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決着4

 風士隊員がネッドと狂乱から離れて行く。イルスもだ。彼は二人の邪魔をしない様、静かに後ろに、風士隊本部の入り口まで下がった。

「どうやったんじゃ?気配は無かったがの」

「話す必要はないよな、狂乱」

 半眼を狂乱に向けて、ネッドが言う。冷笑を浮かべた口には、火のついた煙草さえ咥えられていた。

「それはそうじゃ。ワシも急いでおる。お前と話しておるヒマはないわ」

 風士隊本部の入り口に近い場所に待機していたクロウは、ネッドの膝から下が、ズボン越しにもそれと判るほど輝くのを見た。彼が倒した復讐者が使ったのと同じ業だと、クロウはすぐに悟った。それでは遅すぎる、とクロウが思った時には、狂乱の姿が消え、光の筋が風士隊の敷地の外に向かって走っていた。そして、爆発音が轟いた。

 ネッドの姿が一瞬消えたかと思うと、人のぶつかり合う鈍い音が響き、クロウの予想に反してネッドが狂乱を掴んで転がるように現れた。

 クロウは、狂乱と絡み合ったネッドの膝から下が失われているのを見た。ネッドが立っていた場所に、夥しいほどの血が撒き散らされていた。

 確かに、クロウが見たのと同じ呪をネッドは膝下に刻んでいたのだろう。ただし、ネッドは限界まで術を行使し、自分の足を消し飛ばすほどの勢いで狂乱を掴んだのだ。

「馬鹿な、鳳雷を捕まえるなぞ……!」

 ネッドが嗤う。

 表情の少なかった彼の顔が、狂喜に歪んでいた。

「お前を主の下に送ってやるぞ狂乱!……お前の主」

 ネッドが短く言葉を切る。

 そして彼は、天地を震わせる程の大声で叫んだ。

「クソッタレのラシャブの下へな!」

「お、お前、我が主の御名を……!」

 ネッドの体がたちまち青白い冷たい炎に包まれる。惑乱の君の御名を口にした者に訪れる呪いの炎であった。

 そしてその炎は、ネッドに掴まれた狂乱をも包み込んだ。

 狂乱が悲鳴を迸らせ、ネッドは燃えながら哄笑した。小柄な狂乱の体を愛おしむかのように固く抱きしめ、まるで苦痛を感じていないかのように彼は楽しげ叫んだ。

「死ね、死ね、狂乱!己の主の名において、己が施した、この、なかなか死なぬ我が命で、死ね!狂乱!!」

 風士隊員が呪いに巻き込まれまいと、青白い炎に包まれて石畳の上を激しく転がり回る二人から、明らかに怯えを含んだ声を洩らして逃げ惑う。

 イルスも、クロウもまた、息をすることすら忘れて二人を見守っていた。

 ネッドは嗤い続け、狂乱はネッドを振り払おうと悲鳴を上げながら暴れ続けた。何か呪を唱えようと狂乱が顔を上げ、それをさせまいとネッドの手が狂乱の喉を掴み、パイプを握り潰した。恐怖に目を見開いた狂乱の手にいつの間にか短槍が現れ、ネッドの脇腹を深く抉ったが、ネッドは固く彼を掴んで離さなかった。

 冷気を纏った冷たい炎が、ネッドを、狂乱を、音もなく黒く染めていく。

 炎はネッドの表面だけでなく内側も焼き、彼の体中の穴という穴から残らず炎が噴いていた。

 狂気に囚われた復讐者は、大きく開いた口からも青い炎を吐きながら、ひたすら笑い続けた。その笑い声が次第に細い吐息となり、それも止まって、眼球が潰れてただの黒い穴となってようやく、ネッドは動くのをやめた。

 狂乱を包んでいた青い炎も、ネッドの死とともに大気に溶ける様に消えた。

 ネッドの指が炭化して崩れ落ち、狂乱はヒィヒィと息を乱してネッドの体の下から這い出した。

 皺の下の瞼を押し上げ、風士隊本部の敷地の境を捜す。

 それは、彼の1mほど先にあった。

「こ、このワシが、こんな……こ、こんなヤツに……」

 ゆっくりとゆっくりと黒く焼け焦げた狂乱の体が這いずって行く。

「まだ死なぬ、もっと、もっと……、ワシは……」

「もっと、何だ?ジジィ」

 影が狂乱の上に落ちた。

 神槍を手にしたニケが、狂乱を跨いで立っていた。二体の飛竜の姿は、いつの間にか空から消えていた。

 狂乱の震える指が、敷地の境に伸びる。

 ニケは神槍を狂乱の背中から石畳まで一息に突き刺した。

「……!」

 狂乱の上げた悲鳴はもはや小さ過ぎて、石畳を砕く音に紛れてニケ以外の耳には届かなかった。

「テメエだけ、望んだように死ぬっていうのは、贅沢ってもんだぜ」

 ニケは風士隊員の輪を振り返った。

「なあ、ユマ」

「おう」

 風士隊員の輪の後ろに、ファスの肩を借りたユマが立っていた。

 風士隊員が道を開け、彼女はファスに支えられたまま狂乱に歩み寄り、すぐ傍らに膝をついた。腰まで伸びていた長い髪は、大災禍の折に焼かれて短く刈り上げられていた。

「下がってな、ファス」

 ファスが「はい」と頷いて風士隊員の輪まで下がるのを確かめてから、ユマは狂乱を見下ろした。

 意識があるのかないのか、狂乱の小柄な体は神槍に縫い付けられたまま、小刻みに痙攣していた。

「カタぁつけてやるよ」

 ユマの全身から電光が迸り、彼女の着ていた服を全て吹き飛ばして、狂乱へと降り注いだ。風士隊員があまりの眩しさに目を背ける。狂乱の小柄な体が神槍を中心にして、踊るように跳ね上がった。

 最初は小さな悲鳴がユマの耳に届いていたが、それもやがて消えた。

 何度となく人影を跳ね上がらせ、狂乱の体を隈なく雷で焼き尽くして、ユマはようやく放電を止めた。

 完全に息絶えて、狂乱の魔術師と呼ばれた老人は大きく口を開いて、何かを求めるように手を伸ばしたままピクリとも動かなかった。

 長い息を吐いてユマが立ち上がる。

 僅かに残っていた着衣がユマの白い肌から滑り落ち、すぐにファスが彼女に走り寄って自分の上衣を着せた。

「すまねえな、ファス」

 胸元を隠すように上衣を引き寄せ、ユマはファスを見た。

「終わったぜ。ようやく」

「お疲れ様でした。ユマ様」

 ユマは童女のような笑みを浮かべると、ファスの顔を掴み、荒々しく唇を重ねた。ファスも逆らうことなく彼女の背中に手を回し、二人を取り囲んだ風士隊員たちが歓声を上げた。

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