第八章 ある人の辞表騒動
マックスが入院して、バラエティー番組"ワールドニュースグランプリ"が、4年前の事件"名誉に関わる事件という名で特集している頃、ポリスンの耳にこんなニュースが入ってきた。それは、
"警部が辞表を出そうとしている"
と、いうニュースである。どこからどう流れたのかは知らないが、ポリスンの警部というと、あの人しかいない。そして、
「最近、警部の悪い噂を聞くのですが、どうなんですか?」
ポリスンはマーク警部にそう訊いた。
「さぁな。噂はあくまで噂であって、真実とは限らない。しかし、それが真実ならその時だ」
「もし、その噂が本当なら……、怪盗ゼロを誰が捕まえるんですか!?」
「お前がお前を捕まえろ」
警部は、怪盗ゼロがポリスンであると予想しているが、この小説ではまだ怪盗ゼロの正体をはっきりとは書いてはいない。
「どういうことですか?」
「ポリスン、お前はいつまでしらばっくれる気だ?」
「警部にはまだやり残したモノがありますでしょ!?」
その後、警部は口をきかなくなった。また、辞表をこれから出すのか、もう出したのか、今出したのかは、誰にも分からない。
その後、ポリスンは同級のコリク・マノール刑事に相談へ…
「コリク、どうしたらいいと思う?」
「マーク警部のことか? 警部もいろいろと背負ってるからなぁ……」
コリクとポリスンは本音で語り合うことができる関係である。2人は、自動販売機が並ぶ休憩室に来ていた。
「取り敢えず、ポリスン、お前が4年前の巡査の時にとんでもないことをしたのは、謝罪したのか?」
「いや……」
「そうか……。まぁ、退職される前に謝罪しとけよ」
コリクは缶コーヒーを飲みほす。
休憩室に、ニック鑑識が来た。
「あっ、ポリスン刑事にコリク刑事。ご苦労様です」
「おっ、ニックさん。ハッカーについて何か分かりましたか?」
ポリスン刑事が問う。
「なかなかヒットしません。まだ、何通りかを試してみるつもりです」
ニック鑑識が自動販売機に硬貨を入れて、ペットボトルのコーラを買った。
「炭酸飲めるんですね」
炭酸飲料が飲めないコリク刑事が言う。
「えぇ、まぁ。昔から飲んでて、癖ですぐに押してしまうので……。あっ、そういえば、警部の悪い噂は聞きましたか?」
「例のヤツでしょ? だから、どうしようかと思って」
ポリスン刑事は何か飲もうと自動販売機をのぞいて、
「やっぱり、ここの自販機、品揃えがイマイチだなぁ……」
と、文句を言うポリスン刑事。
"警部が辞表を出そうとしている"
この噂が耳に入って半時間が経った。ポリスン刑事は、コリク刑事と一緒に車で"スティル中央病院"に向かっていた。
「警部はたぶんマックス探偵のところに行くと思いますが、警部は本気なんでしょうか?」
コリク刑事が聞いてきた。
「さぁ……。警部は"噂はあくまで噂であって、真実とは限らない。しかし、それが真実ならその時だ"って何かよく分からないことを言っていたけれど、どうするのだろうか……」
「あっ、申し遅れました。私は、コリク・マノールといいます。実は、警部の悪い噂を聞いたもので……」
自己紹介しながら話を進める。
「悪い噂?」
マックスは体勢を変えようとしたが、痛みが走った。
「そのままの体勢で聞いてください」
「あっ、すいません。それで、噂とは?」
「それが……、"警部が辞表を出そうとしている"という噂が流れているんです」
「なんだって!?」
マックス探偵が思わず飛び起きた。そして、
「いっ、痛っ!」
「大丈夫ですか!?」
ポリスン刑事とコリク刑事の二人がかりで、マックス探偵を寝かせる。
「安静にしてください。怒られるのは、僕らですから」
ポリスン刑事がそう言った。
「すまない」
マックス探偵が謝る。
「っで、本当なのか!? その話は……」
「えぇ……。警部はここにはいないみたいなので、違うところを探してみます」
コリク刑事とポリスン刑事は、退室しようとしたが、
ポリスン刑事の携帯電話が鳴った。
「ここって、携帯電話使用可の区域ですか?」
「廊下を出て、右に行ったところは使用可って書いていたけれど……」
ポリスン刑事は携帯電話使用可能区域に行った。
「コリク刑事とは初対面ですね」
と、マックス探偵が言う。
「そうなりますね。マックスさんのことは、警部からいろいろと聞かされてます」
その後、間が開いたが、ポリスンが走って扉を勢いよく開けた。
「五月蠅くすると、下にも響きますよ…」
しかし、ポリスンは焦って
「夕刊、来てますか?」
「いや。でもそろそろ来ると思うよ」
扉がノックされた。
「夕刊が届きました。失礼します」
看護師が夕刊を持って入ってきた。その夕刊をポリスンが取り上げるようにして、
「こっ、これは!?」
ポリスンが驚く。
「すいません」
コリク刑事が代わりに看護師に謝った。
「警部の行き先がだいたい分かりました」
と、ポリスン刑事が言った。
「これを見てください」
ポリスン刑事が見せた夕刊の一面には、こう書かれていた。
"ブロダイク 脱獄発覚!"
