ジルバ・フォード
一次大厄災の騒乱では、数々の勇士が散った。
そして落ち着いたかと思えば少し前にもライオット村周辺に、同一個体と思われる大厄災が出現したと彼は聞いていた。
その時、ジルバ達はとある組織の動向を偵察するという、半ば部署違いの任務を受け遠出していた。
その任務中にも、数多くの戦士が散ったと聞いていた。
ジルバはアキから聞かされたアドルフの状況を思い返して、悔しさが込み上げてくるのを堪えた。
ここ最近、不定期にそれが訪れる。
もうそれを聞いてから2週間以上たつと言うのに、自分の気持ちをコントロールできていない事を情けないとジルバは嘆いたりもした。
アドルフには、ゆくゆくはギルドの正規職員になってもらいたいと考えていた。
そして自らの右腕になってもらい、ゆくゆくは——。
——クソ、なんで……、俺みたいな老兵ではなく、有望な若者ばかりが。
ジルバは耐えるように歯を食いしばり、荒く息を吐いた。ただ、そこで区切りをつけ静かに深く深呼吸し、平静を保った。
いやはや、アキの事言えないなと鼻で笑う。
ギルドを、もとい未来を担う後進の育成には労力も時間も惜しまない。
嬉しい事に、アキだけではなくハナという娘も現れた。色々とトラブルを抱えてはいるが、伸び代がある。育て甲斐があるだろう。
アキは、コーダーとしての腕はずば抜けている。
あの歳で作れる魔具の効果の規模と質ではない。むしろ異質と言っても過言ではない。
ここ最近で見た魔具では、奴はまだハイエンドを見せていないと言っている。
なのに、だ。
アキが言うミドルレンジ程度の魔具でドラゴンの鱗すらも穿っている。精霊言語と聞けばある程度までは納得できるが、あそこまでの高効率な魔具が作れるものだろうか?
コーダー公式認定試験でアキは間違いなく注目の的になるだろう。
ジルバはその事を危惧している。
考え方は大人びているし、魔具の開発力と制作精度も天才的だが、経験不足だ。年相応の未熟さがある。
このまま公で注目を浴びさせると、あらゆるトラブルに巻き込まれる可能性を否定できない。なんとか手を打たなければならい。
それに、戦闘においては無謀がすぎる。若さゆえの蛮勇とも違う。いたって冷静だ。自分の分を弁えてもいる。そこだけは評価はできる。
分を弁えた上で実行可能な理論を、そのまま試しているのだろう。
だから雑種ドラゴン相手でも、あんなギリギリの立ち回りをする。効果と効率を重視しすぎる。
死ぬ気などは感じられないが、限界を把握したうえで、リスクやダメージを代価にして当たり前の様に、合理的な戦闘をしようとする。
それこそ自分自身を魔具か何かだと思っているのか、と言いたくなるほどに。
気付かずジルバは拳を握っている。
この間のドラゴン2体のクエストの後、ジルバは反省会という名目でアキの事を叱咤した。
前衛的なスタイルは、まあいいとして、俺たちはパーティで、連携し余裕のある立ち回りさえしていれば、あんな危険な思いをしなくとも雑種程度のドラゴン2体は余裕で捕獲ないし討伐はできた。
加えて、何をするにしても、総合戦闘術はまだ稚拙だし、魔具ありきの戦闘で中級認定だろう。公式基準から言えばギリギリアウトだ。実質初級だ。
あの時勢いで合格だと言った自分を悔やんだ。
恐らく紹介者であるアドルフが何かしら手を回しているのだろうと推測できる。
なぜそこまでして?
