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写本の行方1

 西ナリス王国の王都では多くの家屋が倒壊し、辛うじて倒壊は免れても、被害を受けなかった建物は皆無と言ってもよかった。その割に人的被害が少なかったのは、守護神である風神の加護の賜物と人々は感謝し、直ちに復旧に取り掛かった。

 不思議なことに余震はほとんどなく、人々はそれが大地母神の加護のおかげと気づいて、東に向かって感謝の祈りを捧げることも忘れなかった。

 不幸中の幸いだったのは、選王会議のために六族の有力者が王都に集まっており、かつそのうちの誰も命を落とさなかったことである。

 選王会議は予定通り、罹災した夕刻に、ただいつもよりは慎ましく開かれ、新しい王と副王が選ばれた。通例、王と副王は六族の別々の一族が務め、新しい王と副王は更に別の一族が務めていた。つまり、六族の間で王と副王の役目を交代で回していたのである。

 選王会議の結果は神殿でも問題なく承認された。

 いつもは風神の御坐の前で行われる承認が、そちらでは危険と判断され、神殿前の広場で篝火の照らす中、姫巫女が、煤と泥に汚れた服装のまま新しく選ばれた王と副王を祝福した。

 新旧いずれの王も、副王も被災者ではあったが、彼らは深夜にも関わらず今後の対応を検討すべく、王宮の一室に集まった。



「水道は復旧したと、報告があった。しかし、下水道の方はまだ、復旧するまで3日ほどは必要だろう」

 まず口火を切ったのは新王である。

「選王会議のために六族の軍が集まっていたことが幸いしたな。人手が多くて良かったよ」

「ああ。ただし、この状態が長引けば、逆に食料の問題が出てくるな。籠城戦に備えて数年分の兵糧を蓄えてはいるが、六族の軍の分までとなると、流石にまったく足りん」

「食料の手配を至急、行わせてはいるが……」

 新副王が自信なげに言う。

 被害の全容が掴めないのである。

 王都ほど酷くはなさそうではあったものの、被害は王都近郊にも及んでいた。それがどうやら、王都近郊に止まらないと、彼らは気づき始めているところだった。

 ただし、まさかそれが西ナリス王国全土に及んでいるとは、彼らはまだ夢にも思っていなかった。

「この災禍の原因は、どこまで判っている?」

 新王の問いに、前副王が3人の神官の名を上げた。

「今回の災禍の中心にあったのが彼らに割り当てられた部屋で、彼らがそこで何らかの魔術の研究を行っていたことは確かだ。研究内容は、神殿に残された書類によれば、『破れの修復の試み』となっている。もう、30年以上前から行われている研究だということだ。30年以上前からの研究ということで、御神託があった際にも、関係ないと判断されたようだな」

「『破れの修復の試み』?どんな研究だ、それは」

「現在、この世界は破れており、その破れを修復するための試み、と、書類には記されている。詳細は、まあ、不明だ」

「世界は破れており、それを修復する試み……か。つまりそれが、御神託にあった『完璧な世界』ということか?」

「そう考えてまず間違いなかろうな。破れを修復することで完璧な世界に戻すと、まあそんなとこだろ」

「破れを修復することが何故、大いなる災禍に繋がるんだ?」

「オレに訊くなよ、オレに」

「主の一部までもが失われたと、姫巫女様が言われていたが」

「本当だろうな。姫巫女様がウソを言われる理由がない」

「つまり、『完璧な世界』を使えば神をも殺せる、と言うことか?」

「だから、オレに訊くなよ、オレに」

「ワシの雇っている魔術師は、革命的な話だと興奮しておったよ」

「ウチの魔術師も同じだ。是非、内容を知りたいとな」

「こちらもだ。もし、内容が判ればすぐにでも試しそうな勢いだったぞ」

 新王が溜息をつく。

「ヤツラならやりかねまい。知識のためには、神をも犠牲にしかねん。魔術師に信仰心と知識のどちらを優先するかと問えば、ほぼ間違いなく知識とヤツラは答えるからな。

 ヤツラに信仰心を求めるなど不可能に近い。

 ここはやはり、御神託の通り、『完璧な世界』は直ちに破棄すべきだな」

「こう言っちゃあアレだが、幸いなことに、『完璧な世界』は神官もろとも消失したんだろ?」

「さてな。3人の神官の自宅を捜索させてはいるが、そもそも我々に『完璧な世界』がどういったものか判らない、というのが大問題でな」

「30年の研究成果を灰にするのは地道に研究を続けてきた彼らに申し訳ないが、彼らの自宅から出てきたものは全て燃やしてしまうべきだろう。内容に関わらず」

 新副王の一人が言う。

「私もそう考えているよ。一見、関係なさそうなものも含めて処分すべきとな。既に自宅から家族は立ち退かせている。危険という名目でな。ま、実際のところ、住めるような状況ではないし、な」

