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そのキラーアント、忠誠心皆無につき

 キラーアントは大陸中でも名の知れた蟻の魔物であり、魔物の中では弱い部類に入る。その特徴はクイーンアントによる絶対的な統率力。力のあるクイーンアントは数万、数十万のキラーアントを従え、時にはドラゴンすらも捕食の対象にするという。

 キラーアントの群れによってひとつの巨大都市が滅んだというのは吟遊詩人が語る物語サーガの一節として現世にも残っている。

「巨大な巣ともなると、同じ巣の中にクイーンアントが十体以上いたりするのよ。キラーアントの数も万を超えるわ」 

「十体もか……もぐもぐ」

と俺はその辺に生えている草を食べながら頷いた。スライムの主食はすべて。草だろうが石だろうが土だろうが、なんでも体の中に取り込み分解・吸収する。

茹でる(ボイル)

 シエルは魔法を使って草を茹でた。そして、しなしなになった草を食べている。

 何度も咀嚼して。

「シエル、気持ちも嬉しくないけど、無理に食事に付き合わなくてもいいんだぞ?」

 俺はスライムだから何を食べても栄養になるらしいが、普通にこれを食べるのは辛いだろ。お腹壊してもしらないぞ。

「大丈夫よ、これ、食べられる草だから」

「食べられる草……それも学校で?」

「そうね、学園で食べられる草はたいてい私が全部食べたけど、これと同じ草はなかったわ」

 話が全く嚙み合わない。俺は草の見分け方を学校で習ったのか聞いたつもりだったんだが、どうやらシエルは学校でも草を食べていたらしい。サバイバル実習――というわけではなさそうだ。

「学校に食堂とかなかったのか?」

 俺が尋ねると、シエルが新たな草を掴んで止まった。

「食堂はないけど、購買部はあったわね。でも知ってる、タード。一番安いコッペパンですら、三十シールもするのよ」

「それってかなり激安だと思うが」

 普通はその倍はする。

「そんなお金あるわけないでしょ。バイトでもすればいいと思うんだけど、そんなことしたら絶対に成績下がっちゃうし。あ、貧乏ってわけじゃないのよ。行き倒れたりしたことなんてないんだから」

 どうやら、シエルにとって貧乏ではないというハードルはとても低い位置にあるらしい。行き倒れしなかったのは貧乏を極めているからだけなのだと思うが。

「服……穴開けちゃって悪かったな」

「うん、気にしてるからもう二度としないでね」

 笑顔でシエルは言った。やっぱり怒っていたのか。

「で、話を元に戻すわね。キラーアントはクイーンアントの命令には絶対従う、つまり絶対に裏切らないの。諺にもあるでしょ? 【蟻を従えたければ巣ごと従えよ】って」

「俺は学がないからそんな諺を知らないけど、大丈夫だよ。とりあえず、ベビースライムを一匹召喚してくれ。そろそろ生まれているはずだ」

「わかったわ」

 とシエルが「我が盟友の配下、ここに来たれ。召喚サモンベビースライム」と魔法を唱えると、小さなスライムが現れる。

「シエル、蟻の言葉はわかるな?」

「もちろんよ。同期の卒業生でキラーアントの言葉を覚えたのは私だけよ」

「ならば、十中八九成功する。蟻の巣のありそうな場所に案内してくれ」


 その後、シエルの敵探知エネミーサーチの魔法により、巣穴の入り口らしき場所までたどり着いた。洞窟を思わせる斜めに掘られた穴。

 その穴の大きさからも、キラーアントの大きさが窺い知れる。シエルが前かがみになれば通れるくらいで、俺なら余裕で入れる。

「アリが出てきたら、俺が言ったように言うんだ。わかったな」

「わ、わかったわ」

 待つこと一分。人間よりも大きな蟻が巣穴から現れた。

 シエルは穴から飛び出し、キラーアントの前に立つ。

 キラーアントは威嚇のつもりで牙を出す。シエルは若干驚きながらも、それでも堂々と何かを言い始めた。

「(私はダンジョンフェアリーのシエル、こっちは私のダンジョンボスのタードよ)」

 と俺の指示通りにおそらく言っているのだろう。蟻の言葉なので何を言っているのかさっぱりわからないし、キラーアントがなんと答えたのかもさっぱりわからない。

「(あなたの女王に交渉を求めに来たわ。これは手土産よ。女王のところに持って行って、謁見が可能かどうか聞いてきて!)」

 とシエルが言ったのだろう。彼女が差し出したベビースライムを背中に乗せ、キラーアントは巣穴へと入って言った。

「少し待っていろですって。ねぇ、本当にクイーンアントに会えるの?」

「俺たちの唯一の取柄が生きるからな」

「私たちの取柄?」

「外見がとても弱そうだ」

 俺たち、というか俺の唯一の利点でもある。クイーンアントは警戒心が強い。普通の魔物が会わせてくれと言っても会わせてくれるはずがない。

 だがそれと同時にとても賢い魔物でもある。ダンジョンフェアリーが魔物と戦えないことも知っているかもしれないし、スライムは警戒に値しないこともわかるだろう。

 さっきのキラーアントが巣穴に戻ってから、何匹かのキラーアントが巣穴から出て来たが、俺たちを横目にまっすぐどこかへ向かっていき、また何匹かのキラーアントが巣穴に戻ってきたが、同じく俺たちを無視して巣穴へと入っていった。

