エピローグ2-1
「それがね、あたしが知恵の神の二面性を知った時の話」
馬車に揺られながら女はそう言った。赤い鮮やかな髪を背中に落とした、あでやかな女だった。歳は20代後半だろう。しかし、どこか歳の判り難い女だった。
女の膝では、まだ幼い銀髪の少女が頭を預けて眠っていた。
「知恵を司る神の裏の顔が、狂気と混乱を司る神ですか。なるほどと思っちゃいますね」
黒い髪をした男が言う。
まだ若い。おそらく20代前後といったところだろう。肌は黄色く顔は平坦で、彼が異邦人であることは明らかだった。
「でしょ?」
「だとしたら、アキラも二面性を持ってるってことかな?」
黒い髪の男の隣に座った少女が訊く。
濃い栗色の髪と濃い栗色の瞳をした可愛らしい少女だ。こちらはまだ10代半ばだろう。
「そうそう。だから気をつけな、譲ちゃん」
狼の頭を載せた巨躯が、馬車の一番奥からからかう様に言う。
御者を除けば、馬車に乗っているのは彼ら5人だけだ。ショナの首都であるデアへと向かう貸切馬車の中である。
「うん。判った」
「ナーナ。そこは判った、って言うところじゃないだろ?」
「ン?そうかな。判った、で間違ってないと思うよ?」
「酷いなぁ」
若い男が少女に文句を言う。
その二人の様子を、赤い髪の女--フランは、楽しそうに見つめていた。
少女--ナーナが、フランを振り返る。
「フランさん。それで、『完璧な世界』がどういった術なのかは、結局、判らなかったの?」
「そうね。写本も全て処分したし、あたしも中は見なかったしね。神殿に残されていた書類には『破れの修復の試み』って書かれていたそうよ。
見習君は何のことか、見当がつく?」
「そうですね……」
見習君と呼ばれた若い男--アキラは、しばらく考えてから言った。
「多分ですが、それ、自発的対称性の破れを修復しようとしたんじゃないでしょうか」
フランとナーナは顔を見合わせた。ナーナが首を振る。フランは狼男に顔を向けた。顔を向けられた狼男--ヴラドは、オレに訊くなよ、とでも言いたげに肩を竦めた。
フランがナーナに視線を戻し、ナーナが頷いて、アキラに訊ねた。
「なんなの、アキラ。自発的対称性の破れって」
「説明すると長くなるんだけど、いいかな」
「うん」
「じゃあ」と、アキラは話し始めた。
エピローグ2-2は読み飛ばし可です。
というか、読み飛ばせるように2-2としています。
興味のない方はエピローグ2-3へお進み下さい。




