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写本の行方3

「いらっしゃ……」

 入って来た客を見て、酒場の主人が声を途切らせた。クロウとファスも、その声に酒場の入口を振り返った。咄嗟に陸士候補生たちかと思ったがそうではなかった。

 そう言えば、ヤツラの姿をしばらく見ていないなと、クロウはふと思った。もっとも、ここ数日、とても陸士候補生どころではなかったのだが。

 酒場に入ってきたのは二人の少女だった。

 一人は、魔術師であることを示す床まで届く黒いローブを纏っていた。

 フードは被っていない。

 まだ若い。10代半ばぐらいだろう。丸顔で、とても愛嬌のある顔立ちだった。栗色の髪を肩で短く切り揃え、髪とよく似た色の瞳をあちこちに忙しなく動かしていた。

 もう一人は更に若かった。

 おそらく、10代の前半だろう。鮮やかな赤い髪を背中に落とし、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべていた。可愛らしい顔をしていたが、不思議な落ち着きのある瞳でクロウとファスを臆することなく真っ直ぐに見つめていた。

 魔術師のローブを纏った少女が、彼等に歩み寄って来た。気のせいか、年下の少女に後ろから促されているようにも見えた。

「あの」

 おどおどと、魔術師のローブを纏った少女はクロウとファスに声をかけた。

「ボクたちに何か用かい、お嬢さん」

 にこやかな笑みを浮かべてファスが応じる。

「わたし、こういう者です」

 少女が名刺を差し出す。

 ファスが受け取った名刺には、リィという名と、ショナの魔術師協会に所属し、ショナの首都であるデアに在籍している旨が書かれていた。

「リィちゃんか。まだ若いよね。それで魔術師なんてすごいね。そちらの子は?」

「わたしの随員で、フラン、といいます」

 リィは、随員、というところを妙に強調して言った。

「痛っ」

 リィが小さく声を上げる。フランを振り返り、「つねらないで下さいよぉ、フラン姉さまぁ」と文句を言うのが聞こえた。

 妙な二人だなと思いながら、ファスはリィに声をかけた。

「それで、ボクたちに何かご用かな」

「あ、あの」

 リィはおどおどして、口をもごもごと動かしていた。その後ろで、フランがリィをつついている気配があった。

「……フラン姉さまが話して下さいよぉ。わたし、人と話すの……」

「……しっかりしなさい。リィが……」

 何やら二人でごそごそと話していたが、埒が明かないと判断したらしく、リィを押しのけてフランが前に出てきた。

「申し訳ありません。リィ様はちょっと人と話すのが苦手なので、代わってあたしが話しをさせていただきます。

 あたしたちは大災禍について調べてて、お兄さんたちが最初に風神様から御神託を享け賜わったって聞いて、お話を伺いたくて来たんです。

 少しお時間を頂いてもよろしいですか?」

 歳に似合わぬしっかりとした口調でフランが言う。

 口元に浮かんだ笑みも、妙に大人びて、とても魅力的に見えた。

「オレたちが最初に御神託を賜わったって話は、誰から聞いたんだい?」

 クロウが訊く。

 既に彼らも、ショナの魔術師協会には最大限協力するようにと、風士隊から命じられていた。

 ただ、どうにも少し胡散臭い。

「姫巫女様からお伺いしました。とてもお美しくて、ご立派な方ですね」

 如才なくフランが言う。

「姫巫女様からかぁ。それなら断る理由はないね。何を訊きたいの?フランちゃん」

「姉さまを、フランちゃん……」

 リィが小さく呟いて低く笑う。そのリィの足を、フランが踏んだ音が響いた。フランは笑みを浮かべてファスに顔を向けたままである。悲鳴を飲み込んで、「判りましたよぉ、フラン姉さまぁ」と、リィが呟く。

 何が判ったのか、クロウとファスにはまったく判らない。

 ファスはちらりとクロウを見た。クロウも、「ま、いいんじゃないか」とでも言うように軽く肩を竦めた。


 それから、二人はフランに問われるままにここ数日の出来事を語った。

 フランは二人の話に頷き、的確に質問して、二人が忘れていたようなことまで聞き出していった。姫巫女との出会いから、狂乱のことだけではなく、ブラムスたち陸士候補生のことまで。ついファスは、あまりにもフランの聞き方が上手かったため、話の途中にも関わらず「フランちゃんて、何歳なの?」と訊ねたほどである。

