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風神の神託4

 クロウが姫巫女を連れて行ったのは、王都の城壁の外、下町にある行きつけの酒場である。

「こんなところに姫巫女様をお連れするなんて」とヒロは文句を言ったが、クロウは「こんなところだからいいんだろ」と酒場の主人に5人分のビールを注文した。

 選王会議が近々開かれる影響だろう、店はいつもより賑わっていた。


 西ナリス王国の統治制度は、選王制と呼ばれていた。

 王国内には多くの豪族が割拠しており、その中でも特に有力な六族が5年毎に王都で会議を開いて一人の王と二人の副王を選ぶのである。ただし、選王会議で選ばれたからと言ってそのまま王、及び副王になれる訳ではない。王、及び副王となるには、選王会議での選任の後、更に風神の承認が--つまり神殿の承認が--必要だった。

 そういう意味では、西ナリス王国では王よりも神殿の方が権威が高かった。

 その神殿で一番権威が高いのが姫巫女で、その姫巫女様が、場末と言ってもいい酒場でビールの入ったジッョキを手にしているのである。


「いいのかしら、本当に」

 姫巫女の隣に座ったヒロが首を振って嘆く。

「大丈夫ですよ。主もお喜びです」

 ミヤが微笑む。

「それにしてもディオン。先程はお見事でした」

「いやぁ」

 姫巫女に褒められてディオンが照れる。彼はクロウとファスに挟まれて姫巫女と向かい合うように座っている。

「お訊ねになりにくいかも知れないので予めお断りしておくと、風士候補生4回生の中で印可の力を使えるのはディオンだけで、オレもファスもまだ使えません」

 ヒロの対面に座ったクロウが言う。

「いやぁ」

「そうだね。ボクはともかく、クロウよりもディオンの方が先に印可を授けられるとは夢にも思わなかったよ」

「いやぁ」

「照れたフリをしてますけど、彼、クロウより先に印可を受けられたのが相当嬉しくて舞い上がっているんですよ、姫巫女様。印可の力なしだと、武術ではクロウにまったく敵いませんからね」

 ファスがディオンをからかうように言う。

「武術でクロウに敵わないのは、お前も同じだろ。ファス」

 口を尖らせてディオンが応じる。

「ボクは武術よりも魔術の方が得意だからね。なんだっけ、ディオンが印可を得られたきっかけって」

「落ち葉が落ちたんだよ」

 ディオンの短い答えに、ファスが笑う。

「改めて聞いても、意味不明だね」

「他に説明できねぇんだからしょーがねぇだろ。ホントに落ち葉が落ちるのを見て、不意に何か、その、うーん。何と言えばいいか、やっぱり判らねぇな。

 とにかく、ふと、印可の力を使えるような気がしたんだよ」

 彼らが話している印可とは、風神から風士に与えられる力のことである。

 風神が授ける力には、二種類あった。

 ひとつが風のように速く動く疾風。先程ディオンが使った力だ。

 もうひとつが風を操る轟風。こちらは、まだディオンにも使えない。

 と言うより、風士でも両方の力を使える者は稀で、どちらか一方、特に疾風を使える者の方が圧倒的に多かった。

 風士とは、王直属の親衛隊である。

 100名前後で構成され、定年は40才だ。

 風士になる準備段階とされているのが19才と20才のメンバーで構成される風士補。風士隊の所属とはなるが、仮に有事となったとしても、風士補が前線に立つことは余程のことがない限り、ない。

 更に風士補になるための候補生が、クロウたち風士候補生である。

 風士候補生は風士隊の所属ではない。

 風士隊の下部組織の風士候補学校に通う学生という身分である。ただし授業料は必要なく、逆に僅かではあるが給料が支給されている。

 風士候補学校は15才から18才までの4回生制で、武術や魔術、西ナリス王国の歴史など風士になるために必要な知識・技術を4年かけて学ぶのである。

 もちろん、風士候補生になるには厳しい試験があり、風士候補生になるだけでも一大事だった。また、風士候補生が必ず風士補になれる訳でもなかった。毎年、進級するための試験があり、卒業するにも卒業試験に通る必要があった。

