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緊張

「うーん。アキはやっぱり頭で考えすぎだな」


「って言われてもなあ」


 絶賛ボロボロの僕は立つ気力も尽きかけて、青天井を見上げるのだった。

 そんな僕を見てオッサンは満足げにうなずいている。きっと、若者が汗水たらして習練に励む様は素晴らしい! みたいな事を考えているに違いない。


「若者が汗水たらして習練に励む様は素晴らしいな!」


 ガハハハと豪快の笑い声も加えて。

 ほらね。

 溜息を一つ。


「アキ! 最後のもうひと踏ん張りだ! ほら、はやく! 身体冷えたら動けないぞ」


 ハナ。やっぱり君は鬼だよ。

 文句を言おうが無視しようが、彼女の開始のゴングは無慈悲に鳴るのだ。

 それがこの特訓で判っているから、僕は歯を食いしばって立ち上がる。


「さあ。早く終わらせて飯を食おうぜ。私ハラ減った」


「デザートに御淑やかな言葉添えなんかどう?」


 体術で勝てない腹いせの、軽い皮肉。


「あら、それはよろしゅうございますわね。ご機嫌麗しくない様ですが、手加減は出来かねますわ、ごめんあそばせ」


 ドレスの裾を持ち上げる仕草でお辞儀を一つ。

 あまりに自然に口走る上品な言葉と動作。そんなつもりはなかったのに、僕はどうやら呆気に取られて隙を作ってしまったらしい。鳩尾を貫く衝撃は僕の呼吸をいとも容易く止めた。


「く、っはあ!?」


「油断すんなボケ」


 逆らうことも出来ず、衝撃のままに数メートル後ろに飛ばされた。

 駄目だ、呼吸が。刹那で僕の身体の自由が制限された。ゆらゆらと余裕の素振りで歩み寄るハナを見て、何とか距離を作る。


「視線を保て! 五感は常に尖らせろ! おら、行くぞ!」


 先の一撃で既に大ダメージを負っているのにも関わらず、ハナは無慈悲な攻めの姿勢を崩さない。


「ほらほらほらほら! 視線を逸らすな! 対人でガードを下げるな! その間抜けな足さばきはなんだ! 捌け!」


 ハナは僕にレベルを合わせている。情けない事に彼女と僕の体術レベルは、差が大きい。

 彼女は特級目前の上級者。かたや僕は名ばかり中級の、実質初級者。

 魔具の使用禁止となれば、僕の体術レベルなんてそんなモノだ。

 目まぐるしい攻防を繰り返す。ほぼハナの攻めだ。僕は、防御と回避で体力を消耗している。攻撃らしい攻撃はできていない。

 ハナが本気でやっていたら、僕なんてガード越しで吹き飛ばされ一撃でノックダウンだ。

 これは、本当に目慣らしと動きを覚えさせるための、ほぼ僕のための習練。


「打ち込んできな!」


 ハナはこの後の連撃の中で、わざと幾つかの隙を作る。それをしっかり見つけ攻め込んで来いと言う事だ。

 連撃の後の体制制御の瞬間、攻撃を躱した後の立ち位置替えの瞬間、大技の瞬間。

 攻め込むが、躱されるか当たっても効かない。効かなかったのが割とショックだった。結構本気だったんだけどなあ。


「全然駄目だな。そろそろ終わりだ」


 僕にとっての本命が来る。ハナは僕がもう体力切れだと思っている。実際そうだ。

 見よう見まねだけど、やるしかない。

 完全に当てに来た右脚の上段回し蹴り。鎌の様に鋭いその蹴りを僕はただ静かに受け入れる、様に見せかけた。

 神経を尖らせ、蹴りが触れる直前でその脚に右手を添えて、僕は脱力させた身体でいなす。

 そのままハナの脚を掴み、蹴りの勢いをそのままに振り回し投げようとするが、踏ん張りが利かず中途半端にハナを後ろに流す格好になった。

 よろける自分の身体をなんとか制御し追撃しようとしたが、ハナは既に態勢を立て直していて、目に留まらぬ速さで首筋に手刀をあてがわれた。


「残念。これで終わり」


 不敵な笑みで、僕の首筋を寸止めしていた手刀で軽く叩くハナ。

 終了の言葉と同時に僕は完全に脱力し、倒れ込んだ。集中して維持していた呼吸も乱れ、僕は荒い呼吸を繰り返していた。


「駄目だって。終わった後でも気を抜くな。呼吸は常に整えろ」


 注意され、意識する。一度乱した呼吸を整えるのは、中々面倒だった。

 アドルフから前に同じことを言われたのを思い出して、自分がまだまだ未熟である事を思い知った。


「最後のカウンターは悪くないけど、途中で体力切れたでしょ? それだけじゃなく力量不足だった。両方があって最後の反撃をモノにできなかった。もっと基礎体力を鍛えなきゃな。後、柔術は付け焼刃じゃ無理だから。やるならちゃんと練習して」


