復讐者たち5
「あたしもそうだったんだよ」
復讐者たちの話を聞いて部屋を出て行くファスとユマを見送って、ニケは誰にともなく呟いた。姫巫女は微妙な話になりそうな気配を察して、近くに控えていた神官補に席を外す様、こっそりと合図した。
外に出た神官補がそっと扉を閉じてから、姫巫女は椅子に座るニケに訊ねた。
「何がでしょう、ニケ様」
「復讐者たちさ。あたしも復讐者だったのさ。もちろん、ヤツラの仲間だったっていう意味じゃない。
……あたしは、ベルリアーズ王国の出身だからね」
「もしや、冬陽宮がスイフト魔術師に襲われた時に、王都にいらっしゃったのですか?」
「ああ」
どこか遠くに視線を向けたままニケが答える。
「あたしはまだ5歳だった。覚えているのは、真っ赤な炎に包まれて燃える王宮と母上の死体だけだ。それ以前の記憶は全部失くしちまった。
父上が狂乱に殺されたって話は、後で一族の者から聞いた。
その時から、あたしは復讐だけを考えて生きて来たんだ。必ず狂乱をこの手で殺すってね。必死で槍を振って、腕を磨いて、14になるとすぐに国を出た。
ベルリアーズ王国は国の威信をかけて狂乱を追っていたからね。強引に討伐隊についていったんだ。その頃には、父上の顔も、母上の顔も、もう思い出すことも出来なくなってたって言うのに。
なぜ、誰の為に復讐するのか、そんなことも関係なかった。
ただ、狂乱を殺す、それだけだったよ」
「でも、今のニケ様は、とてもそんな風に見えませんよ」
穏やかに姫巫女が言う。
ニケはその姫巫女に視線を向けて、どこか皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「ユマのおかげさ」
「ユマ様の?」
「ああ。旧大陸に渡って、討伐隊はあっさりと狂乱にヤラれちまって、あたしの他に一人か二人しか生き残らなかった。でも、そんな人数じゃあ、たちまち盗賊の餌食さ。あたしもヤラれそうになった時、神槍が天から落ちて来てあたしの前に突き刺さった。風神様の槍だと、すぐに判ったよ。それで、逆に盗賊どもを皆殺しにしたけれど、結局、その時の討伐隊はあたし一人になっちまった」
「それで、戦巫女になられたのですか?」
ニケは頷き、記憶に浸るように、視線を宙に向けた。
「神槍を手にした時に、風神様のお声を聞いた。一瞬のことのはずだけど、戦巫女になるかと問われた。断ることも出来た。何故だか、断っても助けて下さるというご意思が感じられた。
でも、断るつもりなんかサラサラなかった。
ハナから、狂乱を殺すまで国に帰るつもりなんかなかったからね」
「その後、ユマ様と会われたのですか?」
ニケが首を振る。
「それから1年ほどしてからだよ、ユマに会ったのは。
最初は一人で狂乱を追ってたんだ。でも、まったく敵わなくてね。神槍も上手く扱えなかった。扱うどころか、あたしの方が振り回されてるって感じでさ。今にして思えば、狂乱を殺すことに拘り過ぎていたんだと判るけど、当時は、何故だかよく判らなかった。ただ、あたしの腕の問題だと思ってた。
雷神様の方はね、ユマの前は戦巫女じゃなくて英雄だったんだ。
いけすかないヤツで、あたしが女だってことだけで下に見てて、協力しようなんてちっとも思えなかった。ま、あっちも同じだったようだがね。あたしが見ている前で、ヤツは狂乱にヤラれちまった。それからしばらくしてからさ。ユマと出会ったのは。
アイツが、いきなり声をかけて来たんだ」
ニケが楽しそうに低く笑う。
「街のど真ん中でさ、『オレたち、協力した方が良くね?』って言って来たんだ。普通に歩いてたあたしの後ろから、初対面だってのに挨拶も何もなしにだよ。
それが出会いだよ」
「ユマ様らしいお話ですね」
「だろ?何を言ってんだ、コイツと思ったよ、最初。でも、ユマが雷神様の神剣を腰にぶら下げていることに気づいて、すぐに断ったよ。
あたしは一人でやるって。
なのにアイツはしつこくてね。それに協力しようっていう理由が、その方が楽しそうだからっていうんだからね、旅をするのに。何を言ってんだ、コイツはって、ホント、呆れちまった。
でもね、アイツといると、確かに楽しかったんだよ。
アイツが戦巫女になったのは、あたしみたいに復讐のためじゃない。
雷神様に命じられたからっていう純粋な信仰心と、外の世界を見てみたいっていう好奇心からなんだ。だから、アイツは狂乱だけを見ていなかった。他のモノにいつも目を向けていた。
それに、よく笑ってくれた。
あたしといる時にも。
それがね、とても救いになったんだ」
「はい」
と、姫巫女はニケを見つめて、ただ彼女の言葉を肯定した。
「ユマに引き摺られるように二人で協力するようになってから、狂乱とも対等以上に戦えるようになった。いつかあたしも、復讐に囚われなくなってた。そうしたら、神槍も自在に扱えるようになってた。
今なら、ヤレるんだ。狂乱を。ここでなら。
あと少し。あと少しなんだ」
「何が、あと少しなのですか?」
そう問われたことが意外だったのか、きょとんとした顔で姫巫女を見返してニケは答えた。
「もちろん、ユマを、本当に自由にするのにさ」