 更に、風士候補生が風士補になる最大の難関が、風神から授けられる印可だった。

 授けられる基準が不明なのである。

 例えば、ディオンの場合は、ディオンが語った通り、落ち葉が落ちるのを見て、ふと何かを悟り、印可の力を使えるようになったのである。風士や風士補となったかつての候補生にしても、雲が流れるのを見たからとか、皿が割れたからとか、印可を得るきっかけは人それぞれだった。

 風士候補生は各回生ごとに約20人。その中で印可を授けられる者は毎年5~6人と、極めて狭き門だった。

「姫巫女様、印可が授けられる条件をこっそり教えていただけませんか?ボクだけにでも」

 冗談めかしてファスが言う。

「ごめんなさい。それは主のみがご存知なので……」

「姫巫女様、この人たちは悪い冗談しか口にしませんから、謝る必要なんかありません。耳を傾けるだけ、ムダってモンです」

 そう言ったのはヒロである。

「ひどいなぁ、ヒロちゃん。クロウのためにも知りたくない?クロウが風士補になれば晴れて結婚できるんだよね、君達」

「そうだけど、私も神官補にならないと無理だし。何よりクロウを信じてるもの」

「あーあ。ボクもそう言ってくれる人を早く見つけなきゃ」

「オレも何とかなるとは思っているけどな。もし印可を受けられなければ、故郷に帰るか王軍に入って、誰もやったことがないほど出世してやるさ」

「クロウの故郷はどこなのですか?」

「北のカナルリアです。ヒロも同じで。オレの家は長姉が継ぐことになってるんで、風士候補生の試験を受けられる歳になってすぐに、こっちに一人で出て来たんです」

「わたしは、たまたま父が王都勤務になったので、父に連れられてクロウと一緒に王都に出て来ました。元々神官になりたかったのでクロウに1年遅れて神官見習にならせていただきました」

 神官に、と言ったが、ヒロはどんなに頑張っても神官補にしかなれない。彼女の能力の問題ではなく、家柄の問題である。

 クロウにしてもディオンにしても同じだ。弱小の地方豪族は、西ナリス王国では端族と呼ばれた。ファス以外の3人は全員端族の出である。端族では、軍でも神官組織でも就ける役職に限界があった。

 誰もやったことがないほど出世してやると強がったクロウにしても、普通に軍に入ってしまえば、出世の望みはほとんどなかった。

 西ナリス王国で家柄を越えられるのは、姫巫女を除けば、風士隊だけなのである。

「ディオンは元々王都の生まれなのですか?」

「はい。ですが、その」

 ディオンが言い淀む。代わってクロウが答えた。

「コイツ、道を踏み外してたんですよ。ご両親を早くに亡くして。今はこんな真面目坊になってますが、昔は相当ワルくて。たまたまオレが王都に出て来た時に因縁をつけてきたんで、逆にボコボコにして風士候補生に無理矢理引っ張り込んだんです。

 それまでオレがやったヤツの中ではダントツに強かったですからね、コイツ」

 ファスがクロウの言葉を引き継ぐ。

「それがボクらの中で一番最初に印可を授けられて、風士補確定一番乗りなんだから、人生ってホント、判らないよねぇ、ディオン」

「その上、神官見習になるために王都に出て来たばかりのリムを婚約者にしちゃうんだから。初めて聞いた時はもうびっくり。

 あ、リムって、クロウの3つ下の妹で」

「覚えています。いつか紹介してくれたあの子ですね」

「はい、姫巫女様」

「一番驚いたのはオレだぜ、ヒロ。コイツとリムに結婚を前提に付き合いたいって言われた時のオレの気持ちが判るか?リムがこっちに来てまだ2ヶ月だったんだぜ。

 ホント、タチの悪い冗談としか思えなかったぜ」

「こっちも必死だったんだけどな。お前に頭を下げるのに」

「いつもはどんなに良くても兄貴としか呼ばないあのリムがだ、オレに向かって、お兄様って言ったんだぜ。

 思わず全身に鳥肌が立ったぜ」

 ヒロが吹き出し、声を上げて笑う。

 雑然として賑やかだった酒場の雰囲気が一変したのは、それからかなり経ってから、すっかり日が落ちてからである。

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