「まったく、返す言葉もない」


「返せるように早くなんな」


 相も変わらず不敵に笑って見せる女戦士。


「アキじゃモノたんねえだろ? 最後に俺が相手だ」


 オッサンが腕をぐりんぐりん回しながら、待ってましたと言わんばかりにハナの前に立つ。


「アキは落ち着いたら飯の準備をしてくれ、よっと」


 開始の合図を待たずして、ハナがオッサンに仕掛けた。

 さっきまでの僕との攻防がお遊びだったと思える程に、二人の動きは速かった。きっと何年も何十年もかけて培ったであろうその技術を、僕はどれくらい時間をかければモノにできるだろうか?

 倒れた身体を起こして、二人の攻防にしばし見とれた。

 2人の動きをひたすら網膜に焼き付ける。片方がどう動けば、もう一方はどう動くのか。


「おいバカ! 動けるなら飯を用意しろよ!」


「はっはあ! 油断するなハナ!」


「っく!」


 地面が抉れるオッサンの一撃。それを躱すハナ。ああ、化け物だな。本当に同じ人間だろうか?

 ハナはすばしっこく、力業を連発するオッサンに上手く立ち回っている。


「ううう。弱者は肩身が狭いよ」


 重く痛む身体を、渋々鞭打って言われた通り準備を開始した。

 2人の攻防はそう簡単には終わらず、気づけば一通りのご飯の準備が終わっていた。周辺にはスープの香しい匂いが漂う。準備をしている僕なんかは空腹感を煽られてばかりだった。


「うむ! 飯の時間だな! 終わりだハナ!」


「は?」


 ハナの間抜けな声が聞こえるのと同時に、オッサンは急に姿を消した。傍から見てもそう思える程の速度で、オッサンはハナの後ろに回り込み脚を掴み上げた。

 あの巨体で、なんて動きだ。


「ちょ」


「うおし、最後は水浴びだあっ!」


 そう叫んで、オッサンは投擲した。そう、ハナを。人間を。石ころでも投げたかのような手軽さで。

 ハナは物凄い速さで離れの湖に着水し、そこそこ大きな水しぶきを上げていた。


「アキも行くぞ」


「え」


 問答無用で腕を掴まれ、四の五を言う暇もなく、僕は加速した。色んな色の絵の具で塗りつぶして、派手に線を引いたらこうなるだろう、という世界が視界を駆け巡って気づけば溺れかけていた。


 む、無茶苦茶だ。


 溺れかけながら何とか水面に顔を出してみると、ハナは隠しきれていない殺気を放ちながらオッサンを睨んでいた。


「クソ。あのハゲ……」


 ドスの効いた声で唸る様に言うハナ。


「ふはは。ハゲはファッションだ。イカしているだろう?」


 どこ吹く風で気楽に返すオッサン。


「汗を流すにはちょうどいいだろうが。このまま着ていた服も洗えるし一石二鳥、と」


 大柄なオッサンが飛びこめば、大きな水柱と波の揺らぎが起こり、その水しぶきを盛大に浴びて激怒するハナが、水面に顔を出すオッサンに水をかけた。

 ハナは割と怒っているのだが、オッサンはジャレてきたのだと思ったらしく水をかけかえす。そして怒って反撃するハナ。

 はは、微笑ましいな。ハナの本気の鬼の形相に目を瞑れば。


 それからも、僕たちは何だかんだで平和に習練やらクエストやらをこなしていく日々を送っていた。

 何もトラブルもなく、僕も日に日に体術を身に着けていき、徹底したスパルタ教育でひと月で、補助魔術も魔具も使用しない純粋な総合戦闘術(総術)の中級相当の実力を認めて貰えた。

