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完璧な世界1

 選王会議の当日の朝、神殿前の広場の露店を見に行きたいと言い出したのはユマで、直ちにファスが呼び出された。

「いや、今日で露店が畳まれっちまうって聞いてよ。せっかくだから見ておきたいって思ってさ。でもまさか、お前が呼び出されるとは思わなかったぜ」

 ユマは神殿内を歩きながらファスに申し訳なさそうに言った。

 雷神から授けられた神剣は、部屋に残したままだ。ニケが何も言わずに二人を送り出してくれたのも、なんだか妙だった。

「何で今日までなんだ?ずっとやってればいいのによ」

「選王会議が終われば六族の軍はそれぞれの国に帰りますし、観光目的で王都に来ている人々もほとんど帰ってしまいますから。それと選王会議が今日なのは、今日が春分だからです。うちの国では、5年ごとの春分の日に選王会議を開くって決めているんです」

 ファスはユマの様子を訝しく思いながら答えた。

「ふーん。選王会議ねぇ」

 ファスに合わしているのだろう、ゆっくりと歩きながらニケは呟いた。

「選王会議が、どうかしましたか?」

「いや、王を会議で選ぶっていうのがズイブン変わってるなって思ってよ。

 ま、ショナほど変わっちゃあいねぇがな。えーと。あそこは、み、民主主義?だっけ?」

「ええ。きちんと税金を納めている市民であれば、例え元が奴隷でも国のトップになれる可能性があるっていう制度ですね。ボクもズイブン変わっていると思いますよ。

 それで国が治まっているというのが不思議ですよね。

 ユマ様は、ショナに行かれたことがあるのですか?」

「いや、ないな。話で聞いたことがあるだけさ。あの国は変わってるって。

 オレらはジジィが行くところにしか行けねぇからな。ジジィは旧大陸からアースディアに渡っちまったから、新大陸に来たのは初めてだよ。

 ところでよ。急に呼び出しちまったけど、学校の方は良かったのか?お前、まだ学生なんだろ?」

「卒業までもう3ヶ月ほどですからね。残ってる大きな行事は2ヶ月後の卒業試験だけですから、もう無理に学校に行く必要はありません」

「いいのかよ、その、卒業試験のための勉強とかしなくてよ」

「ボク、優秀ですから」

 シレッとファスが言う。ユマは低く笑った。

「いいね。そういうの。

 じゃあ後は、アレだけか。えーと、何だっけ、何か必要なんだろう?風士になるのにさ。風神様の、えーと」

「印可です。こればかりは風神様がお決めになることですから、焦ってもどうにもなりません。ですから今日は、ユマ様にお付き合いしてもまったく問題ありませんよ」

「そうかい。安心したぜ」

 ユマが笑う。ファスも釣られる様に笑みを浮かべ、二人は神殿前の広場の賑わいの中に包み込まれていった。



「それにしてもよ」

 ひとしきり露店を冷やかして、人の波から出たところでユマがどこか改まった口調で言った。

「世の中っていうのは不公平だよな」

 ファスは意外そうにユマの彫りの深い横顔を見上げた。

「随分、ユマ様らしくないお言葉ですね」

「そうか?んー、そうかな、やっぱり。でもよ、オレだってそう思うンだ。他の連中だってそう思うンだろうな」

「何をですか?」

 ユマは神殿前の広場に通じる石段の前で足を止めて、曇りのない琥珀色の瞳でファスを見下ろした。

「選王会議で王を決めるなんて言ってるけどよ、ホントはもう決まってるんだろ?次のヤツ」

「ええ。そうだと思いますね」

 実はファスは、次の王と副王が誰になるか、既に知っていた。現王である父から直接聞いたのである。それは世間の予想通り、意外性の欠片もない人選だった。

「お前も王になれるンだよな。生まれ的にはよ。その、生まれで決まっちまうっていうのが、不公平だなって思うンだ。

 もちろんお前は優秀だけどよ。お前ぐらい優秀でも、もし違う生まれだったら、絶対に王にはなれないんだろ?」

「なれませんね。この国では」

 何ら気負うことなく、ファスは応えた。

 それは、ファス自身が散々考えて来たことだった。この世は不公平だと、自分の恵まれた生まれを認識しながら。自分を激しく否定したこともある。風士候補学校に入って、クロウやディオンと知り合って、生まれも育ちも違う彼らと対等に付き合って、彼なりの結論を出してようやく、ファスは自分自身を認めることが出来るようになったのである。

 しかしファスは、自分の考えを話すより、今はユマの考えを聞きたかった。

「オレの国なんて単純だぜ。腕っぷしの強いヤツが王になるんだ。男も女も関係なしでさ。そりゃあ、男の方が王になることが多いけど、女が王になることもよくあるンだ。

 オレの国じゃあ、男よりも強い女なんてザラだしな。

 でもそれだけじゃなくて、やっぱりいるじゃないか。腕っぷしはからっきしでもよ、コイツはってヤツ。

 そんな時には、みンながワザと負けるんだ」

「それは、面白い決め方ですね」

 それこそ本当の民主主義じゃないかと思いながらファスは応えた。

「だろ?その方が公平だって思わねぇか?

