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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

君が死んだ日

作者: 二ノ宮明季

 一日目。彼女が死んでいた。

 僕がバイトから帰ると、僕と同棲していた恋人が床に横たわっていたのだ。柔らかな微笑みを浮かべて。

 触れると冷たかった。硬かった。えーっと、死後硬直ってどこのくらいで始まるんだったっけ。

 そんな事を思ったその日は、雨だった。

 ザーザーと一日いっぱい降って、空はずっとどんよりとしている。

 梅雨の再来なんじゃないか、というくらいに、ザーザーと。

 僕はとりあえず、カーテンを閉めた。


 二日目。結局眠れなかった。

 眠れない夜、目覚めない朝。

 僕は眠れなかった。君は目覚めなかった。

 相変わらず外は、ザーザー降り。幸いにして休日だったので、僕は一日彼女と眠って過ごした。

 柔らかかった肉はすっかり固まり、にっこりと笑った顔はそのまま。なんとなく幸せそうで、一日一緒に居ると、すっかり惚れ直していた。


 三日目。バイトだった。

 僕はひやひやしながらもバイトに行った。彼女の事がずっと頭から離れず、何度も叱られた。

 正直、苛立っていたと思う。

 隠しきらなきゃいけない、彼女が部屋で死んでいた事実を。でも、それは何故?

 僕はこの日、バイトを止めた。


 四日目。一日彼女と一緒に居た。

 いくら雨が降っていても、今は夏だ。彼女は死んでいる以上、腐敗が進む。

 エアコンの設定温度を一番低くして、この日からずっとかけっぱなしにすることにした。寒いけど、ずっと一緒に居られるのなら、その方がずっといい。

 彼女の微笑んだ顔に、惚れ直した。


 もう何日目か、覚えていない。

 きっと何日も経ったのだろう。いくら冷やしても、冷やしても、腐敗が進む。

 彼女の可愛い笑顔をそのままに、肉が腐っていくのだ。冷凍しないとダメだったかな。失敗したな。

 少しでも長く君と居たいのに。


 何日目か不明。だけど悪夢を見た。

 僕はバイト前に、彼女と喧嘩をした。喧嘩をして、彼女を押し退けてバイトへ行った。

 最後に見た、彼女の夢。……夢、だったんだよな?

 彼女からは腐臭が漂ってきている。部屋の中に、鈍い動きの蠅が何匹もいる。

 僕は食事しないと言う訳にはいかず、買い物に行っているから。その時に外から虫が入ってきてしまうのだろう。

 参ったな……。彼女には、蛆が湧いていた。


 えーっと、何日とかもういいか。

 郵便受けに、家賃滞納のハガキが入っていた。あー、通帳から落ちなかったか。

 そう言えば、彼女と喧嘩した原因って、金銭が絡んでいた気がする。

 あー、そうそう。僕がバイトして稼いだお金は、みんな煙草代に消えて行ってたんだった。それで彼女が生活費を……。

 うーん、そう言えば最近、煙草を吸ってないな。でも、ま、いいか。

 大好きな君とずっと一緒に居られるんだから。いや、居られないじゃん。

 だって現に、家賃を払えていないんだから。


 エアコンが止まった。正確には、電気がストップした。

 かろうじて何とかなっているのは、水道だけだ。いよいよ駄目かな。

 最近は僕が食べる分のお金すら無くなっていた。おかしいな、煙草は止めたのに。

 横たわる君の髪を撫でる。

 身体は大分、虫に持って行かれてしまっていた。


 ずっとずっと雨続きだった外には、天使のはしごがかかっていた。

 日の光が入らぬようにと締めきっていたカーテンの向こう側。仄かな明るさに気が付いて開けたらこれだ。

 ああ、君は行ったんだ。そして逝ったんだ。

 僕はようやっと認めた。

 あぁ、もう駄目だね。春夏秋冬、二十四時間、ずっとずっと一緒に居たかった。けれど僕が生きている限り、君との時間は重ならない。

 一緒に眠ってしまおうか。そう、一緒に眠ってしまおう。


 僕は毛布にくるんだ君を車に乗せて、最後のドライブを楽しんだ。

 君の愛車だし、僕は免許を持ってはいなかったけど、別にかまわないだろう。オートマだし、踏めば走る。ブレーキ? そんなもの、知る必要はない。

 そして山へと向かった。

 穴を掘って、君をくるんだ布団ごと入れて、僕は隣に横たわる。

 本当は土をかけてあげたかった。けれどそれは難しいから。

 僕は持参した包丁で、そうっと、そうっと、僕を……。


 じわじわと痛む。この世界に、さようならをしないと。

 ずっと夜は眠れなかったんだ。でも、ようやっと眠れるよ。

 そして君と、目覚めない朝を。




 男女の遺体は、翌日には発見され、世間をにぎわせた。骨以外のほとんどが残っていない女とは裏腹に、まだ肉がついたままの男の死に顔は、安らかな物だったらしい。

 女の死因は、脳挫傷。テーブルの角に頭をぶつけたのだろう、というのが、現場検証が行われたあとの見解だ。

 人の死に顔は、筋肉がゆるむ事により笑顔に見える現象がしばしばみられるらしい。男はその顔を、どう捉えたのか。

 真実を知る者は、もうこの世には、誰も残っていない。


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