大規模攻勢防御
そこは以前に番のドラゴンを討伐したところだった。
街の防壁に重なって大規模魔素シールドが幾重も展開されている。ギルダーが前衛に立ち、国軍の兵士達は後方で陣をとり住民たちの非難を優先していた。
大規模な陣になる以上、各国への影響も配慮すると対応は段階的だ。国軍が動くときは最終フェイズ、すなわちギルドの戦力が壊滅した時だ。
観測された歪からは、厄災のエネルギーの波長が改めて確認されている。
「でかいな」
遠めに見ても、空間が歪んでいるのが判る。既に一本のヒビが見えている。
「大厄災程じゃないよ」
半分は虚勢も入っていた。怖くないと言ったらウソだ。2年前に恐怖を存分に味わっている。もう半分は実際に“大厄災”に比べたらと思ってもいる。
厄災は世界的に見れば頻繁じゃないにしても、珍しくはない。
しかしながら僕の人生で関わったのは大厄災のみ。運がいいんだか悪いんだか……。
「頼もしい奴だ」
僕のこの恐怖と緊張が伝わっているかはわからない。
ただ、がははと控えめに笑うオッサンも、流石に緊張している様だった。
「厄災は何度目?」
「5回目だがあまりいい戦績ではないんだ」
「すごい。僕は良くも悪くも大厄災の1回だけだから、オッサンの方が対厄災は慣れてるね」
「言ったろ? いい戦績はないんだ。人数や物量にモノを言わせて何とか撃退している程度だよ。犠牲が尽きない」
「そう、お互いに辛酸をなめてるんだね」
「ふははは、誰もがそうだろうよ」
「うん。間違いない」
「お前の歳を時折忘れかけるよ。いい意味でな。ああ、なんか緊張が和らいだぜ。それそうとハナよう、何かあったらアキを連れて直ぐに離脱してくれ」
「ああ、まかせて。最悪失神してもらうさ」
任せてじゃないよ。どいつこいつも、お手柔らかに頼むよチクショウ。
「……僕のハイエンドは光、土系と純粋な魔素エネルギー系の、高出力な中範囲攻撃魔具と、結界系魔具。改良版ファイアウォールの継続時間は180秒。それを併せて4段階で先制攻撃を仕掛ける。最初のファイアウォールで進路誘導、2段階目で遅滞攻撃、3段階目でダメージの蓄積と拘束、4段階目で最高出力をぶつける。僕の手札はそれで全部。あとはみんなが持っている強化した魔素粒子砲」
「わかった。後は俺たちに任せろ。疑う訳じゃないが、本当にお前ひとりの先制攻撃で想定耐久値の半分は削れるんだな?」
「うん。あくまで推定だけどね。これまでの僕の働きを信じてとしか言えないけど」
「よし、任せた」
「私は何もできないからな。手伝えることがあったら言ってくれ」
「うん。ありがとう。大丈夫だよ。一通りは揃えたから」
想定活動範囲は抑えている。ファイアウォールで行動範囲を誘導して、南側のトリアルートではなく北西のルートへ仕向けギルダー本陣で迎え撃つ。
トリアルートまではファイアウォールの他、トラップ系大型魔具の設置と予備軍が構えている。最悪のケースではトリアの手前で国軍が迎え撃つ。だが大人事情でそれはあまり好ましくないとされる。
「エネルギー波に大きな動きあり。そろそろです」
「総員! 構え! 死ぬんじゃあねえぞ!」
「応!!」
集団の呼応には圧倒される。士気高く、誰も怯えている様子はない。
流石オッサンだなあ。
頼もしさを感じつつ、1キロ先の歪を見据える。光が弾ける様子が見えた。
歪からヒビが走り空間が割れる。まるで窓ガラスが割れる様に、遠くに景色が浮かぶその空間に穴が空く。
刺々しくて、細い筋肉質に見える腕が1本突き出てくる。
1本目、3本目と出て、ついぞ現した姿は6本腕と4本足の化け物。尻尾とも触手ともとれる2本のそれ。その異形。頭はない。眼もないように見えるが、禍々しい牙がいびつに並ぶ丸い口がある。
「点火装置!!」
僕が叫ぶと、奴も呼応するように咆哮した。ガラスとガラスをこすり合わせた音に似ている。耳をつんざく音とも声ともつかない咆哮。異形。絶望を体現しようと思えばこんな化け物になるのだろうか?