 更に習練を積んで、クエスト実績を積んでいけば上級までは時間をかければ見込めるらしい。まあ、年単位だけど。


「武器術は何か習得せんのか?」


「どうかな。使い慣れた武器もあるから今のとこだと剣だとかはまだいいかな」


「そうか? まあ、戦闘スタイルは人それぞれだからな。今の段階ならそこまで急がんでもいいか。アキは後援者(バッカー)だし」


「私は習得した方がいいと思うけどな」


 ある日のケルト。

 いつも通りカウンターでこの間のクエストはどうだったやら、戦闘の反省やらを駄弁っていた。


「この調子でいけば、ハナの特級への昇級もギルダーズランクの取得も近いな」


「ほんと? 案外あっさりいけるんだな」


「お前さんは元々センスあるしなあ。習練も大分していたようだし努力のたまものだな」


「そ、そうか? そんな事はないと思うが」


「あれ? ハナってば顔紅くしちゃって、褒められて照れてんの?」


 わざとらしくクスクス笑うそぶりと見せれば、


「うるさい! 落ちこぼれめ! アンタも早くレベルアップしろ」


 耳に痛いお言葉と、頬に軽く当たる拳。


「もう。すぐ殴る」


「アキ君もわざとでしょ?」


 苦笑いするお姉さんに、そんなことないよと抗議するがまともに取り合って貰えず。

 本当に平和だった。

 そこに慌ただしく、オッサンに駆け寄ってくる人がいた。


「部長! ほ、報告が!」


 並ならぬ形相のその人を見て、オッサンもさっきまでだらしなかった顔を引き締める。


「落ち着け。どうしたんだ」


「トリア北側の近郊に、(クラック)の発生予兆を、観測しました」


「何? 最近は随分と平和だったんだがな。規模は」


「推定カテゴリ9です」


「そうか。……シーア。トリア内にいるギルダー全員に招集かけろ」


 険しくなるオッサンの横顔を見ていると、それに気づいたかのようにオッサンは僕を見た。


「お前はここにいろ。シーアのアシストだ」


「やだ」


「アキ。お前は駄目だ。私怨がある若者は連れていけない」


 いつものおちゃらけたオッサンの調子ではない。だけどそれはオッサンだけではない。僕もだ。

 私怨は確かに、ある。ただ、今の僕は厄災共を研究することに目的があるのだ。

 奴らがはどこからきて、どういう行動原理で、何を目的にして、この世に不幸をまき散らすのか。

 僕にはそれを知る権利がある。


「オッサン。僕の魔具、ハイエンドクラスの中に対厄災魔具がある」


「そうか。ならそれを寄越せ。有意義に使おう」


「ところがだよ。そんな強力な魔具を誰にでも使える様にしている訳ないでしょ?」


 脅しでも何でもない、事実だ。並みの魔具とは訳が違う。


「……ふん。それで?」


「僕は補佐とは言え、治安維持部所属だしギルダーだ。その一員として参加すべき義務も資格もある。ましてや厄災なら尚更だ。それに、はっきり言う。僕の対厄災魔具は絶対に役に立つ。対“大厄災”を想定している。試す価値はある」


