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狂乱来襲6

 燃え盛る民家からまるで荷物か何かのように運び出され、クロウは土の上に乱暴に投げ出された。

「……ッ!」

「あ、すまねぇ。痛かったか?」

 彼を運び出した影が言う。

 民家の上げる炎が、影の横顔を照らし出していた。

 やはり女だ。

 歳は20代半ばといったところだろう。化粧はまったくしておらず、琥珀色の瞳を慧と輝かせ、大きな口から白い歯を覗かせた顔は、どこか猛獣を思わせるような猛々しさを湛えていた。腰まで落とした癖の強い金髪は、まるでたてがみだ。まったく整えていない太い眉が逆に彼女の魅力をより一層引き出し、鍛え上げた彼女の肢体と絶妙と言っていいバランスを見せていた。

 動き易さを重視しているのか、露出の多い衣服を纏い、手には抜き身の長剣が握られていた。

 女が長剣でクロウを縛っていた紐を手早く断ち切る。

「……いいえ、大丈夫です。助けていただき、ありがとうございます。あなた方はどなたですか?」

 折れた指を庇いながら体を起こし、女を見上げてクロウは改めて訊いた。

 先程と同じように、女はもう一つの影を振り返った。

「おい、ニケ。あなた方はどなたですかって言ってるぜ。何て答える?」

「少しは自分で考えなよ、ユマ」

 そう答えながら、ニケと呼ばれた影が歩み寄ってきた。

 やはり女だ。

 もう一人の女と同じく、歳は20代半ばといったところだろう。こちらは色の濃い茶髪を男のように短く刈って、薄くではあったが化粧もしていた。一文字に結んだ口元に意思の強さを漂わせ、面長で、切れ長の目でクロウとユマを見つめていた。

 ユマと同じく動き易そうな装いだったが、露出は少なかった。手には妖しく輝く長槍が握られていた。

「オレは考えるのが苦手なんだよ、知ってるだろ?それにこいつ、アンタの仲間なんだろう?」

「仲間じゃない。あたしと同じ風神様の信徒ってだけさ」

 ニケがクロウの傍らに膝をつき、クロウの顔を見た。

 曇りのない綺麗な青い瞳だった。

「アンタ、風士かい?」

「いえ、風士候補生です。クロウといいます」

「そうかい。災難だったね。あたしはニケ。風神様の戦巫女さ。風神様のご命令でスイフトを追ってる。追ってる理由は判るだろう?あのジジィが風神様の力を勝手に使っているからね。

 で、あいつはユマ。あいつは雷神様の戦巫女だ。あたしと同じ理由で、雷神様のご命令でジジィを追ってる」

「よろしくな、小僧」

 少し離れたところに立ったユマが片手を上げる。長剣は既に腰の鞘に収められていた。

 ニケはそのユマを振り返り、叱責するように言った。

「ユマ。暇なんだったら、あんたの力で火でも消したらどうだい?このままじゃあ、街の家が全部焼けちまうぜ」

 いつの間にか騒ぎに気づいて起き出して来た住民で、辺りは騒然としていた。水が入っていると思われる桶を手にしている者もいたが、火の勢いが強すぎて、多くの者は為す術もなく立ち尽くしていた。

「へいへい」

 ユマが不満げに答える。

 ニケはクロウに向き直った。

「何処をやられた?」

「指を2本と、脚の骨を折られました」

「それだけで済むなんて運がいいね。治してやることはできないが--」

 ニケはクロウの折られた指と脚にそっと手を当てると、瞑目した。燃える民家の前では、ユマが同じように頭を落して瞑目していた。

 クロウは、次第に痛みが引いていくのを感じた。

 そして、ポツリと、雨粒が落ちてきた。

 大きく溜息をついて、ニケが顔を上げる。

「どうだい?」

「ありがとうございます。痛みが引いてきました」

「なに、風神様のご加護だ。礼を言われるようなことじゃないよ。アンタが風士候補生だから、あたしの祈りに風神様が応えて下さっただけさ。痛みは引いたと思うが、治った訳じゃないから気を付けな」

 燃える民家の前でユマが顔を上げる。

 そのユマの前で、有り得ないほどの豪雨が、それも燃える家を中心として、局地的にも程があるほどの猛烈な雨が音を立てて降り注いでいた。

 みるみるうちに火が消えていき、人々はぽかんと口を開いて立ち尽していた。

「おーい。これからどうする?」

 ニケを振り返ってユマが言う。

 ユマの後ろで豪雨が次第に弱まっていく。やがてポツリと一粒だけ雨粒が落ちて、豪雨は嘘のように収まっていた。

「コイツを連れてこの国の軍の首脳に会おう。風神様の国だ、お互い協力した方がいいからな」

「りょうかーい」

「じゃあそういうことで、案内してくれるか?」

 ニケがクロウに視線を戻し、落ち着いた声で訊く。

「判りました」

 立ち上がろうとしたクロウを、ニケが軽く押し止めた。

「立つな。治った訳じゃないって言ったろ?」

 そう言うと彼女は、クロウの服を掴むと、まるで重さがないかのように彼の体を持ち上げ、器用に自分の右肩に乗せた。クロウよりも背が高いとはいえ、おそらく体重はクロウの方が重いことは間違いなかった。にも関わらず、彼女はクロウを右肩に乗せて平然としていたのである。

「で、どこに行けばいい?」

「あ。お、王都に。風士隊の隊長に会われるのがいいかと思いますが……」

 肩の上に担ぎ上げられて、戸惑いながらクロウは言った。もちろん、女性の肩に乗せられるなどというのは、初めての経験である。

「王都だな。距離は?どっちに行けばいい?」

「50キロぐらいで、こちらに」

 と、肩の上でクロウは街道を指差した。

「判った。ユマ。あたしの槍を持って付いて来な。行くよ」

「ほーい」

 ニケが長槍をユマに投げて、走り出す。速い。周りの風景が次々と後ろに流れて行く。しかも、それほどの速度で走っているにも関わらずまるで風そのものにでもなったかのように、クロウはまったく風圧を感じなかった。

 夜道を照らすのは星明りのみだ。

 しかし、夜目が利くのか、ニケはまったく戸惑うことなく街道を疾走していた。

「1時間ほどで着く。しっかり案内を頼むぜ」

 とても走っているとは思えない普通の声で、ニケが言う。

 その声もまた、風に流れることなくクロウの耳に届いた。

 ニケの長槍を手に、ユマも遅れじと隣を走っていた。いや、彼女の方がニケよりもまだ余裕があるように見えた。

「はい」

 これが戦巫女の、神に選ばれた者の力かと、もはや呆れながら、自分の無力さを心の内で嗤ってクロウは応えた。

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