シフルール派
正直、ドラゴンを相手にしたのなんて初めてだし、故郷にいた時はまともなモンスター討伐なんてしたことは無かった。
あってもレッドバイソンなどの家畜から派生した様なモンスターや、害獣系の下位モンスターだった。
費やした時間は、コーディングと魔術言語の取得と、開発、研究、実験ばかりだった。
だから僕の行動原理は先に、理屈が先んじる。
だけど、ここ最近の本格的な実戦で気づいたのは、リアルタイムの戦闘では理論で行動なんてのは到底できるものではなかった。
「あったりまえだろ。アンタさ、体捌きのセンスないよ」
「ぐっ、そんなハッキリと」
「ハッキリ言おうがオブラートに何重に包もうが、事実は事実だろ?」
正論だ。実際のところ遠回しに言われるよりは、端的に率直に言われた方が効率的だ——、と頭では判っているんだけど、悔しい。
「頭で考えるのは習練中のイメージトレーニングまでだ。適所での判断は、身体が勝手に最適解をはじく様に仕込まなきゃ、モンスターとの近接戦闘なんて務まんないね」
「それはそれで出来る人は限られるんじゃ」
「ともかく! アンタは圧倒的に習練が足らない。今回みたいな戦い方してたらいつか死ぬから。あんなギリギリの事してたら、命が幾つあっても足りない」
腕を組み、仁王立ちするハナの前で、僕は気づけばベッドの上で正座をして小さくなっていた。
こんなボロクソに言われるだなんて。
でも、わかるよ。ハナは心配をしてくれているだけなんだ。
当の僕は、そうさ、センスがないからとりあえず持ち合わせのモノで挑むしかないんだ。
だから継ぎ接ぎの戦闘になる。
総合戦闘術を習練し始めたのは、約1年半前だ。
認定試験も結構ズルを使って、執念でアドルフに認めさせた。中級認定は、アドルフと叔父さん達から課せられた旅への最低条件だった。
「判ってるよ。ちゃんと習練するよ。あまり怒らないで」
「怒っているんじゃない。呆れているんだ」
ハナはガラこそ悪く見えるが、基本的に真面目だ。好戦的なところがたまに傷だが、悪い奴じゃない事はこの数日で十分わかった。
「まあまあ、落ち着きなよ」
おおよその身体の痛みも引き、さっきまでより動きが軽くなったことを感じると、傷の具合を確認するために上の服を脱いだ。
「あんだよ。脱ぐなら脱ぐって言えよ」
「なになに? もしかして気にするタイプ?」
反応は目つきにて。殺気がすっごい。
「……アンタのそれは何? 趣味? だとしたらそれもセンスはないなあ」
ハナが指さしたるは僕の左胸のタトゥー。
こいつ……。
咳ばらいをひとつ。
「これはねー、なんて言ったらいいかなー」
実際のところ、タトゥー然とした何かなんだけど、僕もこれをなんて言ったら判らない。
「訳アリ? まさか何処かのマフィアにでも所属してたの?」
「ははははは、そんな物騒な事はないよ。ないない」
身体の調子を確かめるべく軽く動いてみようとしたベッドから降りて立ち上がった瞬間、頭痛が襲い凄まじい立ち眩みで平衡感覚を失った。
「あぶなっ」
ハナがそういって僕に手を伸ばそうとする。僕は足元で布か何かを踏み、そのまま滑って僕の足がハナの足を払い、二人でそのまま倒れ込んだ。
頭をぶつけ、さらに元々の頭痛がまだ余韻を残す中で悶絶するも、眩暈は引いていったのが判る。
僕は天井を見上げている。身体の前面には柔らかい感触を感じる。筋肉質ではあるが、やはり女の子である事を意識せざるを得ないところは多分にあった。
ハナが頭を上げ、格好として僕はマウントを取られている状態。
女の子に押し倒されたという喜ばしい展開なのか、女戦士にマウントを取られたという恐怖の状況と捉えるかは、きっと当人の心向きが現れるところだろう。
僕はどっちとでも取れる。ハナ相手ではぶっちゃけ悩みどころだ。
美人だが、戦士としての風格が強すぎて……。
「っつう。ああ、もう! なんなんだよ」
ハナが悪態をつく。ほら、ときめきの可能性を一瞬で粉砕をするんだ。
あれ、そもそも僕はときめきたいのか?
「おう。大丈夫、か。……あ?」
勢いよくドアが開く音がして、すぐにオッサンの声が聴こえた。
「うぇ?」
うん。これは誤解まったなしだ。思わず変な声が出てしまった。
「ちょ」
「なんだ、あれだ、すまん。大きい音がしたんで心配になってな? すぐ出るからシーアには言わんでくれ。怒られちまうから」
「あ、ちょっとっ! 違う!」
ハナはハナで声が裏返っている。あれ? 心なしか顔が赤くなってない?
ちょっとかわい——じゃなくて、オッサンが誤解したまんま帰ろうとしている!
