大厄災
横書きである事などを考慮して、見やすさなどの工夫の観点から小説の書き方を無視しているところ等があります。(例:漢数字を使わない描写があったりとか、地の文と地の文との間を空けたり、長いセリフに改行を入れたりなど)
あるべき書き方を逸脱している箇所が気になる方もいらっしゃると思いますが、ご容赦を頂ければと思いつつ、しかしながら助言を受けないというつもりでもなく、「こうしたらいんじゃね?」とか「逆に見ずらい」などなどあれば、とりあえず何でも言って貰えたらうれしいなとも思っています。
「父さんたちには、役目がある」
ある日、ある夜、父さんと母さんが僕を言い聞かせた。
僕はこれから伯父さん叔母さんと一緒に暮らすことになる事。恐らくもう会えない事。決して、僕を捨てるわけではない事。どこにいても、いつでも僕を愛している事。
「すまないと思っている。いかなきゃいけないんだ」
僕はいう事を聞かずに泣き喚き、二人のズボンを、その気になれば振りほどかされる程に弱く小さな手で掴んで離そうとしなかった。
そんな僕の元に母さんがしゃがみこんで頭を撫でた。涙にゆがむ視界に、困った様に微笑む大好きな人の顔が見えた。
思わず抱き着くと、母さんはいつもの様に受け入れ優しく包んでくれた。
「アキ、いう事を聞いて。ね? 良い子だから」
横に激しく頭を振る。
すると、僕を抱きしめる母さんごと、父さんが抱擁する。
何となくこれは避けられない事なんだと理解していた。僕は嫌でも独りになるんだとそれとなく察していた。それでも幼い僕は、やはり納得できない程に幼かった。
僕は泣いていた。気づいたら二人も泣いていた。
「ちゃんと良い子にしているんだぞ」
「うん」
「しっかりご飯は食べなさいね? 大きくなるのよ」
「うん」
なんで、素直に返事をしてしまうんだろう。
「勉強も大切だが、息抜きもちゃんとするんだぞ」
「うん」
「息抜きも大切だけど、お父さんみたいに遊びばっかりじゃ駄目だからね?」
父さんの苦笑いが聴こえる。
「……うん」
「母さんみたいな、素敵な人を見つけろよ?」
「……うん」
「もう。……お父さんみたいな強くて尊敬できる人を見つけなさいね」
「……うん」
「じゃあ……」
言いかけた言葉を遮って僕は叫ぼうとした。
そんな人達は見つからなくて良い。僕は二人がいればそれで——。
「元気でな」
多分言葉にできなかったと思う。まばゆい光が目の前に広がって、気づいたら朝で、僕は柔らかくて暖かいベッドで見慣れた天井を見上げていた。
二人はどこに行ったのだろう? そんな疑問を日々思いながら過ごし暫くして、二人の死を聞かされた。
——酷く絶望したことを覚えている。
僕は呆然自失の中で、まるで亡霊のごとく自分の存在感が曖昧のままに生きた。
両親は世界を救いに行ったんだと後から聞かされた。
世界は僕の知らない内に危機を迎え、僕は知らない内に世界の破滅と隣り合わせになっていて、知らない内に世界は平和になった。
村に届いた情報では両親の死に至るまでの仔細はわからなかった。
わからない。
僕の両親は死ぬ必要はあったのだろうか?
世界を滅亡直前まで追い詰めた“大厄災”は、忽然と消えたと聞いた。
突然現れ、混沌と厄災をもたらし、そして乱暴に平和を放り投げて消えた。
僕は当たり前の日常を取り上げられ、粗雑な平和を押し付けられた。
毎日現実味がなく、ふわふわと曖昧な認識の中で現実を生きた。
この世にしがみつく様に両親の残したものに貪りついた。
2人と同じ職業の勉強をした。
寝ることも忘れて資料に、参考書に、二人の組み立てた理論に、魔術コードに、その魅力に、まるで憑りつかれた様に来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も読み漁り、試し、時に失敗し、時に成功し、また検証し、また文献を読み漁った。
そんな毎日だった。
書き込むコードと理論の先に、二人がいるような気がした。
ある日、友達ができた。小さな双子の女の子。
最初は喧嘩したけど、気づいたら殆ど毎日一緒になる様になり、僕ら三人はとっても親密な仲になったと思いあっていた。
伯父さんと叔母さんは僕を可愛がり愛してくれた。
そこでは補えないものを双子はくれた。
確かな友情がそこにはあった、と思う。
後にアドルフという男が村のギルドに常駐するようになり、何かの縁で彼も僕を可愛がった。
彼はギルドの高ランカーで、強く勇ましく優しかった。
僕は兄の様に慕い、彼も僕の事を弟の様に接してくれた。
少しずつ、少しずつだけども心に空いた穴は満たされていった。
徐々に年数をかけて両親が死んだことを受け入れつつあった。
確かに僕は前に進んでいた。僕の知らない内に、僕は前に向かって歩けていた。
それが——。
運命ってなんだ? 宿命ってなんだ? 因果ってなんだ? 僕は一体、何をしたんだ? 頼むから、頼むから教えろよ!!