 俺たちに手を出さないように伝わっているのだろう。

 しばらくして、一匹のキラーアントが出てきて、シエルに何かを話す。

「クイーンアントが会ってくれるそうよ。ついていきましょ」

 シエルの言葉に、まずは第一関門クリアだなと、俺は胸をなでおろした。

 巣穴はとても深く続いていて、とても暗い。

 シエルはキラーアントの許可を貰い、魔法で光の球を生み出した。

歩くこと三十分。ようやく俺たちは最終地点にたどり着き、俺たちは息を飲んだ。

 壁びっしりにある光るコケに照らされるドーム状の空間の真ん中に、それはいた。

 見た目はキラーアントと同じ、だが大きさが全く違う。

 通常のキラーアントの五倍はある巨大な蟻――クイーンアントだ。

「話は聞いておったが、まさか本当にスライムのボスモンスターがいようとは。これは愉快じゃ」

「喋ったっ!?」

「(クイーンアントの中には人間の言葉を操るものもいるの)」

 シエルが小さな声で俺に情報を伝える。

 そして、クイーンアントは俺が喋ったことで明らかに警戒心を出した。

 後ろにいるキラーアントが、クイーンアントの一声で襲い掛かってくるだろう。

「妾としては、スライムが喋るほうが奇怪じゃな。もしや、高位の魔物が変化しておるのではなかろうの?」

「残念ながら、俺は正真正銘のスライムだ。なんなら溶解液でも出そうか?」

「溶解液を出されたところで部屋が汚れるだけじゃ。信用するしないは置いておき、話をしようではないか。妾に話があると?」

「あぁ。単刀直入に言う。あんたのところのキラーアントを二匹雇わせてくれ! 配下になれと言っているんじゃない。戦わせるわけでもない。ダンジョンの拡張を手伝ってほしいんだ。食事には困らせない。ベビースライムを毎日渡す。何千匹もいるんだ、二匹くらい譲ってくれてもいいだろ? 譲ってくれるなら明日から一週間。毎日ベビースライムを五匹、この巣穴まで運ぶ。どうだ?」

「ちょっと、タード! そんな言い方をして納得してくれるわけないでしょっ! すみません、女王陛下。どうか気分を害さずに――」

「――タードと言ったな。二匹は割に合わん。一匹でどうじゃ?」

「一匹でも身に余る光栄です、女王陛下」

 先ほどまでおろおろしていたシエルの顔が一気に笑顔になった。

「いいえ、二匹でないといけません」

「タード、何、意地になってるのよっ!」

 シエルが怒ってクイーンアントを見る。クイーンアントの機嫌が気になっているのだろう。

「そうそう、そういえば外はもう晩春だそうで、これから暑くなりますね。ボスモンスターとなったばかりの身では辛いです。来年までに強くなっておかないといけません。まぁ、この季節は好きなんですが」

 と俺が言うと、クイーンアントは笑ったように言う。

「そうじゃの。確かに妾にとってもいい季節じゃ」

その言葉を聞き、話は決まった。

「よかろう、妾の愛しい子供たちをそなたに預けよう、タードよ。明日より一週間、ベビースライムを楽しみに待っておる」

「ありがとうございます、女王陛下」

 こうして、俺の迷宮に新たな魔物が二匹加わることになった。



 その後、シエルは転送魔法を使って女王陛下が呼び出したキラーアント二匹を俺たちの迷宮に送って、蟻の巣穴を後にした。

「とにかく、これで一歩前進ね。でも、タード。私はてっきりクイーンアント本人を仲間にしようとするんじゃないかと思ってひやひやしていたわよ」

「は? そんなの無理に決まってるだろ」

「だって、さっきドラゴンをも倒す最強の仲間を手に入れるって言ってたじゃない」

「あぁ、そのことか。シエルはこういう諺をしらないか? 『最強のドラゴンも体の中の虫にはかなわない』って」

「竜身中の虫ね……だから蟻ってことなの?」

「その諺は、どちらかといえば巨大な組織にある。無敵の組織があったとしても、内部に裏切りものがいたらその組織はもろくも崩れ去る――あのキラーアント二匹は今後俺たちの迷宮の乗っ取りを狙ってくる」

「え?」

「この季節は次期クイーンアントになるキラーアントがその婿とともに巣立つ季節だ。そして、巣穴作りでもっとも重要なのは、天敵と食糧問題。スライムが経営するような弱小の迷宮なら自分たちの敵となるような魔物はいないだろうし、食糧問題も俺たちがベビースライムを提供することで解決する。幸い、本物の蟻よりも繁殖の数もスピードも遅いが、来年の今頃には千匹のキラーアントが生まれているだろうな。そして、それまでに俺たちが強くなっていないと、迷宮を乗っ取られる。だから、女王は言ったんだ。一匹にしろって。俺の真意を探るために」

 あそこで俺が「では一匹でいいです」と言ってしまったら、きっと今回の交渉は成立しなかっただろう。俺が交渉で伝えたかったのはこうだ。

「巣立ちの季節だろ? お前のところの次期クイーンアントをうちの迷宮で繁殖させてやる。ダンジョンを乗っ取りたければ好きにしろ。でも俺も一年後までに強くなってやるからそう簡単に乗っ取らせないぞ……ってな」

「なんで、そんな危ない橋を渡るのよっ!」

「シエル、俺はスライムとしてボスモンスターになった時点で、既に崖っぷちなんだよ。危ない橋だろうと渡らないと崖から落ちるだろ?」

 と、とても楽しく言った。

「まぁ、橋を渡り終えたところで崖っぷちが続くのは変わらないんだろうがな」

現在の課題 (クエスト)

・別の魔物を勧誘しよう(complete)

・ダンジョンを拡張しよう

・ポイントを100ポイント貯めよう

・さらに別の魔物を勧誘しよう(new)


とりあえず午前中はここまで。

夜にあと2話更新します。

感想やレビューお待ちしています。

ブックマーク、評価既に何件かいただいております、大変励みになっています。ありがとうございます。

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