復讐者たち1
ニケの言った通り、王都には1時間ほどで着いた。既に閉じていた城門を王軍の兵士に開けて貰うのに手間取り、「もう蹴破っちまおうぜ」と言うユマを宥めながら、三人は、クロウが午後に出発したばかりの風士隊の本部に入った。
「クロウ。大丈夫ですか?」
一番最初に駆けつけてきたのは、意外なことに、姫巫女だった。
夜着にショールを一枚だけ羽織って、彼女は息を乱して姿を現した。
姫巫女が供も連れずに風士隊の本部を訪れるなど、前代未聞の出来事だった。どう対応していいか判らずただオロオロするだけの当直の風士隊員を尻目に、姫巫女は椅子に座ったクロウに足早に歩み寄った。
後で訊くと、風士隊を訪れたのが風神の戦巫女だったため神殿にも連絡が行き、それを聞いて駆けつけたとのことだった。
咄嗟に椅子から立ち上がろうとしたクロウの肩を、すぐ隣に立ったニケが痛いほどに強く抑えた。
「立つなと、何度言えば判る、阿呆。今度立とうとしたら、シメるぞ」
女性に軽々と抑えつけられている姿を姫巫女に見られたことが気恥ずかしくて、クロウは言葉を発することも出来なかった。
姫巫女はそんなクロウの想いを知ることなく、まずニケに目をやり、次にユマに目をやってから優雅に腰を落として頭を下げた。
「ようこそ西ナリス王国にお越し下さいました。戦巫女様。私はこの地で風神様の姫巫女を務めておりますミヤと申します。よろしくお見知りおきください」
「おお、宜しくな」
そう応えたのは、ユマである。
「そういう堅苦しいことはやめて下さい。姫巫女様」
困ったように言ったのはニケだ。
「あたしはニケ。風神様の戦巫女です。あっちが雷神様の戦巫女、ユマです。あたしらはずっとジジィを追っかけてばっかだったんで礼儀ってヤツが判んなくて、きちんとお返し出来ません。とりあえず、よろしくお願いします」
姫巫女が微笑む。
「判りました。ニケ様。ユマ様」
「まず、コイツのケガを診てやってください、姫巫女様。指の骨と、脚の骨を折られてます。今は風神様のご加護で痛みを消してますが、あたしに出来るのはここまでです」
「ありがとうございます、ニケ様」
しっかりとニケを見つめてそう言って、姫巫女はクロウの側に膝をついた。
おかしな方向に曲がったクロウの指と、脚に目をやる。しばらくそうして何かを確認するかのように見ていたが、やがて少し頷いて、姫巫女は自分の指を、まずクロウの指にそっと這わせた。
「きれいに折られていますので、これならばわたくしになんとかできるでしょう。少し辛抱してくださいね。クロウ」
ふと、姫巫女の指がクロウの手の中に沈んだ。彼女の指が、まるで溶けるようにクロウの手の中に潜り込んだのである。
そして、驚きのあまり声を無くしたクロウを、骨を折られた以上の激痛が襲った。
「……ッ!」
悲鳴を上げなかったのは、流石と言うべきだろう。
姫巫女は、折られたクロウの指の骨を、直接触って元の位置に戻していたのである。
拷問されているかのような時間が永遠に続き、クロウがもはや忍耐の限界と思い始めた頃になってようやく、姫巫女の指がするりと彼の手から抜けた。
「ニケ様。もし宜しければクロウを抑えておいていただけますか?次は少し、痛いと思いますので」
姫巫女が涼しい声で言う。「おう」とニケが答える。何か冷たいものがクロウの胃の腑に落ちた。『次は少し痛いって、だとしたら今のはなんだったんだ?』と、クロウは深い絶望感とともに思った。
「ハサミはありますか?」
姫巫女が当直の風士隊員に問う。すぐにハサミが持ってこられ、姫巫女は慎重にクロウのズボンを切り取り、骨の折れた彼の脚を剥き出しにした。そして彼女は、クロウの脚に指を這わせ、手を沈み込ませた。
クロウが地獄の苦しみから解放されるまで、5分ほど必要だった。
姫巫女が小さく息を吐いて立ち上がる。
「あとは副木で固定して無理をしなければ、3日、いえ、クロウは若いから2日もあれば普通に歩けるようになるでしょう」
「……あ、ありがとうございます、姫巫女様」
脂汗を滴らせながら、クロウは辛うじて言った。歯を食いしばり、悲鳴は最後まで上げなかった。
姫巫女がクロウに微笑む。
「どういたしまして。礼を言うなら風神様に。全ては風神様のご加護ですから。でもクロウ。もう少し我慢した方がいいですよ。そんなに痛くはなかったでしょう?」
クロウは瞠目した。
立ち上がる姫巫女を目で追いながら、「……はい」と、絞り出すように応えたクロウの声を、姫巫女を含めて、既に誰も聞いてはいなかった。