とりあえず、どんな機構の魔具かは知らんが、肉体強化の術式を使っている。それをやめさせ地力を底上げしてやらねばならない。
今のアキはドーピングで無理矢理に実力よりも上の戦闘に挑んでいる。このままでは長くはもつまい。
アキ以外で使っている者を見たことないが、掌から衝撃波を放つ技を思い返す。あきらかに自分にもダメージが入っている。
先のドラゴン戦も、出力間違えたとヘラヘラ笑っていたが、クエスト完了後はスプーンの扱いすらままなってなかった。
ジルバは一連の状況を想起して、正直胸が痛む思いだった。
「まったく。最近の若者は自分を大切しねえ」
苛々が少しだけ滲み出ていたものの、すぐに呆れに変わっていた。
その心境が、年頃の娘に寄せていた親心に近いモノだと気付き、歳をとったことを自覚して苦笑した。
現状のアキの体力を考えると、課題は多い。トレーニングメニューをどうしてやろうか。
後はせめて、他の武器の扱いも取得できればいいんだが。
コーダー認定試験の方針決定と試験受付までは時間がある。
「ジルバさん。難しい顔してどうしたんです?」
「ん? おお、シーアか。なに、最近の若者はなんで無茶ばかりするのかね、って憂いていたのさ。オッちゃんは悲しいよ」
気づけばいつもの喧騒が絶えない根城に到着していた。
アキはそこそこダメージを負ったが、ハナと力を合わせてきっちり2体のドラゴンを封印魔術で捕獲した。
ノーネームの若くて小さな雑種ドラゴンとは言え、ドラゴンはドラゴン。それも2体を相手で、正直結果は良いものだ。
アキは、あの無茶さえなければな。
ハナは筋が良い。さすが英雄の娘だ。一部危ない場面もあった。がしかし、今日の全体的な動きを見る限りでも才もあるし、しっかり鍛錬を積んでいる動きだ。すぐにギルダーズランクも取得できるだろう。
「ジルバさんも人の事なんて言えたもんじゃないですけどね」
「ははは!ちげえねえな」
雑談しつつ今回のクエストと個人評価のレポートを手渡す。
「んー。アキ君って顔に似合わずって感じですね。ハナちゃんは逆に印象のまんまかな」
シーアは渡したレポートをぱらぱらと読みながら、率直な感想を漏らした。
「アキは……、あいつなー。効率重視というか理屈重視というか、危険でも理論が出来上がっていたら実行しようとするタイプだ。しかも、理屈的かと思えば、若い所為か楽観視して運に委ねる事もある。肝が冷えるぜ、まったく」
「考えなく突っ込むおバカさんもいるんだし、どっこいどっこいじゃないですか? 多少の理屈ある行動なら全然マシだと思いますけど」
「んんん。耳が痛い」
今回は、街近郊の草原でドラゴンが荒れていると聞いて、元々は調査のみのクエストだった。
それがいざ行ってみれば、既に定住するつもりだったらしく、テリトリーを広げようとしていた。ドラゴンは存在感の強い生き物だ。歩き回るだけで存在の痕跡を残すことができテリトリーの主張ができる。
どっかの人気のない森奥地だったら何も言わんのだが、よりによって都市トリアの近辺となれば、実害がないにしても手を打たなければいけない。
「でも、妙ですよね」
「うんむ。雑種であってもドラゴンは知性ある生き物だ。加えて基本は人里近くに理由なく出現はしない」
「それが何故」
「話し半分で信じちゃいねえが」
「なんです? 発毛の勧誘でもされたんですか?」
「ちげえよ。話の脈略が酷いぞ。……歪が生じる前兆で、ドラゴンや他の強力なモンスターの動向がおかしくなることがあるって聞いたことがある。しかも、その場合は高確率で厄災が出現するらしい」
「根拠は?」
「それなんだよなあ。あくまで噂程度でしかねえからよ。調査や検証しようにもサンプルが少ねえ」
「まあ、確かに、厄災と戦うのは人間だけじゃないですからね。むしろ、その地のモンスターが撃退してくれるケースも報告にあるので、否定はできないと思いますが」
「ああ。最近じゃあ昔と違って、魔素の乱れと空間の歪を観測する技術も出てきて、初動を早められてはいるが、まだまだ速さが足りない。使えるものは何でも使って、改善していきたいところだ」
「既に報告はされてはいるでしょうけど、私の方からもギルドマスターには報告しておきます」
「頼む。後、念のため歪の警戒強化を指示しておいてくれ。少しでも疑わしいなら、予防に手抜かりはできん」
「了解しました」
シーアは優秀だった。
ヴァルターの娘という事もあり付き合いは長く、ジルバの考えている事等を汲み取り言葉以上に意思疎通が図れる貴重な存在であった。
彼女のはきはきとした返事に、口角を上げて見せて、踵を返す。
報告は一通り終わったし、アキ達の様子を見に行くか。
2人はギルド提携の宿で休んでいる筈だ。医者に行くほどでもない様だったから、安静にしていると思うんだが。
飯を食っただろうか? そんな心配を思い浮かべ回復には栄養が必要だと道中で差し入れを買っていくことにした。
サンドウィッチと果物を少々。食わなきゃ多少は置いとけるから後から食えばいい。足りなきゃそのまま外食か買いたしゃいいさ、と傍から見たら少年少女が食うには多い量を抱えて向かう。
宿は遠くない。ギルドから少し歩いて、都市中央を横断するドゥ・ノウ川沿いにある。
日が西に傾きかけている。水面がチラチラと西日を反射し、星みたいに輝いた。眩しくて目を細めないと直視できない。
2人の事を想像した。4日間のクエストで疲れているだろう。
ギルド提携の宿は基本的に大きい。宿前まで来て一度アキがいるであろう2階の部屋を見上げた。受付で眠そうにしている受付人に挨拶して部屋に向かう。
ん? なんか物音がする。
と異変に気付く。
並の音ではない。強くぶつけたか、倒れたか。
少々足早になって、アキのいる部屋のドアを開ける。
「おう。大丈夫、か。……あ?」
上半身裸のアキに跨っているのは、ハナか?
