表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/40

完璧な世界2

「聞いている方が恥ずかしくなるのお。もう少し、言い方があるじゃろう、雷娘」

 声が何重にも重なって聞こえた。ファスは息を呑んだ。フードを被った小柄な男--いや、老人が、彼らから5mほど離れて、石段の下から二人を見上げていた。

 皺だらけの顔。穴のような小さな目。

 狂乱である。

 ユマがファスを庇う様に一歩前に出る。その口元に、獣にも似た笑みが薄く浮かんでいた。

「神殿にいるニケを呼んで来な、ファス」

 囁くようにユマが言う。

「はい。ユマ様も無理をなさらないように。すぐに戻って来ます」

 ファスもそう囁き返して、後ろを振り返ることなく走り去った。

 自分ではユマの邪魔にしかならないということを、彼はよく判っていた。それが悔しかったが、彼には彼でやれることが、やらなければならないことがあるのである。

「よお、ジジィ。こうして顔を合わすのは、久しぶりだな」

 走り去るファスを目で追う狂乱に、ユマは声をかけた。狂乱はユマに視線を戻すと、ほうほうと笑った。

「愛しい男を巻き込みたくないのかえ、雷娘。健気なことじゃの」

「そんなんじゃねぇ。お前を殺るのに足手纏いになるから行かせただけさ。お前が出て来るのを待ってたぜ。ジジィ」

「一人で、しかも剣もなしにどうしようと言うのじゃ?」

「剣なら、あるぜ」

 二人の真上から、線を引くように一振りの剣が落ちてきた。石畳を打ち砕き、ユマの前に突き刺さる。飛び散った欠片がまだ宙を飛んでいる中、ユマは突き刺さった剣を、雷神から授けられた神剣を、鞘はそのままに抜き放った。

 まるで雷でも落ちたかのような轟音が周囲に響き、神殿前の広場にいた人々をビクリッと振り返らせた。

「ニケもすぐに、コイツを追って飛んでくるぜ」

「罠、ということかの?」

 驚いた様子もなく、狂乱が訊く。

 ユマはその問いに応えることなく身を屈めた。

 何が起ころうとしているのか悟った人々が、悲鳴を上げながら神殿前の広場から逃げ始めていた。

「オレが一人でうろついてたら、きっと出て来ると思ったぜ。ジジィ」

「では、風神の小娘が来る前に終わらせるとするかの」

 被っていたフードを背中に落とし、皺だらけの顔を歪ませて狂乱はそう言った。


 ファスは神殿に向かう途中で、神槍を手にしたニケが神殿の窓から飛び出して行くのを見た。ニケはそのまま空中で姿を消し、更に彼の背後で落雷の音が轟いた。ファスは足を止めることなく、行き先を神殿から風士隊の本部に変えた。

 異変に気付いた風士隊員が駆けて来るのが、すぐに見えた。

「狂乱です!」

 走りながらファスは叫んだ。

「何処だ!」

 風士隊員も足を止めることなく叫び返す。

「神殿前広場の大通りからの入口の階段、すでに戦巫女様が戦われています!」

 すれ違う風士隊員たちにそう叫び、更に風士隊本部にまで足を飛ばして駆け込んで、ファスは同じことを声の限りに叫んだ。


 ユマが撃ち込んだ神剣は易々と躱され、石段を打ち砕いた。

 ユマはそのまま体を回し、勘に任せて自分の背後を薙いだ。微かに手応えがあったが、薄い。いつの間にか空は黒雲が覆い、雨が降り出していた。ユマが神剣の力で呼んだのである。

 雨の中を、目に見えない何かが走っていた。

 狂乱だ。

「見えて、るぜ!」

 ユマの体が電光を引いて消える。

 雨を散らして何かがぶつかり合う音が響き、それに女の低い苦悶の声が続いた。

「ぐっ!」

 ユマの体が石畳に投げ出される。その腹に、穴が開いていた。

 狂乱がユマから5mほど先にゆらゆらと姿を現した。何かを手にしている様子はない。しかし、確かに何かで刺された感覚があった。

「見えるだけでは、どうにもならんの」

「何をしやがった」

 立ち上がりながらユマが問う。腹に開いた穴は、既に塞がり始めている。

「さての。言うハズがなかろう?」

「そうか、よ!」

 ユマが神剣を石畳に突き立て、激しい電光が狂乱へと走った。狂乱が姿を消す。疾風で後方へと飛んだのである。そこに、雨を裂くようにニケが頭上から襲い掛かった。

「ひょっ!」

 珍しく慌てて狂乱が手を上げ、ニケの神槍と何かがぶつかり合った。狂乱は疾風を鳳雷に切り替え、光の筋を引きながら更に後方へと逃げた。

「槍……か?」

 ユマの隣に風を纏って姿を現したニケが問う。

 彼女らから10mほど離れた場所に姿を現した狂乱は、ニタリと笑った。

「そうじゃ。しかし、見えんじゃろう?」

「どうなってやがる」

 神剣を引き抜き、ユマも問うた。腹の穴は既に塞がっている。

「お前らも復讐者どもも、いろいろ工夫をしてくれるでの。こちらも対抗せねばなるまい?ま、風神の小娘も来たことだし教えてやるとな、これは、ちょっと光を屈折させて見えないようにしておるのじゃ。雨の中じゃから、いささか難しいのじゃがな。

 風神の力の応用じゃよ」

「これだから頭のいいヤツは……。ニケ。お前もできねぇのかよ、アレ」

「あんたほど馬鹿じゃないけどあたしにも無理だよ、あんなこと。知ってるだろ?」

「まぁな」

「とりあえず、槍があることは判った」

 神槍を構えながらニケが言う。

「槍だけとは限らねぇがな」

 ユマもそう言って、神剣を構えた。

「そういうことだ」

「じゃあ、そのつもりで」

「おう」

 神剣と神槍を手に、息を揃えて二人は狂乱に躍りかかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