「どういうことだ!?」
マックスは驚いて、また飛び起きた。
「内容を読むと、"去年逮捕された、ブロダイク・タブースが1ヶ月前に脱獄していたことが発覚した。また、脱獄のときに囚人を始め一般の人が数人重傷になっていたことも発覚。刑務所側は、「こんなことが今までになかったため報告が遅れてしまった。申し訳ない」と謝罪してはいるが、事態は急を要したはずだ。ブロダイクは再び指名手配された。このことは、まだ一般公開もされていないため、この情報は本誌が可能の限り集めた情報である"」
と、ポリスン刑事が読んだ。
「何てことだ」
マックスはベッドに横になった。
「私達は、刑務所の方へ行きます」
「待ってください。僕も……連れて行ってください」
と、マックスは言った。
「しかし、安静にして……」
コリク刑事が言うが、
「院長に断ってくる」
そう言って、ポリスン刑事は退室した。
車で刑務所に向かっている際、助手席に座るポリスンの携帯電話が鳴った。
「もしもし、ポリスンですが」
『ハッカーが分かりました。あと、夕刊を見ましたか?』
電話の相手はニック鑑識だ。
「ニックさん、本当ですか? 夕刊の件ですが今、刑務所に向かっています」
『そうですか。あと、ハッカーは2人組で、1人はブロダイク・タブースだと判明しました。そして、もう1人はティック・ランスーンというリニアモーターカー管理塔にいた人が、闇ルートで契約をしていたことが判明しました』
「わかった」
ポリスンは回線を切った。
「大変なことになった。ブロダイクとティックが闇ルートであのリニアモーターカーハッキング事件を起こしたという
ことが分かりました」
電話で聞いたことをマックスとコリクに言った。
「これは、一刻を争う事件になりましたね……」
と、コリク刑事が言い車の速度を上げた。
刑務所には多くの報道陣が駆けつけ、混雑していた。それを掻き分け、門に近づいたが、警部の姿はなかった。
「いないか……」
ポリスンは焦る。
「リニア管理塔へ行きますか?」
コリク刑事が言った。
報道陣があまりにも多く、車をなかなか出すことができなかった。
「警部はどこに行ったんでしょうか?」
警部の携帯電話にかけてみても、"ただいま電話に出ることができません"というアナウンスが流れるだけ。
リニアモーターカー管理塔に着くと、ティック・ランスーンが指揮をとっていた。ちなみに、ポリスンが事情聴取をかけようとしたのもこの人物である。そして、
「ティック・ランスーン。公共物の侵害、殺人未遂等の罪で逮捕する」
ポリスンがティックに手錠をかけた。しかし、警部はいなかった。
その後、ティックは正直に話した。しかし、ブロダイクの行方は知らないという。
「警部は本当にどこに行ったんでしょうか?」
と、ポリスンが聞く。
「警部は辞表をもう出していて、どこか行ったとかいうのは考えづらいですからねぇ。とりあえず、マックスさんを病院まで送ってあげましょう」
コリク刑事が言った。
スティル中央病院に着き、エレベータで上階に上がり、マックスをベッドに寝かした。
「じゃぁ、私たちはこれで」
コリク刑事とポリスン刑事は退室した。
「マーク警部。どこに行ってたんですか?」
マックスが誰もいないはずの自分の病室で聞く。
「お前からは逃れられないか…」
マーク警部はベランダにいた。
「物色人、調子良さそうだな」
「まだそう呼ぶんですか? でも、どこで何をしていたんですか?」
マックスが問う。
「いや、辞表を出そうと思ったんだが噂で流れてしまって、出しにくくなってしまった。その後、あのホテルに行き、夕刊を見て刑務所に行った。そして、腹をくくって、マックスやリニアモーターカーの乗員乗客のことを思って……、私は辞めようと思った。それで、これから辞表を出してこようと思う。ということを明かそうと思ってここに来た」
マーク警部はそう言った。
「なんで、そんな弱音を吐くんですか! 祖父のあなたを見て、僕は育ってきた。僕の祖父はそんな弱音なんか吐きません」
と、マックスは言う。
「しかし……」
「僕が元気になったら、一緒にまた組みましょうよ」
マックスの言葉はまだマーク警部に届いていない。
「無理だ。現にお前をこんな状態にしてしまったのは、私だ、私の責任だ」
マーク警部は辞表と書いた封筒を力強く握った。
「警部は何のためにこれまで尽くしてきたんですか!?」
マーク警部は何も言わない。でもマックスは続けて、
「怪盗ゼロを捕まえるためじゃないんですか!? 犯人を捕まえるためじゃないんですか!? 人を助け出すためじゃなかったんですか!?」
「現に、ゼロはポ」
「現に、現にって、ただの言い逃れじゃないですか!」
「だが……」
