その魔剣、妖刀につき・4
武器が呪われるにはいくつか理由がある。
例えば、剣の素材の問題だったり、鍛えたものの思いの問題などでできたときから呪われた武器という場合。できたときは普通の武器だったが、呪術によって汚染されたり、または邪悪な者を斬ったときにその血を浴びて汚染されたりして呪われた武器となる場合がある。
呪いも様々であり、ひどいものだと触れるだけで死に至るものもある。
「私――妖刀ムラサメは触れれば最後。人を斬りたい衝撃に駆られます。以前に私を持ったサムライは三十九人の罪なき命を奪い、村を滅ぼし、誰も斬る者のいなくなったその男は自分の命をも斬って捨てました」
ムラサメの話を聞きながら、俺はシエルを見た。
脂汗を流してその妖刀の怪しい煌めきをただ見つめる彼女に、俺は尋ねた。
「シエル、なんとかなりそうか?」
「呪いなら、私の解呪魔法でなんとでもなる」
とシエルは薄い笑みを浮かべて、さらに続けた。
「ここに来るまではそう思っていたわ。でもこれは私の手に負えるものじゃないわ」
そう言って、シエルは首を横に振った。
「やっぱり役立たずだな」
「……言い返せないから黙っておく」
シエルはジト目で俺を見てきた。
ムラサメは俺たちのやり取りを見て静かに笑った。
「最初、あなたたちがここに来てどうなることかと思いました。でも、来たのがあなたたちでよかった。この呪いの恐ろしさを知ったあなたたちなら、私を解放したりはしない。これで私は安心して――」
「残念――じゃないのか?」
俺はムラサメの言葉を遮るように、そう尋ねた。
ムラサメは最初、俺が何を言おうとしているのかわからなかったようだが、小さく首を横に振った。
「いいえ、私もシエル様を信じていなかったわけではありませんが、私の呪いは強力。そう簡単に解呪できるとは思っていませんでした」
「そうじゃない。ここを出られなくて残念じゃないか? って聞いているんだ。お前は本当は人を斬りたいんだ。魔物を斬りたいんだ。何かを斬りたいんだ。斬って斬って斬りまくりたい――そうだろ」
「タード、何を言ってるのよっ! そんなわけないでしょ! タードも見たでしょ! 外に出たくない、出たら人を殺してしまう。彼女はそう思ってさっき泣いていたのに」
「違うな。こいつが泣いていたのはここにいたら誰も斬ることができないからだ。だってお前――」
と俺は一呼吸置き、そう言った。
「俺を斬る瞬間、笑ってただろ?」
そう、彼女は笑っていた。これ以上近づけば斬るといい、俺が跳ねた――そして彼女が持っていたカタナが俺に触れるか触れないかのその瞬間、カタナが砕け散るその直前。
彼女は泣いてなどいない。悔やんでなどいない。
ただ、何かを斬る喜びを感じていた。
「当たり前のことだ。人間は――生物は子孫を残すことが至上の命題。だからセッ〇スに最大の喜びを感じる」
「……わ、私は違うわよっ!」
と後ろでシエルが否定した。
慌てて否定するほうがかえって怪しいというのに、そんなこともわからないのか。
「それと同じことだよ。お前はカタナだ。斬るために作られたカタナだ。なのに誰も斬ることはできない。それは辛いよな。生まれてすぐに去勢されるオスと同じくらいつらい」
ムラサメは目を背け、
「お前は気付いているはずだ。何故カタナを持った者が人を斬りたい衝動に駆られるのか。そんなのお前を見ていたらわかったよ。単純な話だ。お前が斬りたいんだ。斬りたくて斬りたくて斬りたくてたまらない。お前は我慢ができない変態だ。待てもできない。呪いは強力? 簡単に解呪できない? はっ、笑わせる。その人を斬りたいという衝動は、全部お前の欲望によるものだろ。呪いの正体は、お前の欲求だ」
「タード、ちょっとそれはあまりにも言い過ぎ――」
「その通り……かもしれません」
ムラサメは、シエルが俺を窘めようとするその言葉を遮るようにして俺の意見を肯定した。
「ですが、タードさん。私の――刀の本質は人を斬ることともうひとつあります。そして、そのもうひとつこそが重要なのです。それは、主君を守ること。私のつまらない欲望のせいで主君を殺すことになったら、それこそ刀の本質が失われます。だから、私は主君を持たないと誓った」
彼女はそう言うと膝を折り、その場に座った。正座と呼ばれる東国の礼の一種だ。
彼女の表情は暗い。自分の内面をさらけ出したからだろう。
「あのな――それは違うだろ。女の欲望を受け止めきれない男が悪い――ただそれだけだ。そんな男、そっちから見限っちまえばいい。俺は違うぜ?」
というと、俺は触手をカタナの柄に伸ばした。
「タードっ!」「タードさんっ!」
シエルとムラサメが同時に叫ぶが、俺は彼女たちの言葉を無視して妖刀ムラサメを引っこ抜いた。
そして、触手で強く握り、俺は止まった。
「タードっ! しっかりしてっ!」
シエルの悲痛な言葉が洞窟の中に木霊する。
「ダメです、シエルさん。一度私を握ったら最後。そのものの心は壊れてしまいます。シエルさんだけでも逃げてください」
「そんな……タードが死んだら私――」
とシエルはその場に蹲り、涙を流した。
「もうコッペパン食べられないじゃない」
「俺の価値はコッペパンかよっ!」
「ってあれ? タード、普通に話せるの?」
「当たり前だろ。俺が呪いなんかに屈するかよ」
「……あ……そうか」
シエルも気付いたようだ。
呪い――つまり呪術って要するに魔法の一種ってことだろ?
俺には魔法は効かない。だからこのカタナを触ることができる。
「ムラサメ。お前、どうしてここにいる?」
「え? それは人を殺したくなくて――」
「ここは混沌迷宮。人が来るような場所じゃない。ここに迷い込むとしたらダンジョンフェアリーの転送魔法によって転送されたもの、もしくは魔物だけ。お前は呪いのせいですでに魔物となっているんだ」
「……私が魔物――そうなのですか?」
ムラサメが尋ねると、シエルが頷いた。
「タードの言う通りだと思うわ。自分の意思があり、そして魔法も使うカタナはもう魔物と呼べる域に達していると思う」
「そういうことだ。だからムラサメ。俺の部下になれ。そして、精神を鍛練する術を身に付けろ。そうすれば呪いなんて消えちまう。ただし、俺の部下の間はいろいろと魔物や人間を斬ってもらうことになるがな」
と俺は笑って言った。
「俺がお前の主君になってやるよ。スライムが主君なのが不満だと言っても聞いてやらないからな」
数瞬した後、ムラサメの目から涙が零れ落ちた。
彼女がはじめて俺に見せたうれし涙だった。
そして――
「シエルがメインヒロインではないことが証明された瞬間だった」
「勝手なことを言わないでよっ!」
現在の課題 (クエスト)
・謎の和服美人をメインヒロインにしよう(complete)
・魔剣を取りに行こう(complete)
・さらに別の魔物を勧誘しよう(complete)
・盗賊の対処をしよう
・ポイントを100ポイント貯めよう
・もっと魔物を勧誘しよう(new)
・妖刀ムラサメの解呪をしよう
ということで妖刀ちゃんが仲間になりました。名前はムラサメです。
ちなみに、ムラサメの解呪クエストがcompleteされるのはだいぶ先になりそうですね。
ブックマーク、評価、ありがとうございます。おかげ様で二日連続日間ハイファンタジー5位に入れました。