「違うんだ! オッサンって」
「大丈夫だ。違わねえ。若者はそれでいいんだ」
〇
僕たちの今後の方針は三つだ。
一つ、ギルダーズランクの取得。
二つ、オッサンの認める水準までレベルアップする事。よって、オッサンの監督下で習練をする。
三つ、これはオッサンの計らいだけど、治安維持部としての活動を補佐する事。
一般ギルダーの所属は変わらないので報酬は大分少ないが、治安維持部として活動した日数に応じて貰えるので、クエスト報酬と合わせれば生活に困らなくて済む。十分だ。
なんでも、そうそうこういう待遇を準備できる訳ではないらしい。ツイてる。
こればかりはオッサンに素直に感謝しなければ。
そして、僕のコーダー認定試験は、再開予定日がまだ定まらないらしく、もしかしたらまだまだ間延びする可能性すらあるらしい。
「うーん。焦ってもしょうがないと言えばそうだけど、なんだかソワソワするなあ」
「わかんなくもないけどさ。いーんじゃない? その分体術に時間を割けば」
「そうだね」
昨夜3人で話した内容を僕は頭の中で思い起こし、今後の個人のスケジュールに当て込んでいた。
少なからず、コーダー認定試験再開の目途が立てば、僕はトリアを発つ。
それまでには、体術などのスキルアップもパーティの連携も貯金も、できる事をできるだけしとく必要がある。
「すみませーん、今いいですか」
「はい?」
突然、横から若い男女の二人組が話しかけてきた。
2人はそれぞれ紙の束を持っていて、それを配って回っているように見えた。
「御二人は信仰しているものはありますかあ?」
若い女の少し甘ったるい口調。2人とも張り付けた笑顔が胡散臭い。
「僕は、何も」
「え? 何も? 国教だとか、そうじゃくても家族の信仰とかなかったんですか?」
胸の奥に込み上げる苛立ちが、僕の脳天に少しだけ熱い血液を送りこんだ。
僕に信仰は、ない。神がなんだって?
「そうですね。ないですね」
もういいですか、と言いかけた時に今度はハナに対象が変わってしまった。
言葉は消え入り、僕は舌打ちしかける。
「なんだよ、私は一応あるには、ある。文句あっか?」
答えはしたものの、ハナも少し苛立ちを見せている。
「おおお、文句だなんてとんでもない! 信仰は素晴らしき事です!」
若い男が言い、
「ただ」
今度は女が言う。
「私たちは真の信仰を布教しているのです。モンド教をご存じで?」
……モンド教自体は有名だ。宗教の中で一番有名だろう。次いでファーダ教と央環教が名を連ねる。いずれも各国で国教なっていても珍しくない。実際モンド教は大国リアーカやゲイルスだったりで国教になっている。
「まあ、有名ですよね」
「で?」
もうすでにハナの当たりがキツい。ハナは信仰などで偏見などはない人間だ。
多分、宗教云々での敵愾心ではなくて純粋にこの人達の雰囲気に苛々している。
「僕たちはモンド教の真の教えを説くシフルール派を信仰しているんです。各国で国教とされているモンド教はユエンシー派と言うんですが、基本的に統治、政治の為に改変されていて、僕たちは本来あるべき正しい教えを——」
「はい。はいはい。ストップストップ! 私たちはこの後予定があるんだ。宗教云々に興味はねえ。それだけなら、以上だ。じゃあな! おい、いこーぜ」
不用意に名前を出さないでくれるのは有難い。流石ハナだ。
「そんな、真の教えを知ればきっとあなた達だって」
「おい。聞こえなかったか? 私たちは忙しいんだ。この後習練するんだ。いいよ。とことん私たちの特訓に付き合ってくれるんなら聞いてやるが?」
首の骨を鳴らし、拳と掌をぶつけ合わせあからさまな威嚇。2人はどう見ても一般人だし、脅しとしては十分だろう。だけど、あえてもう一押し。
「あ、いや、失礼しました。じゃあ、これで」
「後、僕たちはこう見えてもギルドの治安維持部に属してます。あまり目に余る勧誘行為だと、少し厳しめの対応をしなければいけなくなります」
これ見よがしにバッジをチラつかせてみれば、二人の顔が青くなっていく。
正当な宗教として布教していくなら、問題沙汰になるのは嫌な筈だし、これで大人しくしてくれるだろう。
「ゴメンナサイ」
「気を付けます」
小さくなった二人を背に、僕たちは習練予定地へ進路を戻す。
にしても、先ほどのシフルール派と言うのが頭にこびりついている。今まで聞いたことがなかったからだ。
モンド教には原典があり、それを基にした教えがある。が実際はユエンシー派というのが一般的だ。たしか、原典は難解で解釈が分かれやすいので、遥か昔の原典派の信徒ユエンシーが、もっと一般に広めやすくするために新教典を発行し広めたんだとか。
まあ、諸教派はあるが、ユエンシー派が大きな割合を占めている。
「実際、国の政略に使われているって疑惑がかかっても仕方ないか」
「ん? さっきのか?」
「ハナはシフルール派って聞いたことある?」
「ないな」
「少なくとも僕の地元でもトリアに来てからも聞かなった」
「まあ、ただでさえ宗教も神話も多いし、今更一つ二つの派生や新興宗教が出たところで何でもないだろ? 信仰は自由だ」
「おっしゃる通り」
ごもっともな意見です。
そう言われれば、特に考え込む程の興味もないな、うん。
あっさりと興味は薄れ、目下の課題の体術に関して思考力が自然と割かれていく。
ハナからもらったアドバイスを反芻して、何とか早々にモノにしようと密かに意気込む。
「ふふん。手加減はしてあげるよ」
「……よろしくお願いします」
やる気を隠そうとしないハナの不敵な笑みが、僕の恐怖を煽ってやる気を減衰させるのだった。




