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閑話 そのヒヨコ、優しき母につき

ヒヨコの話が一羽……もとい一話だけだと思った人、そんなわけがない。ごめんなさい。

 街道沿いの迷宮だとか、ベビースライム迷宮だとか、はたまたヒヨコ迷宮だとか、まだ定まった名もない迷宮。

 その中には、冒険者たちは気付いても入ることのできない小さな穴がいくつかある。スライムであるタードでさえ入ることができないその穴に入れるのは、外から迷い込んだネズミやリスのような小動物を除けば、ベビースライムとヒヨコのみである。

 そして、そのうちのひとつの穴の中にある隠された部屋――そこがヒヨコたちの住処であった。


 寒さに弱いヒヨコだが、その部屋の中は地熱のおかげで温かく、冬でも凍死することはない。近くに湯脈があるらしく、タードはどうにかして温泉設備を作ろうと画策していたが、それは今回は関係のない話。

 その部屋の中に設置されたファーストチキンスポーンから、今日も何も知らないヒヨコが生まれた。


『ピヨ?』


 ヒヨコの楽園にいるヒヨコたちの中でもひときわ小さなヒヨコ――そこではヒヨコベビーと言われている。ヒヨコベビーはまだヒヨコとしての言葉を発することができない。ただ、スポーンから生まれたことにより本能でスライム・タードをマスターと認識している。それは、スポーンからではなあく卵から生まれ、タードを最初に見て刷り込み効果により彼を自分たちの親だと思っているヒヨコたちと似た感情であった。そのため、スポーンから生まれたヒヨコに刷り込みが起きることはない。

 だが、右も左もわからない彼は、とりあえず嘴で自分の体を突いて刺激を与えた。


『今日も可愛らしい子が生まれたわね。ついていらっしゃい、あなたの家に案内するわ』


 一羽のヒヨコがヒヨコベビーの元に駆け寄る。

 ヒヨコベビーの世話は雌のヒヨコたちが持ち回りで行う。といっても、ヒヨコは生まれてから二日間、食事を必要としない。通常の卵から生まれるヒヨコと同じで、体内に十分な栄養を持っているからだ。


『だから、私がするのは、あなたにヒヨコとしての常識と、そして――』


 とヒヨコ――ここからはヒヨコママと言おう。ヒヨコママは黄色い羽毛でヒヨコベビーを優しく包み込んで言った。

 

『愛を教えることよ』


 とまるで本当の母親のようにやさしく。


 ヒヨコたちの家は、この部屋が小さな穴の開いた壁によって隔離される前に、シエルによって作られた土の家だ。中はとてもシンプルで嘴で切り分けられたベビースライムを貯蔵する倉庫を除けば、藁のベッドしかない。藁は週に一度、迷宮の外のゴブリンたちが穴の前まで届けに来てくれる。そのため尽きることはない。


『ここがあなたの家よ』

『……ピヨ』


 ヒヨコママに何を言われているのかわからないヒヨコベビーは首を傾げた。


『そうね、あなたには家の案内より先に、言葉を教えないといけないわね』


 通常、ヒヨコがヒヨコ語をマスターするのに一週間かかると言われているが、ヒヨコたちの教育カリキュラムにより、この場所ではその日のうちに片言ではあるが言葉を話せるようになり、三日もあれば完全に話すことができる。そして、言葉をマスターしたヒヨコは晴れて一人前と呼ばれる。


