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風神の神託1

 西ナリス王国の王都は、東ナリス皇国からの侵略に備えて周囲をぐるりと堅牢な石造りの城壁によって囲まれている。

 王都はベルリアーズ王国との間に広がる北斗海に近く、また、東ナリス皇国の国境ともさほど離れてはいない交通の要衝を選んで築かれていた。王都は、国政の中心であることはもちろん、東ナリス皇国に対する守りの要としても位置づけられていたからである。

 事実、先の愚帝戦争で西ナリス王国の内乱が収まるまで東ナリス皇国の侵攻を防ぐことが出来たのは、戦略拠点としての王都の存在が大きかった。


 王都の中心には、西ナリス王国の守護神である風神の神殿が築かれていた。

 風神の神殿の隣には、神殿より遥かに広い王宮と、それよりも更に広い王軍の施設が連なっている。

 しかし、広さでは劣るものの、王都で一番高い場所に建てられているのは王宮ではなく、風神の神殿の方であった。

 神殿の最上階の窓からは、西ナリス王国の王都が一望できた。

 王都を囲む城壁内には整然と、そして城壁外に広がる市街地にはまるで迷路のように雑然と街路が伸びていた。

 王都を囲んで六色の羽根が広がっている。

 西ナリス王国の有力な豪族を、六族と呼ぶ。六族は各々、異なる色を族色として採用している。

 羽根と見えたのは、選王会議のために集まった六族の軍が市外に張った陣だ。

 城壁から少し離れたところをゆったりと流れているのは大河ガロナだ。そのガロナ河を北に下って行けば、ほどなく大河は北斗海へと行き当たるはずだった。

 しかし、北斗海を望むにも、潮の香りを感じるにも、流石に王都は海岸から遠過ぎた。

 神殿の窓際に立って王都を見つめるミヤは、いつもそれを残念に思っていた。

 彼女が生まれたのは西ナリス王国でも西の外れにある小さな漁村で、彼女は一日中意識することなく波の音を聞き、潮風の臭いを嗅いで暮らしていたのである。それが、10才の時に風神の姫巫女に選ばれてからは一度も王都を離れたことがなく、当然に故郷に帰ったこともなかった。

 ミヤは今年で20才になる。

 つまり、10年を神殿の中で過ごしてきたということだ。

 故郷にいた頃はよく日に焼けていた肌も、今はほとんど屋内にいるためか薄い褐色となっている。元々素養はあったのだろう、軽くウェーブのかかった栗色の髪を長く腰まで伸ばし、栗色の瞳に知性を湛えた彼女を、人々は今までのどの姫巫女よりも美しいと賛美した。

 もっとも、神殿の奥深くに暮らすミヤにそうした声が届くことはなく、ミヤはひとりの姫巫女として祈りに満ちた日々を慎ましく過ごしていた。

『ミヤ』

 声ならぬ声に背後から呼ばれて、ミヤは窓から振り返り、優雅な動作で跪き、頭を静かに垂れた。

 彼女をその名で呼ぶのは、この世に一人しか、いや、一柱しかいない。

 西ナリス王国の守護神であり、数多の神々の中でも、雷神と並んで最高神に数えられる彼女の主、風神である。


「主よ。何か御用でしょうか?」

『顔を上げなさい、ミヤ』

「はい」

 顔を上げた彼女の視線の先に、彼女の主である風神の現身があった。

 面長で鼻筋が通り、形の整った細い眉は、最高神を女性の如く優し気に見せている。床まで届くゆったりとした白い長衣を纏い、足元まで伸びた栗色の髪はまるで風そのものであるかのように軽く、意外なほど力強い手には風神の力の象徴である槍が握られている。

 それが、本来、かたちのない神の実体でないことは明らかだった。

 3m近い長身の向こうは薄く透けており、神の立つ床の上には影がなかった。

『街に出てみたいのかい、ミヤ』

 瞬きをしない白い目でミヤを見下ろし、風神は優しく問うた。

 風神の口は、まるで彫刻でもあるかのように少しも動いていない。しかし確かにミヤは主の声を聞き、胸が躍るのを感じた。

「主よ、行っても宜しいのでしょうか?」

 仮面のように表情のない風神が、微かに笑った気配があった。

『行きたいのであろう?後ろから見ていると、お前の気持ちがかたちとなって全身から零れ落ちているかのようだったよ。ミヤ』

 跪いたミヤの頬が僅かに赤らむ。

『選王会議を7日後に控えて、街も随分賑やかだしね。人々の様々な祈りが満ちて、神殿内もいささか騒がしいほどだ』

「御心をお煩わせして申し訳ございません」

『よい。むしろ、人の祈りは我が身には心地が良い。行って来るが良い。お前の目を通して、我も王都の賑わいを楽しむとしよう』

「はい。でしたら」

 風神を見上げたミヤは、どこか悪戯っぽい笑みを主に向けた。

「わたくし一人で出かけても宜しいでしょうか?」

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