 新王が言う。会議の他の出席者も全員が頷いた。

「ところで、今は風士隊が六族の軍を統括して王都の復旧に当たっているが、問題はないのか?」

 前副王の一人が言った。

「風士隊の隊長はイルスか。アイツは優秀だがいささか野心が過ぎるからな。しかし、今は仕方なかろう。

 他に適任がおらん」

「衛兵隊長を失ったのは痛かったな」

 衛兵隊長は狂乱騒動の折、前王の命で神殿に駆けつけ、そこで命を落としたのである。

 会議の参加者で前王の判断を責める者は誰もいなかった。何を差し置いても、まず姫巫女を守る。それは彼ら全員にとって、死んだ衛兵隊長も含めて、当然の判断だったからである。

「消極的に賛成、といったところだな」

 前王がそう言い、異論の声は誰からも上がらなかった。

「ショナの領事館から援助の申し入れが来ているんだが、こちらはどうする?」

 新王が問う。

 ショナとは、西ナリス王国の更に西にある大国である。西ナリス王国と東ナリス皇国、いずれにとってもショナは遠く、国境が接していないこともあって、両国ともにショナとは友好関係にあった。

 ショナは世界でも屈指の魔術大国であり、同時に屈指の農業大国でもあった。

「ショナからの援助は必要だろう」

「むしろ、断るのが難しい、といったところだな」

「ショナの魔術師協会が、今回の災禍の調査を要望しているのだろう?もし、『完璧な世界』の知識がショナに渡ったら危険ではないか?」

「私は、ショナの援助を受け入れても問題ないと思う」

 新王が言う。

「ショナの国力は我が国、いや、我が国以外の他国をも圧倒している。北の大国をもな。仮に『完璧な世界』の知識がショナに渡ったところで、我が国の情勢に何も影響はないだろう。

 それに、かの国は既に神を葬る知識を持っている。むしろ、ショナ以外の他国に『完璧な世界』の知識が渡るほうが脅威だ」

「確かにな。今更……か」

 新王が言う通り、ショナは神を葬る別の知識を有していた。しかし、それはまた別の話である。彼らにとって重要なのは、ショナが既に神を葬る別の知識を秘匿しており、しかもそれを乱用していない、という事実だった。