『きっと三日なんてあっという間よね……』


 それはヒヨコママにとって、そして親として、とても複雑な感情であった。


   ※※※


 その日の夜。ヒヨコママが夕食の準備をしていると一羽のヒヨコが帰ってきた。ヒヨコママの夫のヒヨコ――ヒヨコパパと呼ぶことにする――の帰宅である。


『おかえりなさい、あなた』

『あぁ、今帰った……ン? その子は?』


 とどこかわざとらしく、ヒヨコパパは小さなヒヨコベビーを見る。


『ふふふ、昨日言ったではありませんか。私たちの子供ですよ』

『そうか、そうだったな。ははは、ところでこの子は雄か?』

『ええ、立派な男の子です』

『そうか、そうか男の子か』


 ヒヨコパパはその黄色く小さな羽でヒヨコベビーの頭を撫でた。


『お前は私の息子だ。きっと立派な兵になれるぞ。そして、我らが偉大なる父、タード様の役に立つのだ』

『もう、あなたったら気が早いんですから。このヒヨコがあなたのパパですよ』


 とヒヨコママがベビーヒヨコにそう説明すると、


『……パパピヨ?』


 とヒヨコベビーは首を傾げて尋ねた。

 それに、ヒヨコパパは元々円らで丸い瞳をもっと丸くし、


『聞いたか、ママ。流石は私の息子だ! もう私のことをパパと呼んだぞ』

『ええ、聞きましたよ。私のこともママと呼んでくれます』

『そうか。きっとこのヒヨコは我々ファーストチキンの未来を担う立派なファーストチキンになるぞ!』


 とヒヨコパパは高らかに笑った。


   ※※※


 翌日、ヒヨコパパの仕事は休みだった。明日は軍の遠征があるため、その休養日だったからだ。


『いいか、嘴はこう突く』


 とヒヨコパパが壁に向かって嘴を突くと、


『はいピヨ』


 ヒヨコベビーもそれに倣って嘴を前に出す。


『ピヨはやめろ! 立派な戦士にピヨは似合わん』

『難しいピヨ』


 ヒヨコは本来語尾にピヨをつける生き物だ。ヒヨコが語尾にピヨをつけないのは、猫獣人が語尾にニャーと付けないことと同じくらいに難しい。


『そんなことでは明日の遠征に連れて行けんぞ』

『でも、パパ――』

『私のことは今日は父上と呼べ! 言葉遣いから強制していかんといけないようだな』


 とヒヨコパパの叱咤激励が飛ぶ。

 それをヒヨコママは陰から見守っていた。


『……耐えるのよ……きっとあなたもいつか父になれば、パパの気持ちがわかる時が来るわ』


 でも、ヒヨコママは心配だった。本来ならばヒヨコは三日で一人前になれる。だが、ヒヨコパパは自分の子供を二日で一人前にしようとしている。まだ語尾の強制だって終わっていないのに。

 本当に軍でやっていけるのだろうか?

 だが、彼女には見守ることしか、待つことしかできない。

 それがヒヨコの雌の宿命だった。


   ※※※


 翌日。


『行ってくる。帰りはいつになるかわからん』

『行ってまいります、母上』


 ヒヨコベビーが……いや、一人前になったヒヨコがヒヨコママに敬礼をする。

 彼女は優しい笑みで、


『ええ、行ってらっしゃい』


 と送った。それが彼女にできる唯一のことだったから。

 とはいえ、それから気が休まることはない。

 三時間程経過して、


『おい、帰ってきたぞ!』


 という声が外から聞こえる。彼女はその声に耳を傾けた。

 だが、帰ってきたのは道中ベビースライムを倒して運んできた輸送部隊――ヒヨコパパたちの班ではなかった。

 さらに、軍とは別に偵察に出かけていた斥候部隊から、人間が迷宮に侵入しているため、偉大なる父上であるタードが実験的にリザードマンを討伐に向かわせたという話を聞いた。

 人間の侵入者という恐ろしい話に、ヒヨコママは神に祈った。

 彼女のその祈りが通じたのか、


『おおい、軍の皆が帰って来たぞっ!』

『全員無事だっ!』


 という声を聞き、彼女の目から涙が零れた。

 そして、軍の祝勝会が行われ、ヒヨコパパたちが帰ってきたのはそれから五時間後のことだった。


『今帰った』

『おかえりなさい、あなた』


 何事もなかったかのようにそう言うヒヨコパパを、ヒヨコママもまるで何も心配していなかったかのように出迎える。それがこの家のいつもの光景――だが、今日は子供も一緒だった。


『初めての出兵はどうだった?』

『はい、途中、語尾を誤り厳しく叱咤されましたが、私は父上の――ピヨ隊長のことをますます尊敬しました』


 と完全に語尾からピヨが抜け落ちた我が子の話をヒヨコママは黙って聞くのだった。


   ※※※


「ヒヨコだけを集めて部屋を作らせてみたが、なんかものすごい変なことになってるな……何を言ってるかさっぱりわからんが」


 とタードはヒヨコたちの様子をスクリーンで見て言った。

 ロリサメは無表情で、アドミラは頬を赤くして無言で見ていたが、唯一ヒヨコの言葉がわかるシエルだけは顔を引きつらせて言った。


「……なにこれ」

前々回の書籍化決定に対する反応より、

前回の「なにこれ」に対するツッコミのほうが多かったのはどうも……あ、次回からは普通の話です。


あ、そうそう。そういえば、13日にレビューの編集機能が追加されたみたいですね。

これで、レビューの書き込みに対する敷居が低くなったのではないでしょうか?

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