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その魔剣、妖刀につき・1

 クイーンアントの交渉から一週間が過ぎた。ベビースライムを届けるのも終わり、ダンジョンも確実に広くなっている。

 俺たちがいるボス部屋から通路が伸びており、あと一日もすれば外への道ができるだろう。シエルが言うには、この迷宮は人通りも魔物も少ない山の中にあるそうなので、開通してもいきなり侵入者が入ってくる心配はないそうだ。

 それと、俺にとっては予想通りの、シエルにとっては予想外の利点があった。

「……本当に、本当に食べていいの? 嘘じゃない? いじわるじゃないわよね。後でお金請求されても何もできないわよ」

「いや、コッペパンひとつでそこまで疑われても困るんだが」

 金を請求する必要はそもそもない。シエルは俺の命令に絶対服従なんだから、有り金全部寄越せと言ったら終わりだ。まぁ、金があったところで使い道がないので要求しないが。

 だというのに、シエルがコッペパンを凝視していて、手を付けようとしない。

「で、でもこれただのコッペパンじゃないのよ? 中にジャムが入っているのよ?」

「あぁ、なんの変哲もないジャム入りのコッペパンだ。いいから食え」

 俺がそう叫ぶと、シエルは俺を見て、

「ありがとう、タード。召喚されたのがあなたでよかったと今日ほど思ったことはないわ」

 と言って彼女はパンをちぎって一口食べた。

「甘い……美味しい……涙で前が見えない。いままでの不幸はこの幸福のための伏線だったのね」

 涙を流して、神に感謝している。

 一ポイントで試しに作ったコッペパンでそこまで感謝されても気持ち悪い。

 ダンジョンに侵入者がいるとポイントが手に入る。そのポイントを使ってアイテムを作ったり、ダンジョンを拡張したりできる。

 そして、うちのダンジョンには現在二匹の侵入者がいる。

 キラーアントだ。

 俺たちの配下ではなく、クイーンアントの命令で俺に一時的に従い、ダンジョンの拡張を手伝いしている彼らは、間違いなく侵入者である。

 一匹一日一ポイント。二匹で一日二ポイントのポイント入手できる。さらに仲間が殺された場合もポイント収入があり、ベビースライムならダンジョンの中で殺されたら十匹につき一ポイント手に入る。一日ベビースライムを五匹渡しているので、キラーアントのポイントと合わせて一日二・五パーセントの収入になるわけだ。今日までに十七ポイントの収入があり、試しに一ポイントを使ってコッペパン(ジャム入り)を二個交換した。

 俺は一個食べてみたが、普通のジャムパンだ。まぁ、美味しかった。

 もう一個食べようとしたら、シエルがじっとこちらを凝視してきたので、餌付けのつもりで与えてみたら涙を流して感謝されたというわけだ。

 彼女相手なら、「ごはん奢ってあげるからデートしようよ」とナンパすれば簡単にひっかかるんじゃないだろうか?

 あと、ポイントを使って強くなろうとしたのだが、強くなるためのポイントは最低百ポイント必要で、今は断念している。

「はぁ……おいしかった。まだ夢を見ているみたい」

「お前な……コッペパンでそんな悲しいこと言うなよ。でも、あれだよな。侵入者がいるだけでポイントが貯まるのなら、外から適当に魔物を捕まえてきて、餌だけ与えて閉じ込めたら楽にポイントが貯まるんじゃないか?」

「実際に、そういう運用をしているダンジョンボスもいるみたい。魔物じゃなくて、人間を牢屋に閉じ込めて鑑賞する悪魔とかもね。でも、そういうことをしているのがバレちゃうと、他の魔物とか人間の勇者とか、最悪風鬼(ふうき)委員に襲われるし」

「風鬼委員? なんだそりゃ?」

「ダンジョンフェアリーの中にはね、ダンジョンは悪ではなくて、人間と魔物が共栄するための場所だと思っている人がいるの。風鬼委員はそういう人たちが集まって作られた派閥で、風の噂をどこからともなく聞きつけて、鬼のような強さでそのダンジョンに攻略をしかけてダンジョンボスを殺しちゃうって話があるのよ」

「どこかの都市伝説みたいだな。悪いことをしちゃうと人食いオーガに食べられる……みたいな」

「まぁ、正攻法で行くのなら、ダンジョンの領域内、ダンジョンの入り口に村を作ることね」

「それはやっぱり王道のダンジョン経営方法なのか。確かに人間の頃の知識によると、ダンジョンの前にはなぜか村とか休憩ポイントとか多かった気がするな。確かに人が多いとそれだけでポイントが入るけど、デメリットもあるだろ」

