その牛乳への道、険しい道のりにつき
リザードマンを苗床にしてから一週間が過ぎた。既に三匹のリザードマンの子供が生まれていて、俺の配下になっている。
リザードマンの孵化をはじめてこの目で見たが、なかなかにショッキングな映像だった。生まれたばかりなのに、最初から鎧を着ているし剣も持っているのには驚いた。
リザードマンの鎧や剣って一体、どこで売ってるんだろうと思っていた長年の謎が解けた。答えは最初から着て生まれるらしい。しかも成長とともに剣も鎧も大きくなるんだから尚驚きだ。
生まれたばかりのリザードマンはまず半日かけて自分の卵の殻を食べる。その後、一週間は親リザードマンが取ってきた餌を分けてもらって食べるらしい。今はベビースライムを食べてすくすくと成長している最中だ。
それに伴い、ベビースライムのスポーンを新たに設置した。
それともうひとつ大きな問題が起こった。
キラーアント(♀)が育児休暇に入った。卵を百個ほど産んだのだ。そのため、今まで仕事をさぼっていたキラーアント(♂)がダンジョン拡張のために働いている。手際は決して悪くはない――というよりキラーアント(♀)よりも器用なくらいだ。実はやればできるタイプだったということに俺もシエルも驚かされた。
今後、卵を育て、一週間で孵化、さらに一週間で百匹のうちの何割かは大人になるだろう。
「メイドさんが欲しい」
突然の俺の一言に、シエルの目が点となる。キラーアントが反乱を起こした時の対策について話していた時に俺が唐突に言ったのだ、引かれるのはわかっている。
だが、事実だ。
「俺って、ここのボスなんだよな。ならば、待遇としてメイドさんにちやほやされるべきじゃないのだろうか?」
「タード、いきなり何言い出すのよ――メイドっていうのはお金持ちしか雇うことができない家事のスペシャリストよ! 貧乏な私たちが雇えるわけないでしょ!」
「シエル、メイドの服とか着てみる気はないか? 俺を出迎える時は『おかえりなさい、ご主人様』だ!」
「嫌よ。メイド服って高いのよ――そんなもの買うお金があったらまたジュース買ってよ! ハバネロじゃない方!」
「我儘言うな、お前は草ジュースでも飲んでろ」
と俺は乾燥させている草を触手で指して言った。
「あれはお茶にするために干してるのよ。ジュースにするためじゃないわ」
……シエルはやっぱりダメだ。
シエルの注いだお茶が怖くて飲めない。原材料が何かわからない草っぽいし。
まぁ、俺はスライムなんで大概の草は食べられるけど。
「ご主人様、それでは私がメイドになりましょうか?」
振り返ると、そこに立っていたのは凛とした佇まい、給仕服姿のムラサメだった。もう一度言う。メイド服より給仕服だ――ある意味本物のメイドさんだ。
「ムラサメ、その服は?」
シエルが尋ねた。そうか、シエルは知らなかったのか、ムラサメの特性を。
「私の姿はマヤカシですから、服ならば自由自在に変えることができます」
「……つまり無料でどんな服でも着れるってこと? いいわね、それ」
シエルが食いつくが、俺はムラサメの姿を見て考える。
普段着の時は足を見せているのに、給仕服になるとスカートが長すぎるのはこの際だ。大目に見よう。だが、彼女の雰囲気はどうだ?
以前にメイドプレイをした時にも気付いていたことだが、ムラサメには大切なものが欠けている。
「ムラサメはメイドの基本が成っていない。主人をもてなそうとする心意気は完璧だ。だが、メイドとは癒しの存在! 帯刀しているメイドさんって一部のマニアには受けそうだが、俺はやっぱりどうかと思う――というか、ムラサメにはどうせなら水着姿になって欲し――」
パチーンッ!