大厄災よりは大分小柄だが、それでも全高20メートルは超えているだろう。
「準備完了!! 点火!!」
白色の炎柱が一瞬で何本も立ち上がる。中位ドラゴンですら数秒も身を当てれば炭化は免れないだろう。その数本は厄災の視界からトリアを隠す。
こんな高コスト、高出力、高リスクの魔具を使うなんてこんな時じゃないとできない。
ギルドが所持している魔具のランクが高めのおかげで、改造を加える程度でここまでの数を用意できたのは幸いだ。
直撃はしなかったが、至近距離にいるだけで熱によるダメージとストレスはある。
苦しむように少したじろいで、厄災は思惑通りのルートにそれ、僕らの方に向かって進路をとった。
「よおし!」
オッサンが吠える。
「第二段階へ移行。手筈通り、念のためにできるだけ光は直視しないでね」
「問題ない。事前に通達済みだ」
「了解。ありがとう」
起動装置になるボード型の小型魔具にタイミングを計らって微量の魔力を流し込む。そして起動。
厄災の周囲の地面から13本の黒い円柱型の丸太程の棒が射出された。
第二段階での主役のユニットだ。バランスをとるためにいずれも高速で回転している。それらは最高高度に達した後、各ユニット同士が紫電で繋がる。
細かく幾つもの小さな弾ける音がしたかと思えば、細い電流が徐々に集約されていき、最後は数本の太い雷となって厄災を貫いた。
厄災の悲鳴が雷の轟音にかき消され、辺りは眩い光に包まれる。
ユニットは何度も明滅し20秒程放電が続いて、各ユニットの出力が弱まるにつれて回転が穏やかになっていく。
1つ落ち、2つ落ち、6つ落ち、ユニットが欠落していくごとに雷は弱まり、最後は全部落ちた。
厄災がダメージを確実に負っているのは明白で、焦げた個所から煙を上げ少し弱弱しい声を上げていた。
そこであまり良くない事態が起こる。ファイアウォールが予定稼働時間よりも少し早く減衰し、次々と弱まっていった。
炎柱が消失し、誘導力を失った事になる。
クソっ、理論値よりも短い。
「第三段階用意!」
構造上、一番魔力の消費と、神経の摩耗が激しい段階。
術式コードがどれだけ正確に発動するかが鍵だ。自然環境への一番干渉力が大きい魔具。
ファイアウォールを失った今、発動予定位置よりも少しずれているがやるしかない。
発動術式をコーディングしたカードを2枚地面に付け、魔力を調整しながら流し込む。
腕の中を熱い何かが迸っているのが判る。その後熱いものが掌に集約され、カードに流れ込む。
魔力を溜め込む魔結晶での貯金があっても、結構しんどい。
「う、ぐ、……っ」
戦闘術の習練でもしているかの様に、顔が火照って汗が滴る。
怯んでいた厄災が少しずつ回復しつつあるのが判る。
——急げ!
発動準備は間も無く9割を超える。
焦って出力調整を誤らない様に、急ぐけど慎重に。
厄災が活動を再開し始める。
——早く早く!