 クロウも印象としては、かなり経験を積んだ娼館の女将でも相手に話しているような気分になっていた。

「えー。12才ですよぅ」

 急に幼さを前面に出してフランが答える。どこか、年齢を告げるのを楽しんでいるような、面白がっているような口調だった。

 それまで黙って話を聞いていたリィがくっくっくっと笑った。

 リィが笑う理由が、クロウとファスにはまったく判らなかった。12才と言われれば確かにフランはそれぐらいに見えたからだ。

 しかし、どうも違和感があった。

 フランの仕草のひとつひとつが、まったく子供っぽくない--むしろ、妙な色香さえ感じさせるのである。

「まさかとは思うけど、フランちゃん、ホントは雷神様の姫巫女様……なんてことはないよね?」

 ファスが躊躇いながら訊ねる。

 雷神の姫巫女は、10代の前半で成長を止められると言われていた。もちろんファスも話に聞いたことがあるだけで、実際に会ったことはもちろん見たこともない。それに、ユマの故郷に姫巫女はいないはずだった。

 ただ、雷神の戦巫女がこの地で昏睡状態になっているのだ。

 どこか近くの神殿から雷神の姫巫女が送り込まれて来たとしても有り得ないことではないと、ファスは考えたのである。

 しかし、フランはとんでもないと言うように両手を振った。

「違いますよぉ。あんな幼女趣味、あたしの好みじゃありませんからぁ」

 ファスは息を呑んだ。

 誰もがそう思っていても畏れ多くて口にしないのが、雷神は幼女趣味なのではないかという噂だったからである。下手をすれば神罰を下されかねない--もし下されたとしたらあまりに情けなさ過ぎるために誰も口にしない--セリフだった。しかしフランは平然として、まるで誰かを(まさか雷神を?)からかうような微笑を浮かべて、ファスを見つめていた。

 穴の開いた天井から、文句でも言うかのように遠雷の音が微かに響いた……ようにファスは思えた。

「それより、お話の続きを聞かせて頂いてもよろしいですか?」

 フランが声を改め、わざとらしく小首を傾げて問う。

「あ、うん」

 釈然しないまま、ファスは頷いた。

 クロウと二人で大災禍までの出来事を一通り話し終えるのに、結局30分ぐらい必要だった。

「ありがとうございます。とても参考になりました」

 フランが立ち上がり、無駄のない優雅な動作で頭を下げる。

 リィもフランに促されてひょこりと頭を下げた。

「またお話をお伺いするかも知れませんが、その時にはよろしくお願いします。

 それと、あたしたちとは別の魔術師もデアから調べに来ますので、お手数ですが、もし問い合わせがあれば、そちらにもお答え頂けますか?」

「もちろん、いいよ」

 ファスが軽く応じる。フランの正体について深く考えても仕方がないと判断したのである。少なくともフランは、西ナリス王国に害をなす存在とは思えなかった。

「いつでもどうぞ」

 クロウもそう言ってから、最後に、彼女らが現れてからずっと疑問に思っていたことを訊ねることにした。

「それで、ちょっとこちらからも訊いていいかな」

「なんでしょう」

 そう応じたのは、やはり、フランの方だ。

「君達、ショナから来たんだよね?それにしては来るのが早すぎるんじゃないかな。たまたま王都の領事館にでもいたのかい?」

「あ、それはですねぇ」

「申し訳ありません。それは言えないことになっています」

 フランがリィを遮って答える。

「隠すようなことじゃないんですけど、魔術師協会はいろいろ隠し事をするのが趣味みたいなもので、どうやってここまで来たのか、話さないように厳命されているんです。それを話すと、あたしたちの首が捩じ切られちゃいます。

 ですから、たまたま近くに居たと考えて下されば助かります」

「首が……」

 確かに秘密を保持するためにそういう術があるということを、ファスは聞いたことがあった。しかし、どうも嘘くさい。

「ありがとうございました」

 フランが頭を下げ、先に立って出て行く。リィはその後ろをトコトコとついて出て行った。やはりどう見ても、リィの方が随員としか思えない光景だった。

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