 ほう、と漏らしジルバは思案している様子だ。しかし、それは短い時間だった。


「で、そのハイエンドは本当に存在するんだな? この場では事実だけが欲しい。わかるな? 内容が誇張された格好だけのプレゼンは時間の無駄だ、必要ねえ」


「もちろん」


 ジルバは僕から目線を外さない。

 ……よし、恐らく前線には立てそうだ。後は、もう一つ——。


「因みに、お願いがある」


 ジルバの肩眉が上がる。訝しんでいる様だ。


「……言ってみろ」


「二つあるよ。成功報酬で構わない。まずは撃退後、厄災の肉体の一部が欲しい。もう一つは、実績を基にしたコーダー認定試験での優遇」


 どうだろう、そこまでの無茶を吹っ掛けた訳ではないけど、確約を得られる可能性は低い。

 オッサンは僕を見据えながらシーアと小声で話している。

 これまでミドルレンジまでの魔具は見せている。それなりにコーダーとしての実力は見せていたつもりだ。


「正直、それは俺が判断できる領分じゃねえ。仮に成功したとしてもその報酬は約束できねえが、上には打診してみる。それで良いか?」


 だよね、そうなるよね。まあ、全然いい。ひとまず厄災と対峙できるだけでも十分に僕には価値がある。


「うん。いいよ、それ以上のわがままは言わない。ひとまずは僕の参戦はオーケーって事でいい?」


 鼻で溜息をつきながら頭から顔をなでて、やや煮え切らない様子ながらも不承不承に承諾した。

 思わずガッツポーズをとりそうになる。


「ありがとう。そうと決まればお兄さん、厄災(カタラ)の出現時間の予測はどう?」


「最短で60時間後じゃないかと予測されている」


「そう、ギリギリ何とかなるかな。オッサン、実際のところ僕の手持ちだけじゃ満足な攻勢防御プログラムが成立しない。そこでこの支部の配備品を改良させて欲しいんだよね」


「改良? 改造するってこと? アキ君。流石にそれは良しと言えないわ」


 これまで静かにやりとりを見守っていたお姉さんが口を開いた。


「でもさ、対厄災の配備品ってどれくらいあるの? 足りる?」


「上層での検討の末で配備されているのよ。過去のデータを基に量は配備されているわ。それに、そんなにすぐ補充できるものでもないから替えが利かないの」


「ここ2年で配備品のアップグレードはされた?」


「いいえ、どうして?」


「じゃあ、残念だけどあまり効果はないと思うな。“厄災”レベルは実際のところ分からないけど、2年前は配備品のファイアウォールなんかは“大厄災”には殆ど意味なかったよ」


「今回はカテゴリ9よ。大厄災の14とは異なるわ」


「でもその推測と対処の確実性は担保できないでしょ? イレギュラーがあるかもしれない」


「だからこそ配備品を無駄にはできない」


「だからこそ出来るだけ質を上げて1個あたりの効率を上げるべきだと思うんだ」


「それができるという保証もないわ」


「ストップだ、ストップ。落ち着け」


 ジルバが制し、蓄えている髭を撫で思案している素振りを見せる。


「確かに、結局のところあいつらの情報はまだまだ少ねえ。大厄災レベルには効かなくとも、厄災レベルには効くかもしれねえ。だが、あくまで“かも”だ。推測の域を出ねえ以上、アキの言い分はごもっともだ。俺も厄災とは戦った事はあるが、通常の対モンスター規格じゃあまり効果がない」


「うん。これでも僕もコーダーの端くれだから、2年前の情報を分析して自分なりに研究もした。僕は配備品を間違いなくアップグレードできる」


「見せれるか?」


「ちょっと、ジルバさん! ギルドの配備品には国民の方々のお金も使われているんです! そんな簡単に手を加えるなんて——」


 お姉さんは言う。確かにギルドのルールと支部内の総務を管轄をしている側からすると、無視はできないのは当然だ。そう、わがままを言っているのは僕だ。


「シーア。俺たちが守るべきは、まずは人だ、住民だ。守るべき人に無事でいてもらう事が第一優先だ。俺が全責任を負う。アキ、すぐに見せてくれ時間が無い。必要なら人手も回そう」


 半ばかぶせる様にオッサンが言い、2人は視線を交わしていた。どちらも職務に真面目な姿勢を見せている。それぞれの見解に間違いはないと思う。


「助かるよ」


 僕は、そのままオッサンの言葉に乗っかった。お姉さんには申し訳ないのだけど、こればかりは譲れない。何としてでも我を通したい。

 お姉さんは何かを言いかけようとし、唇を微かに動かしたが一度を口を閉じた。

 一度小さく息を吐き、そして、


「了解しました」


 と毅然とした表情ではっきりと言った。

 流石、すぐに切り替えた。それ僕にできるかなあ。


「……すまんな。ないがしろにするつもりじゃないんだ」


「いいえ、状況も、言っていることも判っています」


「ありがとな。——アキ、がっかりさせるなよ?」


「任せて」


 先ほどの訝しむ目ではなく、確かな信頼を宿した目だった。

 その目と合うと、途端に緊張感と興奮がやってきた。それに伴い顔が熱くなるのを感じ、鼓動が早まるのが判る。掌に汗が滲む。


「私情で我を見失っていたらすぐに失神させるからな」


 冗談に聞こえない冗談、いや恐らく本気だ。そんな事を言いながらも、オッサンは精悍な顔つきの中でわずかに微笑んで見せた。


「俺たちはトリアを守る。その為には、使えるモノは全て使う」


 次いで、ついて来いと僕に言って、颯爽と速足で歩き始めた。


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