「警部は、特にゼロを現行犯で捕まえるために、今まで尽くしてきたのじゃないのですか?」
説得を続ける、マックス。
「警部が辞めれば、僕はどうしろっていうのですか!?」
「お前は、……」
「警部。周りの人は心配してるんですよ。僕以外にも、ポリスン刑事やニックさん、コリク刑事……、ルーズやジャック達も…」
挫けず、説得を続けるマックス。
「4年前、警部のところに苦情の手紙来ましたか?」
無言のマーク。
「来ていたとしても、励ましの手紙もあったはずです」
俯くマーク。
「僕の方には、新聞社の方を始め、いろんな人……しかも国内だけではなく、いろんな国の方々から届きました。まだ字を覚え始めた子を始め、僕らの先輩からも来ました」
近くにあった椅子に座りこむ、マーク。そして、
「分かっていたんだ。その励ましの中に、あんな手紙もあることぐらい」
今度はマックスが黙った。
「"お前に生きる権利はない、地獄に行け!"という、追い込む手紙があることぐらい!!」
「警部……」
「そして、その手紙の書き主を知ったのは、2年前のことだ」
「警部……?」
「上官には知れ渡らず、あいつは私らをこき使う! あんな警視長の命令を聞く私らの身を知らんのだ!」
暴走するマーク警部。このままだと、本気で辞職するのも時間の問題だ。
「警部! ならば、警部が」
まだまだマックスの声は届かない。
「そんな簡単に私らは言うことを聞かなくてはならないのか!」
暴走するマーク警部に、
「"Nothing ventured, nothing gained." and "A nod is as good as a wink to a blind horse."」
「マックス、何を急に……」
「やっと、僕の話を聞いてもらえる態勢になりましたか。上が言うことを聞かないなら、冒険、危険をおかしてでも、その上に立ちましょうよ」
「ビルの言うことに一理あるかもしれんが、辞職を決めたからには何が何でも辞めてやる」
「警部、ゼロを捕まえることに決めたのに、それを成し遂げずにですか?」
すると、マークは笑い始めた。
「警部?」
「まさか、お前に説教されるとはな…。4年前の事件の賠償金はチャラにしてやる。それと……」
マークは握っていた封筒を破いた。
結局、警部もやめたくない。誰かに止めて欲しいと思っていたのだろう。マックスの説得の内容が決め手になったかどうかはさておき、いい雰囲気になったが、
「しかし、また対立だ」
「なぜですか?」
「私はゼロを追うのは辞めんが、誰の手も借りたくない。自分の限界とも対決をする。そして、ゼロが捕まえられたら、私は悔いなく今度こそ辞める」
「警部……」
「何も言うな、もう決めたことだ」
扉がノックされた。
「どうぞ」
と、マックスが返答すると
「失礼します。あっ、警部!? こんな所にいたんですか!?」
ポリスン刑事だ。
「ポリスン、私は辞めんぞ。ゼロとして出てきたときは、容赦なく現行犯逮捕してやる!」
「はい? ……あっ、そうそう、マックスさんにこれを渡すのを忘れていました」
「何ですか?」
ポリスンから渡されたのは、白い小包だった。
小包を開けてみると、
「ポリスン! 一体これをどこで……」
マックスが驚くのも無理はない。中には、青いハンカチと一通の手紙。さらにメモが入っていた。手紙の内容は、
"ビル、元気に過ごしてるかい? この手紙を読んでいる頃には、私は殺されているかもしれないね。それにしても、ビルにはいつも迷惑をかけてごめんね。お父さんは働きすぎて、ストレスがたまっていたんだと思うの。このハンカチは私からの贈り物。大事に使ってね。おじいちゃんとはちゃんとやってる? 今、あなたが何をして過ごしているか分からないけれど、今やっていることにベストを尽くすのよ。いつも見守っている母親より"
そして、メモの内容は、"ビル、実はお前の母親に「来たるべき時が来るときまで預かっておいて」と、念を押され預かっていたものを今、確かに渡した。ポリスンがなぜ持っていたかについてはポリスンに聞け"
と殴り書きで書かれていた。
「まさか、こんな時に母親から励まされるなんて……」
マックスは少し涙ぐんでいたみたいだ。
「ルーズさんに、直接は渡しにくいからビルに渡しといてくれって、言われたので。では、私はこれで」
ポリスンは退室した。
このときの窓から漏れる夕日が、今まで以上に綺麗だった…
To be continued…
第八章長いね。当時の我武者羅に書いた感じがところどころにあって、今書くとしたら、全然違うんだろうなと思いつつ、懐かしさと初々しさとetc...
誤字が多すぎてそこは直したけれど、ストーリーの流れにはほぼ手を付けずに、当時のままです。