最後は、発動に必要な波長の乗った魔力が循環するのを待つ。
数秒が、数分に感じられる。そして発動準備が完了するが、厄災の位置はずれて、発動しても当たらない。
「オッサン! 厄災の左半身に集中砲火いける!?」
「おう! 第7から第10火砲隊! 準備急げ! ……よし、いいか! 一斉射撃だぞ、タイミングを外すなよ!」
「——いけます!」
火砲隊長が叫び、オッサンが「撃て」と吠える。それを掻き消すように爆音が。
推進術式が発動した火薬兵器の大砲や、擲弾等が一斉に放たれる。
「次弾装填! 急げ!」
着弾を確認する前に、号令が飛ぶ。
「構え! よく狙え! ——撃てえええ!!」
次弾発射、次いで初弾の着弾。すごい、しっかり当たってる。
厄災の身体のあちこちで爆発が相次ぎ、よろめいている。
火砲隊は既に3発目を用意している。
「撃てええ!!」
2発目が着弾。厄災は更に3、4歩分よろめいて術式発動域に半分入る。
「次で発動するよ!」
本当はしっかり入るまで押し込みたかったが、先に僕の方が限界を迎えている。
巨大な術式の発動準備を維持するには、僕はまだまだ未熟だ。
既に掌には、巨大術式を循環するエネルギーの熱と波動が返ってきていて、堪えがたいというのが本音だ。
「着弾!」
ああ、最高。グッドタイミング。
厄災は嫌がって、爆発のよろめきと合わせて自ら後退した。嬉しい誤算、と言えるほどの計算は何もしてないが、発動域に身体を9割くらい突っ込んだ。
「発動!!」
起動術式カードから、押さえつけていたエネルギーの余波が漏れ、僕は後ろに飛ばされる。
「おい!」
「大丈夫か!?」
オッサンとハナが駆け寄って僕に問う。
「大丈夫、術式は既にプログラムされているから、あとは手放しでも発動するよ」
「バカ! そうじゃない!」
じゃあどういう事なんだ? ハナの言葉に疑問が浮かぶが、次の段階に入らなければいけない。
「次の段階に移る」
差し出されたオッサンの手を借りて立ち、厄災を見据える。
特定のエネルギーに反応して、指向を自動で合わせてくれるその術式は、四方八方の地面から究極に硬化された土の巨大な槍が無数に現れるというもの。ものの見事に厄災の動きを止めてくれている。
本当はこれで串刺しになって終わってくれれば良かったのにな。
大でも小でも厄災は厄災。3本だけ刺さっているが、それ以外は先端が砕けている。
アイツもアイツで、何か防御を図ったのかもしれない。
「そう簡単にいかないか」
ため息がでる。この術式はまだ改善の余地がある。
その厄災を見るハナは何とも言えない顔をしている。不安や恐怖に引きつっている様に見える。
無理もないと思う。あんな禍々しい存在を目の当たりにして、平気でいられる筈がない。
オッサンも不安げな顔して僕を見ている。きっと僕が本当に宣言通りの事を実現できるのか、心配しているかもしれない。
吹いた風が、汗に濡れた肌を冷やす。その冷たさが、思考を一段と冷静にさせた。
次は、攻勢プログラムの最終段階。そこでどれだけ厄災を消耗させられるかで、封印術式の効果が決まる。
もうひと踏ん張りだ。
「行くよ」
僕は予め地面に書いていた術式の上に立つ。
古代の魔法陣を参考にしたそれは、無数の魔術コードを線として繋ぎわせて、陣の5箇所に専用の術式起動コードを書き込んだカードを置くことで、下準備が完了する。
両手を前に突き出して、掌側を厄災に向け、両手の親指と人差し指で三角をつくり、遠くの厄災を三角の中に収めて見据えた。
「二人とも下がってて」
集中する。イメージする。陣に魔力を注ぐ。精霊言語を介して、森羅万象に干渉する。
見据えていると、厄災がこっちを見た。僕がいる群全体を見ていると思うのだけど、そうじゃない気がした。僕個人と目線が完全にあっている様に錯覚する。
唐突に走る寒気。なんだこの感覚は。
あきらかな敵意と悪意を流し込まれていると錯覚しそうになる。
いや、錯覚じゃないのか?
なんにしても、とても嫌な感じだ。
「おお、なんだこりゃあ」
「すごい」
後ろから二人の声が聴こえる。次第に後ろのギルダー達のざわつきも僅かに聞こえた。
ちゃんと十分に距離をとっているのだろうか。巻き込まれても責任取れないんだけど。
展開されていく術式に、あたかも自分の神経が行き通っているかの様に、感覚が研ぎ澄まされていく。
間も無く、準備は完了する。
「発動!」
強烈な光が視界を一瞬覆った。だけどそれは不思議な光で、目が眩むことも眩しいと感じることもない。
ほんのりと優しさと暖かさを感じる、そんな光。