「むしろ、『完璧な世界』を破棄する助けになるかもな」

「そうだな。『完璧な世界』がどういうものか判らなくては話にならん。彼らが調べてくれるのなら、むしろ好都合か」

「被害のほどが判らない今、ショナからの援助は捨てられんしな」

 新王の言葉に、全員が頷いた。

「では、ショナの援助は受け入れるということで、異論はないな」

 新副王が議論をまとめ、誰も異論の声を上げなかった。

「もうひとつ、東からも援助の申し入れが来ている。こちらはどうするべきかな」

「こちらも受け入れざるを得ないだろう。何より隣国だ。援助を受け易い」

「ただな。東は間違いなく『完璧な世界』の知識を狙って来るぞ。オレの首を賭けてもいい」

 前副王が、声を潜めて言う。前王の上げた笑い声が室内に明るく響いた。それが、室内の沈んだ空気を和ませた。

「アンタの萎びた首なんか誰もいらんよ。それに、ここにいる全員アンタと同じ方に賭けるさ」

「ああ。賭けにはならんな」

「知ってるだろう?東のスパイどもが御神託以来、とっくの昔に『完璧な世界』を探し始めているって」

「東のスパイだけじゃなく、あっちに構築しているうちの方の組織もあっちで同じことをしているんだろう?」

「もちろん。その上で、もし『完璧な世界』が見つかれば横取りしようと、こっちでもあっちでもお互いに牽制し合っているよ」

「メンドくせぇ話だな」

「しかしそれはそれとして、援助は受けるべきだな」

「ああ、そうだな。あっちの主産業は農業だ。こちらから金を払ってでも援助を頼むべきだろう」

 そう応じたのは新副王の一人だ。

「そもそも、今回の災禍が東の仕業とは考えられないか?」

 もう一人の新副王が問う。

「判らんな。姫巫女様が御神託を享け賜った状況からすると可能性は極めて低いが、やはりその線は捨てられん」

「では、援助依頼の使節という名目で、ワシが東に行ってみよう。あちらの宮廷の様子を探って来てやるよ」

 そう言ったのは前王である。

「アンタが裏切らんという保証がないからなぁ」

「それを言われると辛いな。まぁ、その通りだから」

 悪びれることなく前王が言う。

「ま、それは、我々、全員がそうだがな。しかし、誰かが東の様子を探って来るというのは賛成だ。誰が行くか、というのが問題だが」

「それじゃ、アンタんとこの筋肉馬鹿の家老と」

 と、新王が新副王の一人を指差した。

「ウチの腹黒参謀を一緒に行かせる、というのはどうだ?」

「悪くないな」

 前副王の一人が言う。

 もう一人の前副王も頷いて、前王を振り返った。

「いいだろう。ワシも賛成だ。オイ、あっちで喧嘩ばっかするなよ?国の恥になるからな」

 前王が笑う。

「そいつは難しいな、そのメンツだと。あの筋肉馬鹿とは一度きっちり勝負をつけときたかったし、コイツんとこの腹黒参謀の青白い顔を見ると、不思議とぶん殴りたくなるんだよ」

「歳を考えろよ、まったく。またぎっくり腰になるぞ、いつぞやみたいに」

「その方が静かでいいけどな」

「余計に煩くなるから困るんだよ、コイツの場合」

「ああ、そうだったな。手が動かせない分、口を動かし始めるからな」

「ひでぇな。もうちょっと……」

 前王は言葉を途切らせた。

 会議室の扉がノックされたのである。前副王が開いた扉の向こうには、新王の腹黒参謀が青白い顔をして立っていた。

「何かあったか」

 新王が問う。

「神殿から連絡がありました。新しい御神託が下されたとのことです」

 暗い声で腹黒参謀が言う。

「内容は?」

「『完璧な世界』の写本を探し出し破棄せよ、と」

 会議室がざわついた。

「写本……か。やはり、魔術書ということだな」

「ああ。それとつまりは」

 新王が御神託の意味を噛み締めるように言う。

「同じことがもう一度起こる可能性があると、そういうことだな」



 新しい副王に選ばれたその男は、会議の後、己の属する六族の陣へと戻った。王都内に屋敷を構えてはいたが、そちらは危険と、陣内に居を移していたのである。

 彼専用に張った大きなテントに入り、男は一人の部下を呼んだ。

「写本を探し出して破棄せよと、新たな御神託があった」

 声を潜めて副王は言った。

「写本でございますか」

 まだ若い部下の声は、内密の話をしているにしては明るかった。丸顔で人好きのしそうな彼は外見に違わず人当たりも良く、六族だけでなく端族に至るまで、広い人脈を誇っていた。

 ただしそれは、彼の持つ様々な顔の一面に過ぎなかった。

「それは良い話ですね」

「誰よりも早く写本を探せ」

 副王の方は、神経質そうに言った。さっきまで会議で一緒だった新王をはじめとする戦友を裏切っているという後ろめたさが、彼の声を急かしていた。

「そして……」

「東で、同じことを起こすのですね」

 温かい笑みを浮かべたまま、部下は主人の言葉を補った。

「そうだ」

「承知いたしました」

「明日にでも、御神託は国民に伝えられるだろう。そうすれば軍を動かして写本を探しても怪しまれることはない」

「他の族の同志とも協力いたしましょう」

「ああ。今度の災禍と先の愚帝戦争。東に報復せずになんとするか。彼奴らに、目にものを見せてくれるわ」

「正義は我らにございます」

「むろんよ」

 西ナリス王国としては、東ナリス皇国に対して愚帝戦争の報復をしようとする動きはない。5年毎に王が代わっても、東ナリス皇国を国境まで押し返した20年前からずっとその方針に変更はなかった。歴代の王は、報復よりも平和を選んできたのである。しかし、それを歯痒く、忌々しく思っている者は少なくなかった。彼らは、正義は自分たちにあると信じていた。

 故に、彼らは自らを正義派と称した。

 所謂、過激派である。

 副王と部下が顔を寄せ、更に声を落とす。

 テントの隅に淀んだ濃い影が、満足そうに低く笑って、姿を消した。

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