「うぇ?」
「ちょ」
「なんだ、あれだ、すまん。大きい音がしたんで心配になってな? すぐ出るからシーアには言わんくれ。怒られちまうから」
「あ、ちょっとっ! 違う!」
「違うんだ! オッサンって」
「大丈夫だ。違わねえ。若者はそれでいいんだ」
ふはははははは。若いっていいな。俺も野暮ったい奴だぜ。
と思っていたよりも元気だったことと、想像以上に青春していた事に喜ぶジルバだった。
〇
「はあ。で、なんだって? ベタか、お前ら」
「勝手に早とちりしたのは自分だろ!」
「そうだそうだ」
「ったく。むしろ1発や2発くらい」
「ちょっと黙って」
「あいよ」
最近の若者って怖いな。冗談が通じんもんかね。と呟きジルバは2人のより一層冷たい視線をその身で受け止める。
クエストから帰還し、アキ達は宿へ。ジルバはクエストレポートの提出の為に支部へ。
それは時間にすれば5時間ほど前の事だった。重症じゃないにしても、アキはそこそこダメージを負っていた。それは違いない。
——回復が早い。手だって、恐らくまだ日数がかかる筈のダメージだったのに、果物ナイフをあんなに器用に使ってやがる。
切傷や火傷だってあった筈だ。
ジルバは静かにアキの身体を観察していた。
「お前、ポーションか何か使ったのか?」
「いや、何も? なんで?」
「んむ。何でもない」
表向き変に話題にしない様に、言葉通りを装う。
何も使ってなくて、その回復の早さか。体質、だろうか? なんか微妙に自覚がなさそうなんだが。
一考するジルバの目線は、アキの上半身を走る。
「ところで、そのタトゥーはなんだ?」
そう。回復の早さもそうだが、前々から気になっていた濃い黒で刻まれた左胸のタトゥー。タトゥー用のインクの色合いには見えない。人間の肌質を感じない程に黒い。
気にするなというのが無理なくらいに、目立つ。それをアキのあどけなさが残る顔のせいで、より一層浮いて見えるのだ。
野営の時は、チラチラ見えていた程度だから訊かないようにしていたが、こうまで堂々と曝け出されるのなら、と思い切って訊いてみた次第だった。
左胸に刻まれている何かを表している紋様と、ひび割れの様に幾つもの線があちこちに走り、まるで継ぎ接ぎの傀儡の様相。
乾いた砂や石の石像に何かを思いっきり埋め込んだかの様にも取れる。
「んー、あー。これ? 良くわからないんだよね」
「わかんねえ、なんて事ないだろ。見たところ象形か? 月と太陽? 大きな三日月が太陽を囲っている? それとも日食か?」
陽光を表すであろう針の様な幾条もの線があるのも加味すると、日食を表してそうだが。
「本当に、わからないんだよ。前の大厄災の騒乱の時に、僕は気を失って、気が付いたらこんなのがついてたんだ。勿論、その後色々検査したよ」
「で?」
「結果は不明。もとい異常なし。何も検出されない。呪術でもない」
「気味悪いな」
ハナが、引きつった顔で言った。
まあ、確かに知らない内に妙なタトゥーが入ってました、なんて気味が悪い。
「まあね。だけど本当に、別に異常もないし、僕は割り切っているよ」
「そうか」
アドルフ。お前、こんな謎だらけの小僧をさり気無く送ってきやがって。手紙の一つでも寄越せばいいモノを、と恨み節を思うジルバ。
気楽に接触しパーティを組んでみたが、色々ありそうだ。ただ、楽しくもなりそうだ。
何故だか笑いが込み上げてきて、少しばかり堪えたが、最終的に彼は我慢せず笑った。
何で笑っているのか定かではない2人は醒めた目線をジルバに投げつける。
ひとしきり笑ってジルバが窓の外を見てみれば、3つの月が淡く薄暮に浮いていた。