目の前の光景に多分そんな事を憎悪するが如く思った。
無数の火柱が天を突く。黒煙が空を埋め尽くし、昼間なのに薄暗く、まるで夜だった。暗黒の空の中を、禍々しさを感じるほどの朱の炎が時折うねった。
「各自、魔素シールドを最大出力で展開!! 6班から13班までは魔素粒子砲を用意! よく狙えよっ!! 撃てえええええ!!」
怒号から間もなく圧縮された魔素が解放される。
幾条もの青白い光線が“それ”に向かって走った。
「ファイアウォール設置完了、行けます!」
「報告、魔素粒子砲、効果なし! 侵攻再開! 間も無く設置地点です!」
アドルフが舌打ちする。
「点火装置!! 国軍が到着するまでは何としてでも持ち堪えろ!!」
「準備完了!」
「……点火!!」
幾つもの白色の火柱がそいつを隠す。
これだけの集中砲火ならば恐らく上級ドラゴンの鱗すらも溶かすことができる筈。
それだけの威力が約束されている魔素兵器をふんだんに使っているのにも関わらず、誰一人として気を緩めない。
「……様子がおかしい。各自、できるだけ固まりシールドを重ねろ!」
周りのギルド員や傭兵達が僕たちの周りにも集まりシールドを何重にも重ねる。
その通常のシールドに加えて僕が用意した小型の代わりに魔素濃度が高い厚めのシールドをアドルフと僕の前に展開した。アドルフが心強いぜと言った。
通常のシールドよりも視認性は悪いが、あれだけ巨大なものを見るのには関係ない。
「アキ。この防衛線を越えられたら俺達も余裕はない。次の奴の動向次第だが離脱しろ」
「やだ」
「ふざけんな。 これ以上は本当に余裕がない。足手まといだ」
わかっている。だけど、何故だかこの時の僕は意地になっていた。
死ぬ事は怖くなかった。敵うとか敵わないとかではなく、ただただ両親の敵に一矢報いたい一心だった。でも、もしかしたら、死にたかったのかもしれない。
奴を囲む白炎の柱が何度か揺らぎ、中央に傾いた。
高出力で成り立つ炎柱のファイアウォール。並みならぬ出力で指向性を保つあの柱の揺らぎは、異常だ。
もしかして、あのエネルギーを吸収している? だから奴に向かって炎が揺らぐのか?
「アドルフ!」
遅かった。この時点でまだ推測を始めたばかりで、僕はやはり幼く、未熟で、後手に回ったのだった。
朧げに想像した最悪の事態が、一足早く事実という形で僕たちの目の前で具現化した。
僕は未熟な技術者だった。
公式ライセンスはない。
だけど腕利きのコーダーとして、地元のギルド員や傭兵達から一定の評価を博した。
だからこそ、今回の防衛および討伐作戦で使用される魔具の整備班の一員として整備や設置の役割を任された。
うぬぼれはない。手抜きもない。評価に伴う実績もある。
元々はどれもギルドが用意した一級品だ。
「後退し——」
光が爆ぜた。まばゆい光が視界を覆った。
その衝撃は最初に幾つもの魔素シールドを砕いた。
直後、熱波が、残ったシールドを溶解していった。幾人もの戦士が蒸発した。
僕は気づいたら力強く抱擁されていた。
アドルフだ。
衝撃も熱波も落ち着いて、僕は認識が追い付かないままにアドルフと目が合って、彼がホッとした様子で微笑んだのを覚えている。
彼が横に倒れて初めて、僕は強烈に現実を認識した。展開した高濃度の魔素シールドが辛うじて一部を残して目の前にあるだけで、それ以外は消滅していた。
熱波が収まるまで盾の役割を保てなかったらしい。
「アド、ルフ?」
僕の作った対魔防御力を重視したフードマントは先のたった一発でボロボロだ。幾つものシールドで減衰された筈の熱波で。
アドルフの身体の所々は真っ黒に染まり、炭化しているであろう事は容易に想像できた。
そしてアドルフは返事をしない。
動機が激しくなる。息苦しい。視界が黒く染まっていく。双子たちの声が聞こえてくる。だけど、何かの叫び声でかき消された。
また、僕の日常は、世界は……。
暗転する視界。
僕は世界から消滅した気がした。
一切の知覚も触覚もなく、本当に存在を抹消されたかの様だった。
突然その場に産まれたというべきか、生き返ったというべき分らない。
突然、現実世界に戻ると、思い出した様に、激しい息の吸い込みを皮切りに、息切れしたように呼吸した。
まだ黒煙が立ち上っているが、見上げている夜空は皮肉に思えるほど綺麗で、見下げた視界にはある筈の森も村もなかった。
それを見て現実を再認識し、夢でなかった事を恨んだ。
「僕はなんだ? 世界ってなんだ?」
強い風の音を聞いた。
「なんで僕は生きているんだ?」
建物が焼き崩れる音を聞いた。
「生きるって、なんだっけ」
燃え盛る炎が唸る音を聞いた。
僕は二度、日常と世界を奪われた。
僕は無力だ。世界は理不尽だ。どうしたらいい? 力があればいいのか?
憎い。あの存在が憎い。許さない。絶対に。
僕は生き延びた。生き延びた意味を考えた。五体満足である事を感謝し、考えた。
考えた末に、僕は決心した。決心したんだ。