「そうよね。危険なダンジョンなら即座に討伐対象になるし、魔物も自由に出入りできなくなるから外から素材を集めてくるのが難しくなるわ。幸い、私たちダンジョンフェアリーは人間とそう変わらない外見だから作った村に住むこともできるけど」

「それに領主が税金がどうのとか、戦争の時のための人員の確保とか注文をしてきたり、人間のいざこざに巻き込まれるからな」

「人型になれるダンジョンボスなら、領主になってしまうこともあるそうよ」

「人型か……スライムも人化とかできるのかな?」

「高レベルのスライムなら姿を自由に変えられるって聞いたことがあるけど」

「それは俺も聞いたことがあるけどな――」

 どのみち、俺は貴族って柄じゃないので、領主とかは無理そうだ。

 人の姿になれたとしても、街のチンピラが性に合っている。きっと前世もそんな感じだったのだろう。

「そうだ、タードに渡そうと思って作ったものがあるの」

「俺に? 首飾りか何かか?」

「タードは首がないでしょ……これよ!」

 とシエルが取り出したのは三枚の紙切れだった。

「教科書の白紙の部分を切って作ったの! これをタードに貼ると」

とシエルは俺に鏡を見せた。

 すると、そこにはいつもとは違う俺の顔があった。

 目と口がついているのだ。目は白い眼球と黒い瞳、口は赤い空洞がある。

「なんだこれ――って口が動くっ! 視線に合わせて目も動くっ!」

「どう? 本来はゴーレムとかに取り付けるものなんだけど、スライムに着けても問題ないわ。これで今度から食事は口で食べられるわよ」

「んー、スライム本来のどこからでも何でも食べられるという利便性はなくなったが、元人間としては確かにこっちのほうがしっくりするな」

 と話していたら、部屋の入り口にキラーアント(♂)が入ってきた。

《サギョウ、アトスコシデオワル》

《ゴクロウ。キョウハヤスンデイイゾ。ベビースライムゴヒキワカッテニモッテイケ》

 俺はキラーアントの言葉で労いを送った。

「タード! キラーアントの言葉いつの間に覚えたの?」

「細かい指示を出すのに便利だからな。ようやく片言程度なら話せる程度になった。明日には外に通じる穴が掘り終わるそうだ」

「……嘘っ、私でも一カ月かかったのに」

 シエルが頽れて悔しそうに言った。

 いや、俺の場合は実際にキラーアントの言葉を直接耳で聞いているし、シエルが通訳していてくれていたから一週間で話せるようになった。独学で覚えれば一カ月でも覚えられないぞ。

「と思いだした。そういえば、昨日キラーアントから聞いた話なんだが、混沌の迷宮の蟻の巣のあった場所から半日くらい歩いたところに、剣が刺さった洞窟があるらしいんだ。ちょっと行ってみないか?」

 と俺は口角を上げて言った。

「なんでもいわくつきの剣らしい」

 と俺が笑ったときだ。

 ベルが鳴るような音が聞こえた。

「なんだ、この音――」

「嘘……まさかっ!」

 シエルが壁を触り、スクリーンを出す。 ってあれ?

 何か警告のような赤い文字が……。

「タード、キラーアントが穴を掘り終えたわ」

「……お、思ったより早かったな……ってこれ、マジか……」

 スクリーンに映像が映し出される。

 その穴はキラーアント(♀)が掘った穴だろう。そして、その穴の向こうも洞窟だった。

 ただし、ただの洞窟ではない。

 なんだ、シエルも出すことができたのか。


 髪と無精ひげを伸ばし、いかにも不潔な三十歳前後の男が三人、スクリーンに映っていた。そして、そのナイフや剣などの装備から彼らが鉱山夫とは違うこともすぐにわかる。

 そして極めつけは、血に染まった麻袋と、その中に入っている銀貨。

「よりによって盗賊のアジトかよ」

 そう、キラーアントが掘り当てた空間は盗賊のアジトの中だったのだ。

 さらにスクリーンの侵入者一覧を見ると盗賊の数は八人と表示された。

 山の中から外に向かって穴を掘っていったら盗賊のアジトに行きつく確率ってどのくらいだよ、と俺は苦笑しながらシエルを見た。

 彼女は泣きながらその場にうずくまった。

「……やっぱり私って不幸……」

現在の課題 (クエスト)

・ダンジョンを拡張しよう(complete)

・魔剣を取りに行こう(new)

・盗賊の対処をしよう(new)

・ポイントを100ポイント貯めよう

・さらに別の魔物を勧誘しよう

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