エピローグ2-3
「そう言えば、ヴラドさんはどの神に帰依してるの?」
「スフィア様さ」
ナーナの問いに、ヴラドが簡潔に答える。「あー」とナーナは声を上げた。
「やっぱり、って感じだね」
アキラはナーナを見下ろして、当然とも言える質問を口にした。
「どんな神様?スフィア様って」
「えっ。えーと……」
何故か、ナーナが言い淀む。
ナーナに代わって、フランが笑いを含みながら答えた。
「愛と美の女神よ。見習君」
「え」
とは、アキラ。
「ヴラドさんの守護神が、愛と美の女神なんですか?」
フランがくすくすと笑う。
「スフィア様はね、別のモノも司っているのよ」
「性愛と快楽さ」
低く嗤いながらヴラドが答える。「あー」とアキラは納得した。ナーナがどこか怒ったように顔を赤らめているハズである。
「元々は、オレの国の守護神が氷雪を司る女神で、オレの守護神もおんなじだったんだがな、問題を起こして国を出た時に破門されて、傭兵になった際に、スフィア様に帰依することにしたんだ」
「おおかみくんみたいに、いつ死んじゃうか判らないオシゴトをしているヒトには多いわよね。スフィア様の信徒」
「ああ。オレたちには今しかねぇからな。明日には、もうこの世にいねぇかも知れねぇんだ。グダグダ考えるだけ時間のムダってもんだ。性愛と快楽の女神に帰依するっていうのは自然な流れだろ?」
「元々おおかみくんがそういう性格だから、そういう生き方になっちゃってる、とも言えるわよね」
「否定はしねぇよ」
ヴラドが牙を剥き出して頷く。とても笑ったとは思えない凄味のある笑みだった。
「そういうオメエはどうなんだ、フラン」
「あたし?」
「おう。惑乱の君から妹って呼ばれてるんだろ?オメエ。そんなヤツがいずれかの神に帰依しているとはちょっと思えねえ」
フランが薄い笑みを浮かべる。
「そうね。あたしは、どの神にも帰依していないわね」
と、フランは意味ありげに言った。
フランはそのまま口を閉じて、ヴラドもそれ以上は何も問わなかった。アキラとナーナもだ。不思議な沈黙だった。フランとアキラの影の中に潜む人ならざるモノたちでさえ、寂としてただ静かに佇んでいる気配があった。
まるで彼らの乗る馬車が空を飛んでいるかのように、車輪の鳴る音が、遠く微かに響いていた。




