人間界はくっせえな、おい』


 意味不明だ。亜人? しかしエルフにもドワーフにも見えない。鳥人族とも違いそうだ。


『今の魔法を使ったのはそこの坊主か? なあんだか、こっちきてから魔力らしい魔力も感じねえからよお。人間ちゃん滅んじまったのかと思って心配だったぜ。だがあ、こんだけ魔力が無いのを見ると、そりゃあ俺達も呼ばれねえ訳だあ、な?』


 いつ間にか、そいつは目の前にいた。アキの目の前にいた。遠くに粒程度にしか見えなかったそいつの姿が、鮮明になった。

 人間のシルエットは持っているが、顔も体も細長く、目は白目もなく真っ黒で不気味な光沢を放っている。牙は鋭く、裂けている様に不自然な程高い位置にある口角。

 肌は青白い。黒い刺々しい翼がある。まるで本に出てくる——。


「そおだあ! ご名答だ、お嬢ちゃあん! 俺は、ああ、いわゆる悪魔さ! もっとも、本よりも現実の悪魔の方がカッコいいだろうがなあ」


 私は声に出していない。心を読み取られていた。なんだこいつは。

 脚が震える。冷汗がでる。人の形をしているのに、勝てる気がしない。


「ふふふふはは、無理無理。戦うなんてやめときなア。俺は戦うつもりはないんだよ。坊主、お前だ。お前に用がある」


 誰も動けない。誰も喋れない。私はいずれもができる事自体を忘れているかのように、その場を動けなかった。


「お前、俺と契約しろ」


 地を這うような低い声で、おぞましい声と言うのはこれだとお手本を示す様なその声で、そいつはただ一言、そう言い落した。


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