爽快な音とともに俺の頭が叩かれて後頭部が波打つ。
「何をする!」
「堂々とセクハラ発言してるんじゃないわよっ!」
「そうだな、今はセクハラよりメイドだ! ということで、シエル。お前ちょっとメイド服うんぬんは置いておき、ちょっとメイドターンしてみろよ」
「メイドターン? 何それ?」
「お前、学年首席のくせにそんなことも知らないのか? メイドターンって言うのは簡単に言えばくるっと回ってニコッだ。二回転くらい回ってからもいいが、まずは一回転でやってみようか」
「なんでそんなことしないといけないのよ」
「できたら牛乳飲ませてやる」
とシエルは言うと、
「牛乳!? 身長が伸びておっぱいが大きくなるっていうあの伝説の飲み物のこと!? わかったわ、ぜひともやらせてもらうわ!」
やっすい伝説もあったものだな――とは思うが、でもやる気を出すのはいいことだ。
「くるっと回ってニコッね」
そういうと、片足を下げて回る準備をし、
「くるっと回って――」
とそう言って回ろうとし、自分のスカートの裾を踏んでいたことに気付かなかったらしく盛大に転んでしまった。
転び方が秀逸すぎて、スカートの中の、前に買った白いパンツがはっきりと見えている。
「誰もドジっ子メイドをやれとは言ってないんだが」
「……やっぱり私って不幸」
「単純にお前のミスだ」
まぁ、これはこれでいいものが見られたのだが、やっぱり本物のメイドさんへの情念が消えることはない。
「ご主人様、それでしたらメイドになりうる魔物を仲間にするのはいかがでしょう?」
「メイドになりうる魔物? そうか、それもありだな――配下にすれば雇う金も必要ないし。でも、どんな魔物を仲間にすればいいんだ? サキュバスを仲間にして、エロメイドにするか? それともゴーレムっ子を仲間にしてゴーレムメイドも捨てがたいな――」
「タード、普通に私たち以外の女の子とイチャイチャしたいだけでしょ……メイドにするならシルキーがいいんじゃないの?」
「シルキー? あぁ、家事妖精か」
シルキーは絹を着た女性の姿の魔物だ。ちらかった部屋を掃除するのが好きな魔物で、掃除をするのが好きなあまり、綺麗な場所に行くと自分でちらかしてから掃除を始めるという一面も持つ。
確かに、メイドと言えばシルキーというのはお約束といえばお約束か。
うん、お約束は大事だよな。
「で、シルキーってどこにいるんだ?」
「古い屋敷とかに棲んでいるそうよ」
「そのくらい知ってるよ――シルキーが棲んでいそうな屋敷に心当たりはないか? って聞いているんだ」
「それは――ちょっとわからないわね」
「ちっ」
俺が露骨に舌打ちをすると、シエルが、
「どうせ勉強バカで世間のことなんて何もしらないわよ」
といじけだした。まぁ、こいつはいじけたところで最後に牛乳でも飲ませてやれば機嫌を直すので無視してもいい。
「ムラサメは知らないか?」
「申し訳ありませんが、私の狩りの範囲は限られていますし、混沌の迷宮にいたころもあの洞窟から外には出ませんでしたから。――ただ、森にいるゴブリンたちならば何か知っているのではないでしょうか?」
「あぁ、そうだな。あいつらのほうが行動範囲は広いから。ということで、シエル! ゴブリンのところに行って情報を聞いてこいよ」
「え? なんで私が」
「ゴブリンの言葉をわかるのはお前だけだろ? いい情報があったら牛乳やるから」
「わかった、すぐに行ってくるわっ!」
とシエルは自分に補助魔法を使い、全力で走って行った。そして、すぐに帰ってくる。
「ただいま! 情報あったわよ! 近くの森の中に古い洋館があるみたい。そこに高そうな服を着た女性の姿が見えたそうよ――人間かどうかはわからないけど、空を飛んで屋根の掃除をしていたからたぶん魔物だろうって」
「おぉ、それはなかなかの情報だな……ん? まだ何かあるのか?」
「その洋館の場所って言うのが、前にタードと一緒に見つけた結界の中にあるのよ。姿を見たのは一度、屋根の掃除をしているときだけみたい――」
……あの中か。
「タード、一応ちゃんと情報は得られたんだから、約束の牛乳を――」
「いや、牛乳は俺が確かめてからだ――ゴブリンが俺に対して嫌がらせで嘘をついているかもしれないからな――」
「そんなことはしていないと思うけど――仕事はきっちりするようにって命令したんでしょ?」
「わからんぞ? 俺はゴブリンは信用していないからな」
「ゴブリンもでしょ。でも確かめるってどうやって?」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず……俺が直接出向くしかないだろ」
「……メイドってそこまでしないと手に入らないものなの?」
「あぁ、メイドへの道は険しいものなんだよ――お前の牛乳への道と一緒でな」
「……私の巨乳への道も遠いのね」
シエルは俺に背を向け、自慢できるとは言い難い胸を触って呟いた。
牛乳を飲んだからといってバストアップに期待が持てるって言う科学的根拠はいまのところほとんどないんだぞ――と言うのは当然黙っておいた。
現在の課題 (クエスト)
・シルキーを仲間にしてメイドにしよう(new)
・キラーアント対策を練ろう(new)
・リザードマンスポーンを設置できるようになろう
・村を作ろう
・冒険者をおびき寄せる餌を用意しよう
・ムラサメを強化しよう
・一年後の新人戦に備えよう
・冒険者を迎撃できるようになろう
・1000ポイントを使ってタードを強化しよう
・妖刀ムラサメの解呪をしよう




