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復讐者たち3

 大通りから少し入った路地の先で数人の男が揉めていることに気づいて、ディオンは足を止めた。

 彼の隣を歩いていたリムも足を止め、ディオンの視線を追った。

 まだクロウが王都に戻っていることも知らず、ディオンは風士候補学校へ、リムは神殿へと向かっている途中のことだった。

「あいつら……」

 ディオンは男たちに見覚えがあった。

 数日前に彼が叩きのめしたチンピラ連中である。

「また何か悪さをしてるのか」

 ディオンはリムを振り返った。

「リムちゃん、ちょっと待っててくれる?」

「あ、うん。気をつけてね。ディオンさん」

「大丈夫。すぐ済ませるよ」

 軽い調子でそう言って、大通りにリムを残し、ディオンは路地へと入って行った。異変にはすぐに気が付いた。脅していると思っていたチンピラたちの方が、強い怯えを含んだ甲高い声を上げていた。

 一人の男が、ディオンの方に背中を向けていた。背中を曲げている。いや、背中が大きな瘤のように盛り上がっている。細身ではあったが、身長は180センチぐらいはあるだろう。手足が、妙に長い。

 チンピラたちは、その男から後ずさっているようだった。

 更に近づくと、二人の男が地面に転がったまま動かず、辺りには血が飛び散っていることにもディオンは気付いた。

「おい、何をしている」

 ディオンの声に、男が振り返る。

 乾いた大きな目が、ディオンを見た。ディオンを上から下まで観察するかのようにゆっくりと見る。男と向き合っていたチンピラたちは、その隙に悲鳴を上げながら逃げて行った。

 逃げるチンピラを舌打ちして見送った男が、ディオンに向き直る。だらりと垂らしたその手に、血に汚れたナイフが1本、握られていた。

「あーあ。逃げられちまったじゃねえか、兄ちゃん。どうしてくれるんだ?」

「その二人は、お前がやったのか?」

 ディオンは地面に転がって動かない二人を顎で示した。

「ああ?ああ、コイツ等か。オレに因縁をつけて来たんでな。正当防衛ってヤツだ。他のヤツラも懲らしめてやろうと思ってたんだが、兄ちゃんのせいで逃げられちまった。どう責任を取ってくれるんだい、兄ちゃん?」

「正当防衛、とは思えないな」

 男を油断なく見つめてそう言った後、ディオンは背後にいるはずのリムに叫んだ。

「リムちゃん!王軍の衛兵を呼んで来てくれ!」

「うん!」

 リムの返事と彼女が駆け去っていく足音を確かめ、ディオンは長剣を抜いた。

「衛兵が来るまで、大人しくしていてくれるか?」

 男が嗤う。

「これも正当防衛だよな、兄ちゃん?」

 男はそう言って両手を垂らしたまま無造作にディオンに歩み寄った。


 クロウが足を引き摺りながら開けたドアの向こうに、ディオンはベッドに寝かされて眠っていた。風士隊本部からさほど離れていない王立病院の一室である。ディオンのベッドの側の椅子に座っていたリムが振り返り、彼を認めて駆け寄った。

「お兄ちゃん!」

 そう叫んで彼女はクロウに縋りついた。大きな藍色の瞳から、涙が後から後から零れ落ちた。

「どうしよう。ディオンさんが、ディオンさんが……」

 それ以上言葉に出来ず、リムは唇を震わせた。クロウに縋りついた手も、ぶるぶると震えていた。

 クロウは何も言わず、妹を強く抱き締めた。緊張感から解き放たれたのだろう、リムはわっと声を上げて泣き始めた。クロウは激しく泣き続けるリムの髪に手を添えて、彼女の耳元に静かな声で語りかけた。

「大丈夫だ、リム。ディオンがこれぐらいで死ぬもんか。もし死んだりしたら、オレがあの世まで連れ戻しに行ってやる。リムを一人にしやがってって、ぶん殴って連れ戻してやる。だから落ち着け、リム。な?」

 クロウの声を聞いているのかいないのか、リムがコクリと頷く。しかし、彼女の涙が止まることはなかった。

「とりあえず座れ、リム。座ってくれ。な?」

 彼女を宥めながら、クロウはリムの肩を抱えるように彼女を椅子に座らせた。彼女の前に跪き、下から見上げてクロウは訊いた。

「何があったか、話せるか?」

「うん」

 泣きながらリムは、男たちが揉めているところに出くわし、ディオンに言われた通り衛兵を連れて戻ったと、クロウに語った。

「その時には、ディオンさん立ってたの……。あたしを見て笑ってくれて、それで、ああ、終わったんだなって思ったら、倒れていた男が立ち上がったの。ディオンさんの後ろで。あたし、後ろって叫んで、でも、でも、ディオンさんが振り返るより早く、あいつが、あの男が……!」

 クロウは悲鳴を上げるように叫んだリムを、再び抱き締めた。彼を振り払うように暴れるリムを、優しく抑える。

「よしよし、リム。大丈夫だ。もう、それ以上は言わなくていいから」

「あた、あたしが、もっと早く帰ってれば、あ、あたしが、もっと早くディオンさんに声をかけてれば……!」

「違う、リム。お前のせいじゃない。お前のせいじゃない、リム。いい子だから泣き止んでくれ。リム。可愛いリム。リム?ディオンは大丈夫だ、大丈夫だから」

「本当?本当に?お兄ちゃん?」

 リムが涙に濡れた顔を上げる。

 クロウは、まるで刺されたかのような激しい胸の痛みを感じた。

 と、同時に、彼は不意に悟った。その驚きが、彼に平静を保たせる一助となった。

「ああ。オレが保証するよ、リム。ごめんよ。辛いことを思い出させて。いい子だから、ディオンの手を握って、こっちに帰って来るよう話しかけてやってくれるか?」

「そうしたら、そうしたら……」

「ああ。だから落ち着いておくれ。リム」

 リムが頷く。涙に潤んだ目でクロウを見上げ、もう一度、弱々しく頷く。

 クロウはリムを椅子に座り直らせると、彼女の手を取って、眠ったままのディオンの手を握らせてやった。そして室内にあった別の椅子を引き寄せ、リムの隣に座って、彼女を励ますように肩を抱いた。

 そうしてしばらく、クロウは妹と並んで、まぶたを閉じたディオンの青白い顔を見つめていた。

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