 復讐者たちに刺されたオメエのダチ、助かっただろう?そりゃあ、それはそれでメデタイことなんだけどよ、ソイツが助かったのは多分、ソイツ自身が風士候補生で、許婚が神官見習だったから、風神様が特別にご加護下さったンじゃないかと思うンだ。

 そうじゃなきゃあ、どうなってたかなぁ」

「そうですね。誰もが風士候補生で、神官見習の許婚を持っている訳じゃありませんからね」

 ユマの考えを追いながら、話の続きを聞くべく、ファスは頷いた。

「そう。オレが言いたいのはそういうことさ。

 別に風神様がヒイキしてるって文句を言いたいんじゃなくて、うーん、なんて言えばいいのかな。とにかく不公平だなって思うンだよ。

 オレの故郷じゃさ、神官も姫巫女もいなくて、みんな公平なモンだよ。みんな、口にはしないけど、オレたちを雷神様が加護して下さっているって信じてる。だから例え戦で死にそうになっても、その時にワザワザ雷神様に加護を頼んだりしねぇしな」

「でも、ユマ様ご自身は雷神様の戦巫女様ですから、雷神様の特別なご加護を受けていらっしゃいますよね。

 それはどうお考えですか?」

「オレ?うーん。そうだなぁ」

 ユマにとっては予想外の問いだったのだろう。しばらく空を見上げて、彼女は考え込んだ。そしてそのまま視線を流れる雲に向けたまま、ユマは答えた。

「……やっぱり、不公平だと思うなぁ。

 ジジィを追っててさ、オレとニケだけが生き残るってことがやっぱりあるんだよ。他の連中はみんな死んじまってさ。そんな時は、やっぱり不公平だなと思うぜ」

「でも、ユマ様は雷神様の特別なご加護を受けてはいらっしゃいますが、特別な義務も背負っていらっしゃいますよね。

 それも不公平ですか?」

「義務って、ジジィを追ってることか?」

 ファスに視線を戻してユマが訊く。

「はい」

「いや、それは別に不公平とは思わねぇよ。主のご命令だし」

 少しも躊躇うことなく、ユマは答えた。むしろ、何故そんなことを訊くのか、といった口調だった。

 ファスは自分の胸の内に、温かいものが拡がるのを感じていた。

「ボクから見れば、何故ユマ様が、と思いますよ。普通の生活を捨てて、ずっと狂乱をニケ様と二人で追い続けられて、とても不公平だって。他にも道はあったはずなのにって。

 ユマ様は、もう何年ぐらい狂乱を追われているのですか?」

「何年、何年ねぇ。何年になるのかなぁ。もう、覚えてねぇなぁ」

「覚えていらっしゃらないぐらい長く、主のご命令に従っていらっしゃるということですよね。他のことを全て投げ打って。

 それでしたら、不公平と言うより、主に対する義務と権利でちょうどバランスが取れているということじゃないでしょうか」

「権利、権利かぁ。権利なんて、思ったことないなぁ。いいのかな、そんな風に言ってさ。ちょっと不敬じゃねぇか?」

「ボクはいいと思いますよ。ディオンだってリムちゃんだって、主に対する義務を他の人よりは多く果たさなければならない仕事に就こうとしている。だから、主も特別にご加護を賜って下さる。

 もちろん、信徒すべてに等しくご加護をって考えもあるでしょうけど、主のお力もけっして万能ではない、ということだと思いますよ」

「ちょっと怒られないか、その言い方」

 ファスは「ああ」と言って、屈託のない笑みを浮かべた。

「怒られるかもしれないですね」

「あっさり言うなぁ。ちょっとびっくりしちゃうぜ」

 広場を渡る風が、ファスの柔らかな髪を揺らしていく。

 ユマは、何か眩しいものでも見るかのように目を細めてそう言った。ファスは笑みを浮かべたまま静かに口を開いた。

「ユマ様。ボクも、世の中って不公平だと思いますよ。

 生まれもそうですけど、身体的な能力や魔術の才能なんかも含めて。顔の作りや髪の色、肌の色、それもみんな違いますよね。

 でも、だからってそれを不公平って言って終わりにしてたらダメだと思うんです。生まれた身分、能力、場所。出会う環境。それを人がどう生かして乗り切るかを、神々は試されているんじゃないでしょうか」

「うーん。神々が、試されている、か」

「はい」

 ファスが穏やかに頷く。

「なるほどなぁ。そんな風に考えたこと、なかったよ」

「ユマ様。ユマ様は、狂乱を討ち果たした後は、どうされるおつもりなのですか?」

「えー。そうだなぁ。……とりあえずは、子供を産みてぇな」

「子供ですか。いいですね。何人ぐらいがご希望ですか?」

「何人でもさ。オレ、子供好きなんだ。悪意がないっていうかさ。なぁ、ファス。その時には、オレに協力してくれるか?」

 ファスが微笑む。

 そこへ、声がかかった。

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