風神の神託3
「お前も来てたのか、クロウ」
彼らに声を掛けたのは、クロウと同じ風士候補生の制服を着た二人の若い男だった。
二人とも金髪で、一人はクロウと同じく180cmを越える長身だったが、もう一人は風士候補生にしてはいささか背が低く、160cm前後の身長しかなかった。
しかし、長身の男は風士候補生にしては少し細身で、背の低い方の男は、クロウと同じようにがっちりとよく鍛えられた体つきをしていた。
「よう、ファス、ディオン。二人だけか?」
クロウが二人に応える。
「残念なことにね。そっちは、ヒロちゃんとデート中かい、クロウ?」
軽い調子でそう言ったのは長身の男だ。
「まあな」
「そちらのご婦人は?」
生真面目な声で訊いたのはもう一人の男である。
「声を上げるなよ、ディオン」
背の低い方の男にそう断ってから、クロウは姫巫女に向き直った。
「姫巫女様、こっちのチビがディオン、ノッポがファスです。オレと同じ風士候補生の4回生です」
「ひっ……!」
思わず声を上げようとしたディオンの口を、笑顔を浮かべたファスが素早く塞ぐ。
「これはこれは姫巫女様。初めてお目にかかります。風士候補生4回生のファスと申します。宜しくお見知りおきください。
ボクのことは遠慮なく、ファスとお呼び下さい」
「なんで、姫巫女様がこんなところに……!」
「ディオン、驚くより先に自己紹介だろ」
ファスが笑顔のまま言う。優しそうなファスの顔に、ミヤはどこか見覚えがあった。
「あ、ああ。失礼しました、姫巫女様。風士候補生4回生のディオンと申します。宜しくお見知りおきください。
私も、遠慮なくディオンとお呼び下さい」
「こちらこそ宜しくお願いします。ファス、ディオン」
「こっちのファスは六族に属してて、現王の息子です。ディオンはオレと同じく端族の出なんで礼儀知らずですが、オレの妹の婚約者でもあります。
いずれはオレの義弟ってことですね」
クロウが補足する。
ミヤは「ああ」と、声を上げた。
「現王様の。どこか見覚えがあると思いました」
「良く言われますよ。何処かで会ったことがありますかって。父はボクによく似ていますからね」
「逆だろ、ファス」
「義弟ってとこを強調するな、クロウ」
姫巫女がくすくすと笑う。その隣でヒロは諦めたように小さく頭を振っていた。
「それで、なぜ姫巫女様がこんなところにいらっしゃるんですか?」
そう姫巫女に訊いたファスに、幾つもの怒声が答えた。
10人以上のあまりガラの良くない男たちが彼らを取り囲んでいた。そのうちの3人に、クロウは見覚えがあった。先程、彼が叩きのめした連中である。手には刃物を持ち、口々に何事か喚いている。
露店の人の波が悲鳴を上げながら彼らから離れて行く。
ファスが笑う。とても取り囲まれているとは思えない楽しげな笑い声だった。
「どうして君が姫巫女様と御一緒なのか判ったよ、クロウ」
「ま、そういうことだ」
肩を竦めてクロウが応える。
「姫巫女様。こいつら、まさか姫巫女様に狼藉を?」
ディオンが男達を睨み付けたまま、怒りを含んだ声で問う。姫巫女が答えるより早く、クロウが頷いた。
「ああ、そうだ。ちょうどそこにオレが通りかかった、って訳だ」
「そうか」
短く言って、ディオンは再び背後の姫巫女に訊ねた。
「姫巫女様、印可の力を使うお許しを頂きたいのですが」
「印可の力を使えるのですか?ディオン」
「はい」
姫巫女が考え込むように首を傾げる。しかしすぐに、その耳に風神の声ならぬ声が届いた。
ミヤは笑みを浮かべ、ディオンの背中に答えた。
「ディオン。主が、お許し下されると」
ディオンは凶暴な笑みを浮かべた。ファスが溜息をつく。
「残念。ボクの出番はなしか」
「ああ」
ディオンは一人、前に出た。足元で風が舞った。
「なしだ」
喚き続ける男達が異常を感じて沈黙した時には、ディオンの姿が消えていた。
風が男達の間を走り抜け、鈍い打撃音が幾つもそれに続いた。男達の顎が次々と跳ね上げられていく。いや、周囲の群衆には、男達の顎が一度に跳ね上がったようにしか見えなかった。
風を纏ったディオンが再び姿を現す。
「ふんッ」と鼻を鳴らした彼の後ろで、男達が端から崩れ落ちていく。
パチパチと拍手の音が響く。
ファスだ。
「いやあ、剣を使わないなんて、ディオンも大人になったねぇ」
少し遅れて、群衆からも拍手と歓声が湧き起こった。
「クロウ、ここ、離れた方が良くない?」
クロウの袖を引いて、ヒロが囁く。
「そうだな。ファス、ディオン、行くぞ。
姫巫女様も、ご一緒にどうぞ」
姫巫女には囁き声で言って、クロウは群衆を掻き分け、道を開いていった。クロウのすぐ後を、姫巫女の手を引いたヒロが続く。
ディオンは「おう」と応じて、ファスは「誰か衛兵隊に連絡してね。でも、ボク達のことは内緒で」と、笑顔を振り撒きながら風神の神殿前の広場を後にした。